十の一 座敷わらしと相棒カラス
文字数 2,163文字
「武器なしでどうやって戦うんだよ」
俺は抱えられながら尋ねる。自分の体が見えないのが不自然だ。
「カラスの峻計を倒せたんだよな。意識朦朧でよく覚えてね」
カラス天狗がドーンの声で答える。こいつも戦っていたのか。
「て言うか、カラスに戻りそう」
ドーンが地上へと降りていく。いきなり体を手放されて、俺の体はふわりと浮く。その頭にカラスが乗る。
……本人が言っていたように、こいつは俺の怒りに呼応して、さらなる異形と化した。それを受けいれているし、俺に逆らえないとも言っていた。いまは当然のように俺を止まり木にしているくせに……。なんにしろ頭に血がのぼる事柄は起きてほしくない。
ブドウ畑を山麓へと進む。短時間であろうと距離は稼いだ。
そんで俺はいつまでたっても自分の目に見えぬままだ。どんな様相か聞くと、
「子どもの年齢なんて分かると思う? ……瑞希ちゃんが年少さんとか言っていた」
つまり以前の俺と同じということか。小さくなったのは間違いないようだ。ただでさえ弱いのに……ヤバくね?
――もとに戻れ、うわっ
念じたら体が伸びだした。夜空に浮かぶ小学生の体が自分の目に見える――。首の痛みまで復活した。
「哲人まで戻るなよ。あっちのが強いって、たぶん」
カラスが頭上でぼやく。俺も首のうしろをさすりながら後悔する。のろいと危険だからと、さらに高度を下げる。
ウォーン……
異形の吠え声がする。思玲達は大丈夫だろうか。
「ドロシーを捕まえてどうするんだよ」
ドーンが尋ねてくる。こいつこそみんなを気にかけている。帰ろうと騒ぎだしそうだ。
「捕まえないよ。あの子が麓に帰る手助けをする。……そしたら、お天宮さんが俺を認めてくれるかも」
あさましい考えだから口にしたくはなかった。とにかく武器が欲しい。
ドーンが静かになる。納得してくれたようだ。やっぱり姑息な一味だ。
ホワ、ホワ、ホワ、ホワ……
笑い声のような吠え声まで聞こえた。人には聞こえぬ異形同士でかけあう声だ。こっちには向かってないようだが、二手に分かれたのは愚策だったかも……。
気配を感じた。俺の挙動に気づき、ドーンがくちばしを背後に向ける。
「カッ、金髪ショートの姉ちゃんが追ってきた」
俺も振り向く。シノが直立不動の姿勢のまま車道を滑ってきた。その足もとに土蛸のドーム状の赤い頭がかすかに見える。こいつはふざけた日本語名だった気がするが、土もアスファルトも壊さずにもぐって移動できる。しかも早い。
銀糸が網目状に吐きだされた。水平に広がり飛んでくるから、上空に逃げるしかない。
「上には行くなって!」ドーンが悲鳴のように叫ぶ。「タカがいただろ。あぶりだされるのを待っているぞ。たぶん」
警戒が過剰すぎかもしれないけど、俺もカラスの群れに好き放題つつかれた。空中戦の怖さは分かっているから林にもぐりこむ。腕にからみかけた糸が枝にひっかかり、ぎり助かる。
あのタコは木が邪魔で追えなければいいのだけど。また麓からハイエナ達の笑い声が聞こえる。
「哲人……。タカがいるかも」
ドーンがつぶやく。さすがカラス。猛禽にそこまで怯えられるのか。
