六の二 分けるなよ
文字数 3,352文字
「あきらめろ。式神として使う以上はいずれ訪れる別れだ」
結界で隠そうとしてやめた思玲が、忌むべき声でうんざりげに告げる。いきなり人が消えるには野次馬が多すぎる。どっちにしろ、しゃがみこむ大蔵司は目立ちすぎている。
「あきらめない」
ピンクのワンボックスカーの残骸の前で、くしゃくしゃの泣き顔の大蔵司がきっぱり言う。
くしゃくしゃでも綺麗。カメラを前にした女優の泣き顔を素でできる。それでも異形の俺には思玲のがかわいい。
「台輔戻っておいで。モドロウヨ!」
ついには人の言葉で叫びだした。
見せしめのように殺された陸海豚。やはり暴雪の狩りに影添大社は関与していなかったのか。
それにしても都会の真ん中で、しかも琥珀がクレーターを築いた直後に、車を破壊するか? 隣のBMWクーペが巻き込まれているし。ここは人が多すぎて、流範が破壊した墓地のように、夜の出来事にならない。
学生の一団を避けながら、俺は周囲を見る。川田は駐車場隅の影に潜んでいる。これだけで、ただの人は川田に気づかない。その頭にとまるカラスにもだ。
人に見えない俺は道端で思玲の隣にいる。人に見えない自称ツバメの九郎を乗せてだ。見えない琥珀と見えない雅は、主である思玲の前後を警戒している。不思議と人は避けて通る。
「勝手にしろ。――琥珀、この一連を説明しろ。九郎はくちばしを挟むな。雅は警戒を怠るな」
思玲が人に聞こえぬ声で命じる。
「御意」
「へい」
「失態は重ねません」
台輔と呼ばれる知り合いが死んだというのに、異形達は平然としている。こいつらはやっぱり人ではない。俺にしても実物のイルカを見てないから感情を持ちようがないけど。
*
琥珀の説明によると、影添大社に白虎である暴雪 が現れた。異形の気配なき人の姿をしていたが、態度で気づけた(人でなく虎だったらしい)。
暴雪は隣の公園で折坂さんと話し始めた。白虎は主を倒すのを影添大社へ了承させるために現れた、と思った。主がいないので何より
川田のアパートで箱根から戻った九郎と合流。両者とドーンの話し合いの結果、東京上空で主が戻るまで待機。白虎が接触したらレベル11をぶっ飛ばすと独断で決定。
九郎が主の気配を察知して荒川上空へ移動。そのまま大蔵司の車を追跡。アパート手前で俺一人だけが降車。
とのことらしい。
「私は何も知らない」
ようやく大蔵司が立ちあがる。
「でもあのオヤジならばあり得る話だ。……奴のせいで台輔が死んだ。くそう」
「やり返せよ」ドーンが川田の頭から言う。「哲人が手伝う」
「折坂がいるだろ」川田が頭上に答える。「松本も殺される」
「鴉を乗せて表に出てくるな。上司にリベンジなどできない。式神が死んだ責任は主にある。どうせそう言われるだけだろうけど、その通りだから」
大蔵司がティッシュで鼻を噛み、道端に捨てやがる。
「復讐する相手は白虎だ」
俺は彼女の背中に言う。モラルが低かろうと彼女を味方にできれば心強い。
「でも何よりも夏奈と横根に危害が及ばないようにしたい。社に戻ろう」
「私とスーリンちゃんだけでな。百鬼夜行じゃあるまいし、異形を夜に連れ歩かない」
振り向かずに言う。こういう件には意識が高いのか。
思玲が俺達(俺、ドーン、川田、琥珀、九郎、雅)を眺める。
「セパレートすべきだな。だが雅だけは連れていく。
ぎょっとした顔の狼を無視して「哲人達は案ずるな。小学生(横根)も能天気(夏奈)も引き連れて戻る。琥珀と天珠で連絡とる」
「全員で行く」
俺はきっぱり告げる。二組に別れるのは愚策だと知らされているだろ。
「我々を憂慮した思玲様の考えに意見するな」
浮かぶ琥珀に睨まれる。こいつは主を避けているふしがある。――楊聡民。思玲の弟のかたきと、老人が死の間際に息子の名を呼んだ。彼女達に聞けるはずない。
「で、我々はどこで待機していましょうか」と琥珀がうかがい、
「哲人の部屋でいいだろ」と思玲が答える。
短絡に言いやがって。こいつも少女だったときに一泊したな。
「行きたい奴は行けばいい。遠いけどな。俺は夏奈のもとへ一人でも――」
「たしかにあそこは僻地っすね」
九郎が俺の頭から話に割り込む。「白虎がいるなら人の多い場所がいいっすよ。チチチ」
「俺も瑞希のもとへ行く。あれは弱いから俺が守る」
川田が賛同してくれた。
「わがままを言うな。だったら誰も連れていかない」
大蔵司が川田をにらむ。怖くないのか?
