六の二 失われた記憶の整理
文字数 3,034文字
電車内での有益そうな話を整理して、頭のなかで箇条書きする。
・思玲も楊偉天もドロシーも魔道士と呼ばれる存在。現代の中国や台湾などにいる道士とはルーツも役目もまったく違う。かたや人の禍福に寄り添い、かたや異形を成敗する。
・ドロシーにつけられた印は座敷わらしになって消えた。
・タイムリミットは二日。それを過ぎると腹を減らして、みんな本当の異形になる。俺はセーフらしいが、聞いていたらドーンを来させなかった。
・敵は楊偉天の一派と香港魔道団。西洋の悪魔にも狙われているかも。聞いていたら来なかった。
・楊偉天に今の状況で会ったら即座に降伏する。耄碌しているから逃げる機会を探れって本当かよ。
・峻計がカラスでなかったら要注意。気配を隠すから、初見は見惚れるほどの美女らしい。黒羽扇という武器を持つ。こいつからはとにかく逃げる。降伏しても殺される。
・楊偉天配下の式神は、さらには三羽の大カラス。竹林は虫の手足をもぐように人を殺し、焔暁はあいさつ代わりに燃える爪を向け、流範は俺だけは必ず殺すらしい……。
・ムカデと猿の化け物は師傅が倒した。ドーンがうつろに覚えていた。
・リクトを人に戻す方法は前例がないから不明。フサフサは玉を怯えさせれば猫に戻る。俺達はそれで人に戻ったらしいが、ドーンも覚えていない。
・思玲がおとなに戻る方法も不明。いまのままでは術を使えない。
・俺の記憶が戻る手段など分かるはずない。きっぱりと言いやがった。
・思玲は妖怪を惹きつける。二十歳がピークだそうだ。俺も異形になってから彼女をさらにかわいく感じる。手負いの獣がいるから、低級の物の怪は彼女に寄れない。たしかにリクトはかわいくなくなった。純粋に怖い。
・ドーンは式神だけど異形の声が聞こえるだけ。つまり四神くずれ。……夜でも元気に飛べるらしい。
・俺の妖怪としての力。ものを服に隠せる。試してみると確かにそうだ。それと異形をヘルプで呼びつける。さらに宙に浮かぶ。そして怒るとかなりらしい。それは昔からだ。
・異形は多少の怪我ならばすぐに復活する。でも強烈な攻撃を受ければ、回復する前に消滅する可能性大。
・異形は夜に本領発揮。タイプによって満月と新月に力が増大する。俺は新月系で、他の連中は満月系。俺が以前妖怪のときは半月が浮かんでいたそうだ。
・異形は本来の世界と重ならない。つまり人とも触れあえない。思玲は特別。
・リクトは人の目にさらされた異形。もっとも忌みされる存在。不憫なもふもふの子犬にしか見えなかったが。その理屈だと、カラスであるドーンも同様の存在か。フサフサにしても。
・お天狗さんの木札は火伏せの護符だった。強烈なものだから再ゲットしろだと。
・月神の剣は破邪の剣。それを奪った青年が誰なのか見当もつかない。
・スーリン達は日本円で億以上の資産を持っていたが、魔道団がガサ入れしたところ底をついていたそうだ。賄いの婆やの説明だと、船だか飛行機をチャーターしたらしい。聞いていたら、俺は立て替えたりしなかった。
・スマホからでる強力な波動は残高不足で制限がかかっている。しびれる電波とかもだせたはずだが、本体が壊れているようだ。こんなのばかりだ。
・小鬼の琥珀は魔道団に監禁されたまま。交渉して呼び戻せと仰せつかった。俺は思玲の亡き師匠を説得したほど弁がたつらしい。
・大燕の九郎が魔道団ごときに捕まるはずないそうだ。そいつには達成不可能の使命を与えた。嫌がらせで遠ざけるために。なんだかもう……。
・青龍は目立つから、桜井夏奈の所在はいずれ分かる。横根瑞希がどこにいるかは分からない。だから身を晒し敵をおびき寄せる必要がある。聞いていたら……。