「この先にいる。すごく怒っている。たぶん」
林の中? 樹冠の下も移動できるのかよ。へたすると挟み撃ちになる。
「そいつらはどれくらい大きかった?」
「焔暁や流範の三倍はでかい」
大カラスのでかさを覚えていないけど。
「俺なんか一口で食べられる」
カラスが一口サイズなら危険すぎる図体だ。避けたほうがよさげ――。青色のサーチライトに照らされる。
バシン
背中に衝撃を喰らって空中でつんのめる。……これはシノの扇のビーム。痛いけど、ドーンのしがみつく爪のが痛い。振りかえると、栗色の光が目前に迫っていた。ふわりと避けて、代わりに後頭部が杉に激突する。
光が直前でカーブした。眼前に迫ったそれを手ではらう。手のひらがじんじん痛む。樹間を縫いながら三発飛んできた。それぞれコースが違う。
バシバシバシン
避けようもなく続けざまに喰らう。林の中だとビームのが俺よりすばしこい。
「……上に逃げる」五発すべて喰らった俺が言う。
「痛いだけだろ。耐えろよ」
一発も喰らってないドーンが、羽根をひろげて浮かばせまいとする。光がまた飛んできた。もう嫌だ。俺は空へと突き抜ける。
マリンブルーのライトがなおも追ってくる。かすみかけた栗色の光に追いつかれる。シューズで蹴っ飛ばしたら、霧散して消えた。……飛ぶほどに弱まるな。接近しなければ平気かも。
「タカはいなそう」
ドーンが縮こまりながら言う。ならば空を低く逃げるべきか。
バシン!
栗色の光を至近距離から当てられた。しかも……股間だ。小学生だろうが妖怪だろうが滅茶苦茶痛い。俺は空中で悶絶する。
「あきらめろ」
シノの冷徹な声がした。土蛸がおぞましい姿をあらわにして、複眼で俺を見つめる。その掲げた足の先端に彼女は乗っていた。
「八ちゃん、総攻撃だよ。――秘技 、八方尾根 !」
日本で日本語名の技はエキゾチックじゃなくて格好悪い。……赤くぬめった七本の巨大なタケノコが俺を囲む。口からたっぷりと糸を吐きかける。横にも下にも逃げられない。股間を押さえながら上空に逃れる。
「かかったな」シノがほくそ笑む。「行け斑風! 食いちぎれ!」
次回「信頼すべき人」
俺は抱えられながら尋ねる。自分の体が見えないのが不自然だ。
「カラスの峻計を倒せたんだよな。意識朦朧でよく覚えてね」
カラス天狗がドーンの声で答える。こいつも戦っていたのか。
「て言うか、カラスに戻りそう」
ドーンが地上へと降りていく。いきなり体を手放されて、俺の体はふわりと浮く。その頭にカラスが乗る。
……本人が言っていたように、こいつは俺の怒りに呼応して、さらなる異形と化した。それを受けいれているし、俺に逆らえないとも言っていた。いまは当然のように俺を止まり木にしているくせに……。なんにしろ頭に血がのぼる事柄は起きてほしくない。
ブドウ畑を山麓へと進む。短時間であろうと距離は稼いだ。
そんで俺はいつまでたっても自分の目に見えぬままだ。どんな様相か聞くと、
「子どもの年齢なんて分かると思う? ……瑞希ちゃんが年少さんとか言っていた」
つまり以前の俺と同じということか。小さくなったのは間違いないようだ。ただでさえ弱いのに……ヤバくね?