「私の部屋を貸してやる。場所は九ちゃんが知っている」
そう言って鍵を川田に渡そうとする。荒らされるぞ。
「だから!」
「哲人。京ちゃんに従おうぜ」
駐車場の看板上に移動したドーンにたしなめられた。
大蔵司は配下の異形を殺されても俺達のために動いてくれる。自分を差し置いて上司が暗躍していたのに。そう言いたいのだろう。その通りだけど知ったことじゃないけど……。
また消防車がやってきた。路地には黄色いテープが張られて、もはや人は侵入できない。動かないとならない。言い争いをしているべきじゃない。
「馬鹿燕は陰陽士の部屋に行ったことがあるだと? お前は何をやっているのだ? まあいい。それに決めた」
思玲が俺の頭上をにらんだあとに言う。「雅行くぞ。大蔵司が先頭に乗って案内しろ」
「御意」
「雅 ちゃん、喧嘩は絶対に駄目だよ」
「雅 と呼べ。私は我が主の命 に沿うだけ」
美女二人が狼に乗る。思玲が俺を見る。
「雷木札は川田に持たせているのか?」
「横根に預けてある」
お天宮様の護符は俺が持っても輝かないし、彼女が保管するのが一番安全だ。
「持たせる相手が違うだろ。お前は人の話を聞かないな。つながっておけ」
そう言って思玲が舞うように、扇を二度振るう。彼女達が見えなくなる。……つながっておけ?
思玲は香港に向かう直前に、天宮の護符を夏奈に持たせろと言った。そのときは例によって言葉足らずだったけど、あの木札は俺と夏奈を結ぶするものなのか?
「考え事はいいからさ、とりあえず動くじゃん。ていうか、場所はどこ?」
ドーンが俺の頭上の九郎に尋ねる。
「京の部屋か? お前らが到着した川のずっと向こうだ」
つまり埼玉か千葉。さらに遠いじゃないか。
「琥珀。陰陽士がいなくなったから、この国の車を拝借しようぜ」
「どれにする? 九郎が選べ」
「チチチ、人がいない場所のだな」
なるほど。琥珀は鍵を開けられてエンジンも始動できるようだ。そして九郎は運転できる。もちろん、そんなことはやらせない。
「歩いていく」頭上へと告げる。「行き先は影添大社」
俺が先頭で歩きだす。
「頑固だね」
ドーンがカカカと笑い夜空へ浮かぶ。
「こいつはどうするんだ? 食っていいのか?」
川田の声に振り返る。アスファルトから飛びでた巨大な魚の尾ひれを引っ張っていた。ピンク色……。
「台輔、生きていたのか。しぶとい野郎だな。チチチ」
「京様が力をくれたからなんとか、きゅきゅ……」
アスファルトからピンクなイルカが顔も覗かせる。サイズ的にもまんまバンドウイルカ。
「おいおい……それって……」九郎が珍しく神妙な声がだした。「京はマジでやばい奴かも」
「何を今さら。ちょうどいいや。台輔は哲人と川田を乗せていけ」
琥珀がドライに言い放つ。
「いいけど、京様のもとにしか行かない。きゅきゅきゅ」
つまり影添大社だ。
「こいつも喰ってはいけないんだな」
川田が尾びれから手を離す。犬や狼のときよりは自分で判断できるようになってくれた。
「乗せてもらうけど、騒ぎが起きることはやめよう」
そう言って俺は台輔の背中に乗る。このイルカもシノの式神みたいに地面にもぐれるようだけど、大都会では危険すぎる。
「ぴょんぴょん跳ねる。きゅきゅきゅ」
「面白そうだな」
川田も飛び乗る。俺は背びれをつかむ。
同時に台輔がジャンプする――雑居ビルより高く跳躍して二区画ほどで着地する。俺とピンクのイルカはともかく、川田は人の目に見えるぞ。
次回「絶対にめくってはいけない」
結界で隠そうとしてやめた思玲が、忌むべき声でうんざりげに告げる。いきなり人が消えるには野次馬が多すぎる。どっちにしろ、しゃがみこむ大蔵司は目立ちすぎている。
「あきらめない」
ピンクのワンボックスカーの残骸の前で、くしゃくしゃの泣き顔の大蔵司がきっぱり言う。
くしゃくしゃでも綺麗。カメラを前にした女優の泣き顔を素でできる。それでも異形の俺には思玲のがかわいい。
「台輔戻っておいで。モドロウヨ!」
ついには人の言葉で叫びだした。