*
人の話は半分しか聞かず、伝える内容も端折る女の子から、これだけ聞きだせたのだから大収穫だ。そうこうするうちに電車は大峠の駅に着いた。思玲がうたた寝するフサフサの膝をゆする。大柄な白人女性が伸びをしてシートが揺れる。
「警察が現れたら逃げるんだよ」
職務質問で騒ぎを大きくしたくない。
「いつまでも上から目線の物言いはやめろ」
思玲が浮かぶ俺をにらむ。
「逃走して騒ぎを大きくしたくない。だが捕まると警察まで巻き添えになる。ターミネータという映画とおなじ理屈だ。ゆえに逃げる」
あのアパートで、『人の作りしものが一番恐ろしいな』とテレビに食い入っていたな。俺にはドロシーやツチカベのが恐ろしいけど。
「ドーン、そろそろ羽根を使いな」
寝起きで不機嫌な面のフサフサが、ホームにいるうちからキャリーケースを開ける。カラスが空へと飛びだす。電車が去った架線にとまる。ひやりとするが平気のようだ。異形じゃなくても高圧線にとまれるのか、調べたくてもスマホがない。
「リクトはまだだすなよ」
段ボールのガムテープもはがそうとするのを見て、急いで言う。
警察は待ちかまえていなかったので、駅前でタクシーに乗る。すこし離れた衣料品チェーン店に向かう。
フサフサに女性用の下着(なんとか収まるのがハーフトップにあった)と服(男性ものの3LのTシャツとジャージ)、サイズの合った靴を買い与える。女の子は野球帽とポシェットを買い、更には短めのレギンスと運動靴まで買い求め、再度タクシーに乗る。乗車代は見当もつかないけど、浄財も合わせて二万四千円あれば足りるだろう。
ドーンは空から追いかけ、俺はフサフサと後部座席に座り行き先を指図する。
「車内を暖めたくないけどね」
運転手がぶっきらぼうに言うが、クーラーに閉じこめられたくない。
「せっかくだから、果実のにおいを吸いたいのです」
俺のアドバイス通りに思玲が答える。タクシーは子供時代から何度も通った坂道を異形を乗せて登っていく。運転手は客にも行き先にも無関心だった。
***
祖母が眠る寺で降りる。待っていてもらうが、ここまでの代金を精算させられた。
「いい感じだったぜ。やっぱ飛べるのエモいし」
ドーンは余裕でついてきて、手水舎のひんやりした影で羽根を休ませる。
「怪しい奴らもいなかった」
「ここは寺だな?」
深めにかぶった赤色の野球帽のつばをあげ、思玲が疑わしげに境内を見る。
「お天狗さんは杜でなかったか?」
実年齢は二十五歳のくせに人の話を聞かない奴だ。
「ハカバに寄るって言っていただろ。しかし、この辺は人間もイエも少なくて落ち着かないね」
野良猫のがしっかりしている。
「同感だ。私も都会育ちだからな。リクトがいようが、こんな田舎で夜を迎えたくない。五時はゆうに過ぎた。墓参りは早々に済ませて、麓に戻るぞ」
女の子が浮かぶ俺を見あげる。
さらに山奥に行く予定なんだけど。もうひとつのお天狗さんに。
「リクトは起こさないのかよ」ドーンの問いに、
「まだだ。こいつには夜番をしてもらうからいまは眠らせておけ」
思玲が段ボールを抱えながら答える。子犬を魔除けのように扱っている。
「夜になるとこいつは恐ろしい。また犬に虐待するから覚悟しておけ」
昨夜は見るなと言われて見なかったが、猿ぐつわをさせたらしい。ドーンは首を狙われてから見て見ぬふりに徹しているそうだが、俺も異形の身になってリクトを見れば当然だと感じる。――幼く不完全だろうが手負いの獣。おもに異形を餌とするが、本来の世界の存在も捕らえて食らうらしい……。
思玲達は手水舎の日陰で待つと言う。たいそうな口を叩いてもまだ子供だ。疲れだしてもおかしくない。俺は妖怪だからか疲れない。