――もとに戻れ、うわっ
念じたら体が伸びだした。夜空に浮かぶ小学生の体が自分の目に見える――。首の痛みまで復活した。
「哲人まで戻るなよ。あっちのが強いって、たぶん」
カラスが頭上でぼやく。俺も首のうしろをさすりながら後悔する。のろいと危険だからと、さらに高度を下げる。
ウォーン……
異形の吠え声がする。思玲達は大丈夫だろうか。
「ドロシーを捕まえてどうするんだよ」
ドーンが尋ねてくる。こいつこそみんなを気にかけている。帰ろうと騒ぎだしそうだ。
「捕まえないよ。あの子が麓に帰る手助けをする。……そしたら、お天宮さんが俺を認めてくれるかも」
あさましい考えだから口にしたくはなかった。とにかく武器が欲しい。
ドーンが静かになる。納得してくれたようだ。やっぱり姑息な一味だ。
ホワ、ホワ、ホワ、ホワ……
笑い声のような吠え声まで聞こえた。人には聞こえぬ異形同士でかけあう声だ。こっちには向かってないようだが、二手に分かれたのは愚策だったかも……。
気配を感じた。俺の挙動に気づき、ドーンがくちばしを背後に向ける。
「カッ、金髪ショートの姉ちゃんが追ってきた」
俺も振り向く。シノが直立不動の姿勢のまま車道を滑ってきた。その足もとに土蛸のドーム状の赤い頭がかすかに見える。こいつはふざけた日本語名だった気がするが、土もアスファルトも壊さずにもぐって移動できる。しかも早い。
銀糸が網目状に吐きだされた。水平に広がり飛んでくるから、上空に逃げるしかない。
「上には行くなって!」ドーンが悲鳴のように叫ぶ。「タカがいただろ。あぶりだされるのを待っているぞ。たぶん」
警戒が過剰すぎかもしれないけど、俺もカラスの群れに好き放題つつかれた。空中戦の怖さは分かっているから林にもぐりこむ。腕にからみかけた糸が枝にひっかかり、ぎり助かる。
あのタコは木が邪魔で追えなければいいのだけど。また麓からハイエナ達の笑い声が聞こえる。
「哲人……。タカがいるかも」
ドーンがつぶやく。さすがカラス。猛禽にそこまで怯えられるのか。
「この先にいる。すごく怒っている。たぶん」
林の中? 樹冠の下も移動できるのかよ。へたすると挟み撃ちになる。
「そいつらはどれくらい大きかった?」
「焔暁や流範の三倍はでかい」
大カラスのでかさを覚えていないけど。
「俺なんか一口で食べられる」
カラスが一口サイズなら危険すぎる図体だ。避けたほうがよさげ――。青色のサーチライトに照らされる。
バシン
背中に衝撃を喰らって空中でつんのめる。……これはシノの扇のビーム。痛いけど、ドーンのしがみつく爪のが痛い。振りかえると、栗色の光が目前に迫っていた。ふわりと避けて、代わりに後頭部が杉に激突する。
光が直前でカーブした。眼前に迫ったそれを手ではらう。手のひらがじんじん痛む。樹間を縫いながら三発飛んできた。それぞれコースが違う。
バシバシバシン
避けようもなく続けざまに喰らう。林の中だとビームのが俺よりすばしこい。
「……上に逃げる」五発すべて喰らった俺が言う。
「痛いだけだろ。耐えろよ」
一発も喰らってないドーンが、羽根をひろげて浮かばせまいとする。光がまた飛んできた。もう嫌だ。俺は空へと突き抜ける。
マリンブルーのライトがなおも追ってくる。かすみかけた栗色の光に追いつかれる。シューズで蹴っ飛ばしたら、霧散して消えた。……飛ぶほどに弱まるな。接近しなければ平気かも。
「タカはいなそう」
ドーンが縮こまりながら言う。ならば空を低く逃げるべきか。
バシン!
栗色の光を至近距離から当てられた。しかも……股間だ。小学生だろうが妖怪だろうが滅茶苦茶痛い。俺は空中で悶絶する。
「あきらめろ」
シノの冷徹な声がした。土蛸がおぞましい姿をあらわにして、複眼で俺を見つめる。その掲げた足の先端に彼女は乗っていた。
「八ちゃん、総攻撃だよ。――
日本で日本語名の技はエキゾチックじゃなくて格好悪い。……赤くぬめった七本の巨大なタケノコが俺を囲む。口からたっぷりと糸を吐きかける。横にも下にも逃げられない。股間を押さえながら上空に逃れる。
「かかったな」シノがほくそ笑む。「行け斑風! 食いちぎれ!」
次回「信頼すべき人」