見せしめのように殺された陸海豚。やはり暴雪の狩りに影添大社は関与していなかったのか。
それにしても都会の真ん中で、しかも琥珀がクレーターを築いた直後に、車を破壊するか? 隣のBMWクーペが巻き込まれているし。ここは人が多すぎて、流範が破壊した墓地のように、夜の出来事にならない。
学生の一団を避けながら、俺は周囲を見る。川田は駐車場隅の影に潜んでいる。これだけで、ただの人は川田に気づかない。その頭にとまるカラスにもだ。
人に見えない俺は道端で思玲の隣にいる。人に見えない自称ツバメの九郎を乗せてだ。見えない琥珀と見えない雅は、主である思玲の前後を警戒している。不思議と人は避けて通る。
「勝手にしろ。――琥珀、この一連を説明しろ。九郎はくちばしを挟むな。雅は警戒を怠るな」
思玲が人に聞こえぬ声で命じる。
「御意」
「へい」
「失態は重ねません」
台輔と呼ばれる知り合いが死んだというのに、異形達は平然としている。こいつらはやっぱり人ではない。俺にしても実物のイルカを見てないから感情を持ちようがないけど。
*
琥珀の説明によると、影添大社に白虎である
暴雪は隣の公園で折坂さんと話し始めた。白虎は主を倒すのを影添大社へ了承させるために現れた、と思った。主がいないので何より
逃げた
。川田のアパートで箱根から戻った九郎と合流。両者とドーンの話し合いの結果、東京上空で主が戻るまで待機。白虎が接触したらレベル11をぶっ飛ばすと独断で決定。
九郎が主の気配を察知して荒川上空へ移動。そのまま大蔵司の車を追跡。アパート手前で俺一人だけが降車。
主を巻き添えにする恐れがない
願ってもないシチュエーションになり、やはり暴雪が現れたので、俺の真横へ波動をぶっ放した。とのことらしい。
「私は何も知らない」
ようやく大蔵司が立ちあがる。
「でもあのオヤジならばあり得る話だ。……奴のせいで台輔が死んだ。くそう」
「やり返せよ」ドーンが川田の頭から言う。「哲人が手伝う」
「折坂がいるだろ」川田が頭上に答える。「松本も殺される」
「鴉を乗せて表に出てくるな。上司にリベンジなどできない。式神が死んだ責任は主にある。どうせそう言われるだけだろうけど、その通りだから」
大蔵司がティッシュで鼻を噛み、道端に捨てやがる。
「復讐する相手は白虎だ」
俺は彼女の背中に言う。モラルが低かろうと彼女を味方にできれば心強い。
「でも何よりも夏奈と横根に危害が及ばないようにしたい。社に戻ろう」
「私とスーリンちゃんだけでな。百鬼夜行じゃあるまいし、異形を夜に連れ歩かない」
振り向かずに言う。こういう件には意識が高いのか。
思玲が俺達(俺、ドーン、川田、琥珀、九郎、雅)を眺める。
「セパレートすべきだな。だが雅だけは連れていく。
白虎に出し抜かれたこいつ
は、姿隠しを背負ったうえに私と大蔵司を乗せて駆けられる。タクシーより早くて金がかからぬ」ぎょっとした顔の狼を無視して「哲人達は案ずるな。小学生(横根)も能天気(夏奈)も引き連れて戻る。琥珀と天珠で連絡とる」
「全員で行く」
俺はきっぱり告げる。二組に別れるのは愚策だと知らされているだろ。
「我々を憂慮した思玲様の考えに意見するな」
浮かぶ琥珀に睨まれる。こいつは主を避けているふしがある。――楊聡民。思玲の弟のかたきと、老人が死の間際に息子の名を呼んだ。彼女達に聞けるはずない。
「で、我々はどこで待機していましょうか」と琥珀がうかがい、
「哲人の部屋でいいだろ」と思玲が答える。
短絡に言いやがって。こいつも少女だったときに一泊したな。
「行きたい奴は行けばいい。遠いけどな。俺は夏奈のもとへ一人でも――」
「たしかにあそこは僻地っすね」
九郎が俺の頭から話に割り込む。「白虎がいるなら人の多い場所がいいっすよ。チチチ」
「俺も瑞希のもとへ行く。あれは弱いから俺が守る」
川田が賛同してくれた。
「わがままを言うな。だったら誰も連れていかない」
大蔵司が川田をにらむ。怖くないのか?