次回「人に戻してください」
・思玲も楊偉天もドロシーも魔道士と呼ばれる存在。現代の中国や台湾などにいる道士とはルーツも役目もまったく違う。かたや人の禍福に寄り添い、かたや異形を成敗する。
・ドロシーにつけられた印は座敷わらしになって消えた。
・タイムリミットは二日。それを過ぎると腹を減らして、みんな本当の異形になる。俺はセーフらしいが、聞いていたらドーンを来させなかった。
・敵は楊偉天の一派と香港魔道団。西洋の悪魔にも狙われているかも。聞いていたら来なかった。
・楊偉天に今の状況で会ったら即座に降伏する。耄碌しているから逃げる機会を探れって本当かよ。
・峻計がカラスでなかったら要注意。気配を隠すから、初見は見惚れるほどの美女らしい。黒羽扇という武器を持つ。こいつからはとにかく逃げる。降伏しても殺される。
・楊偉天配下の式神は、さらには三羽の大カラス。竹林は虫の手足をもぐように人を殺し、焔暁はあいさつ代わりに燃える爪を向け、流範は俺だけは必ず殺すらしい……。
・ムカデと猿の化け物は師傅が倒した。ドーンがうつろに覚えていた。
・リクトを人に戻す方法は前例がないから不明。フサフサは玉を怯えさせれば猫に戻る。俺達はそれで人に戻ったらしいが、ドーンも覚えていない。
・思玲がおとなに戻る方法も不明。いまのままでは術を使えない。
・俺の記憶が戻る手段など分かるはずない。きっぱりと言いやがった。
・思玲は妖怪を惹きつける。二十歳がピークだそうだ。俺も異形になってから彼女をさらにかわいく感じる。手負いの獣がいるから、低級の物の怪は彼女に寄れない。たしかにリクトはかわいくなくなった。純粋に怖い。
・ドーンは式神だけど異形の声が聞こえるだけ。つまり四神くずれ。……夜でも元気に飛べるらしい。
・俺の妖怪としての力。ものを服に隠せる。試してみると確かにそうだ。それと異形をヘルプで呼びつける。さらに宙に浮かぶ。そして怒るとかなりらしい。それは昔からだ。
・異形は多少の怪我ならばすぐに復活する。でも強烈な攻撃を受ければ、回復する前に消滅する可能性大。
・異形は夜に本領発揮。タイプによって満月と新月に力が増大する。俺は新月系で、他の連中は満月系。俺が以前妖怪のときは半月が浮かんでいたそうだ。
・異形は本来の世界と重ならない。つまり人とも触れあえない。思玲は特別。
・リクトは人の目にさらされた異形。もっとも忌みされる存在。不憫なもふもふの子犬にしか見えなかったが。その理屈だと、カラスであるドーンも同様の存在か。フサフサにしても。
・お天狗さんの木札は火伏せの護符だった。強烈なものだから再ゲットしろだと。
・月神の剣は破邪の剣。それを奪った青年が誰なのか見当もつかない。
・スーリン達は日本円で億以上の資産を持っていたが、魔道団がガサ入れしたところ底をついていたそうだ。賄いの婆やの説明だと、船だか飛行機をチャーターしたらしい。聞いていたら、俺は立て替えたりしなかった。
・スマホからでる強力な波動は残高不足で制限がかかっている。しびれる電波とかもだせたはずだが、本体が壊れているようだ。こんなのばかりだ。
・小鬼の琥珀は魔道団に監禁されたまま。交渉して呼び戻せと仰せつかった。俺は思玲の亡き師匠を説得したほど弁がたつらしい。
・大燕の九郎が魔道団ごときに捕まるはずないそうだ。そいつには達成不可能の使命を与えた。嫌がらせで遠ざけるために。なんだかもう……。
・青龍は目立つから、桜井夏奈の所在はいずれ分かる。横根瑞希がどこにいるかは分からない。だから身を晒し敵をおびき寄せる必要がある。聞いていたら……。
*