「私の部屋を貸してやる。場所は九ちゃんが知っている」
そう言って鍵を川田に渡そうとする。荒らされるぞ。
「だから!」
「哲人。京ちゃんに従おうぜ」
駐車場の看板上に移動したドーンにたしなめられた。
大蔵司は配下の異形を殺されても俺達のために動いてくれる。自分を差し置いて上司が暗躍していたのに。そう言いたいのだろう。その通りだけど知ったことじゃないけど……。
また消防車がやってきた。路地には黄色いテープが張られて、もはや人は侵入できない。動かないとならない。言い争いをしているべきじゃない。
「馬鹿燕は陰陽士の部屋に行ったことがあるだと? お前は何をやっているのだ? まあいい。それに決めた」
思玲が俺の頭上をにらんだあとに言う。「雅行くぞ。大蔵司が先頭に乗って案内しろ」
「御意」
「
「
美女二人が狼に乗る。思玲が俺を見る。
「雷木札は川田に持たせているのか?」
「横根に預けてある」
お天宮様の護符は俺が持っても輝かないし、彼女が保管するのが一番安全だ。
「持たせる相手が違うだろ。お前は人の話を聞かないな。つながっておけ」
そう言って思玲が舞うように、扇を二度振るう。彼女達が見えなくなる。……つながっておけ?
思玲は香港に向かう直前に、天宮の護符を夏奈に持たせろと言った。そのときは例によって言葉足らずだったけど、あの木札は俺と夏奈を結ぶするものなのか?
「考え事はいいからさ、とりあえず動くじゃん。ていうか、場所はどこ?」
ドーンが俺の頭上の九郎に尋ねる。
「京の部屋か? お前らが到着した川のずっと向こうだ」
つまり埼玉か千葉。さらに遠いじゃないか。
「琥珀。陰陽士がいなくなったから、この国の車を拝借しようぜ」
「どれにする? 九郎が選べ」
「チチチ、人がいない場所のだな」
なるほど。琥珀は鍵を開けられてエンジンも始動できるようだ。そして九郎は運転できる。もちろん、そんなことはやらせない。
「歩いていく」頭上へと告げる。「行き先は影添大社」
俺が先頭で歩きだす。
「頑固だね」
ドーンがカカカと笑い夜空へ浮かぶ。
「こいつはどうするんだ? 食っていいのか?」
川田の声に振り返る。アスファルトから飛びでた巨大な魚の尾ひれを引っ張っていた。ピンク色……。
「台輔、生きていたのか。しぶとい野郎だな。チチチ」
「京様が力をくれたからなんとか、きゅきゅ……」
アスファルトからピンクなイルカが顔も覗かせる。サイズ的にもまんまバンドウイルカ。
「おいおい……それって……」九郎が珍しく神妙な声がだした。「京はマジでやばい奴かも」
「何を今さら。ちょうどいいや。台輔は哲人と川田を乗せていけ」
琥珀がドライに言い放つ。
「いいけど、京様のもとにしか行かない。きゅきゅきゅ」
つまり影添大社だ。
「こいつも喰ってはいけないんだな」
川田が尾びれから手を離す。犬や狼のときよりは自分で判断できるようになってくれた。
「乗せてもらうけど、騒ぎが起きることはやめよう」
そう言って俺は台輔の背中に乗る。このイルカもシノの式神みたいに地面にもぐれるようだけど、大都会では危険すぎる。
「ぴょんぴょん跳ねる。きゅきゅきゅ」
「面白そうだな」
川田も飛び乗る。俺は背びれをつかむ。
同時に台輔がジャンプする――雑居ビルより高く跳躍して二区画ほどで着地する。俺とピンクのイルカはともかく、川田は人の目に見えるぞ。
次回「絶対にめくってはいけない」