人の話は半分しか聞かず、伝える内容も端折る女の子から、これだけ聞きだせたのだから大収穫だ。そうこうするうちに電車は大峠の駅に着いた。思玲がうたた寝するフサフサの膝をゆする。大柄な白人女性が伸びをしてシートが揺れる。
「警察が現れたら逃げるんだよ」
職務質問で騒ぎを大きくしたくない。
「いつまでも上から目線の物言いはやめろ」
思玲が浮かぶ俺をにらむ。
「逃走して騒ぎを大きくしたくない。だが捕まると警察まで巻き添えになる。ターミネータという映画とおなじ理屈だ。ゆえに逃げる」
あのアパートで、『人の作りしものが一番恐ろしいな』とテレビに食い入っていたな。俺にはドロシーやツチカベのが恐ろしいけど。
「ドーン、そろそろ羽根を使いな」
寝起きで不機嫌な面のフサフサが、ホームにいるうちからキャリーケースを開ける。カラスが空へと飛びだす。電車が去った架線にとまる。ひやりとするが平気のようだ。異形じゃなくても高圧線にとまれるのか、調べたくてもスマホがない。
「リクトはまだだすなよ」
段ボールのガムテープもはがそうとするのを見て、急いで言う。
警察は待ちかまえていなかったので、駅前でタクシーに乗る。すこし離れた衣料品チェーン店に向かう。
フサフサに女性用の下着(なんとか収まるのがハーフトップにあった)と服(男性ものの3LのTシャツとジャージ)、サイズの合った靴を買い与える。女の子は野球帽とポシェットを買い、更には短めのレギンスと運動靴まで買い求め、再度タクシーに乗る。乗車代は見当もつかないけど、浄財も合わせて二万四千円あれば足りるだろう。
ドーンは空から追いかけ、俺はフサフサと後部座席に座り行き先を指図する。
「車内を暖めたくないけどね」
運転手がぶっきらぼうに言うが、クーラーに閉じこめられたくない。
「せっかくだから、果実のにおいを吸いたいのです」
俺のアドバイス通りに思玲が答える。タクシーは子供時代から何度も通った坂道を異形を乗せて登っていく。運転手は客にも行き先にも無関心だった。
***
祖母が眠る寺で降りる。待っていてもらうが、ここまでの代金を精算させられた。
「いい感じだったぜ。やっぱ飛べるのエモいし」
ドーンは余裕でついてきて、手水舎のひんやりした影で羽根を休ませる。
「怪しい奴らもいなかった」
「ここは寺だな?」
深めにかぶった赤色の野球帽のつばをあげ、思玲が疑わしげに境内を見る。
「お天狗さんは杜でなかったか?」
実年齢は二十五歳のくせに人の話を聞かない奴だ。
「ハカバに寄るって言っていただろ。しかし、この辺は人間もイエも少なくて落ち着かないね」
野良猫のがしっかりしている。
「同感だ。私も都会育ちだからな。リクトがいようが、こんな田舎で夜を迎えたくない。五時はゆうに過ぎた。墓参りは早々に済ませて、麓に戻るぞ」
女の子が浮かぶ俺を見あげる。
さらに山奥に行く予定なんだけど。もうひとつのお天狗さんに。
「リクトは起こさないのかよ」ドーンの問いに、
「まだだ。こいつには夜番をしてもらうからいまは眠らせておけ」
思玲が段ボールを抱えながら答える。子犬を魔除けのように扱っている。
「夜になるとこいつは恐ろしい。また犬に虐待するから覚悟しておけ」
昨夜は見るなと言われて見なかったが、猿ぐつわをさせたらしい。ドーンは首を狙われてから見て見ぬふりに徹しているそうだが、俺も異形の身になってリクトを見れば当然だと感じる。――幼く不完全だろうが手負いの獣。おもに異形を餌とするが、本来の世界の存在も捕らえて食らうらしい……。
思玲達は手水舎の日陰で待つと言う。たいそうな口を叩いてもまだ子供だ。疲れだしてもおかしくない。俺は妖怪だからか疲れない。
次回「人に戻してください」