四十八の二 ドラゴンバスターズ
文字数 2,011文字
「この指は戻らないぞ」
禍々しいほどの怒り。
「松本哲人、夏梓群、横根瑞希。いずれ散り散りになるよな。いずれ順に殺せるが、いま殺したい」
貪が空から俺達をにらむ。
「倒そうなんて思うな。逃げるべきだ。大姐の命令と言えども、僕はとても見届けられない」
モグラがまた顔をだす。
「それよりも天珠に着信があった。思玲がこちらに向かう」
思玲? 二人は露泥無へと顔を向ける。俺は空へと剣を向け続ける。
「王姐……、存在すら忘れかけていた」
ドロシーが鼻血をぬぐいながら「琥珀ちゃんと九郎ちゃんも?」
「九郎はいないが、式神になった雅は一緒だ。ドロシーは知る由もないが、青い狼である雅は」
「その話は後にしてよ。思玲は来させちゃダメだよ、絶対に」
横根が言うけど当たり前だ。術も使えぬ彼女を今さら貪の前になだせない。
貪は闇空で考えている。おそらく次の一手を。藤川匠も楊偉天も転がったままだろ。あっちを先にやれ。
「僕もそう言った」
露泥無が横根に答える。
「でも彼女は人の話を聞かない。そもそも授けた案は、サキトガに松本達を見捨てたと思わせて奇襲をかけるつもりだった。僕同様にね。だけど蒼き狼が麗豪の痕跡を捕えると、そっちを追うのに躍起になった。しかし麗豪が法董と合流を果たすと、逆に追われる立場になってしまった」
つまり、張麗豪とあの中国僧もここにやってくるのか。法董の冥神の輪。あれがあれば貪を倒せるか?
「無理だと思うがな」貪が答える。「楊と藤川はいつでも殺せる。まずは人であった手負いの獣を倒そう。ついで人であった鴉。そして楊の箱。それはお前たちの魂」
貪はえげつない。
「だから?」
ドロシーが護符をかかげる。
「醜き貪よ聞け! 哲人さんがみんなを守る。私が哲人さんを守る。そして二人でお前を消し去る!」
天宮の護符が闇を紅色に照らす。彼女こそ月神の剣を持つべきかも。
「でかい声で騒ぐな」貪は憎々しげだ。
「貪を怒らすな。本気で戦ったら、奴も深手を負うが松本達は死ぬ」
モグラが穴へと後ずさりする。
「ぼ、僕は和戸達の様子を見てくる。……ここには戻れないかも」
逃げやがった。貪がいたら覗き見もしないのか。
「黒貉の言うとおりだ。だが俺様は早々に傷つきたくはない」
貪は笑う。
「だったら町に降りようか? たとえば白笛市。金札の守る家」
貪は俺を弄ぶ。
「勝手にしろ!」
天へと怒鳴る。でも地べたの俺には、なにもできない。座敷わらしだったときみたいに空を飛びたい。
サワサワサワ
怯えて傍観するだけだった森が色めきだした。
「これが思玲の匂いか。いかにも木霊が好みそうだな」
貪も感づく。
貪が森へと吠える。木霊達はおさまっていく。貪が森へと炎を吐く。蒼い毛並みが宙に跳ねて避ける。
雅が俺達のもとへと駆ける。ともに横根の結界に包まれる。
*
「……雪が降ったのか?」
狼の背で少女が空を見上げる。
「どうでもいいか。無死が消え、ドロシーが戻り、楊の鏡を破壊した。さすがは哲人だ。ついでにこいつも倒すぞ」
思玲がドロシーへと七葉扇を手渡す。
「チェンジしてやる。お前がそいつを握っていると、まわりまで巻きこみそうだ」
代わりに独鈷杵を受けとる。掲げれば金色に輝く。
「思玲さん、まじで子どもだし、ハハハ」
笑い声が宙を揺るがす。
「でも、こいつマジでヤバいよ。私に乗って逃げるべきじゃね?」
青龍は貪を見て及び腰だ。夏奈こそ戦わせたくないのに、なぜに現れた?
「琥珀にみなを呼びにいかせた。こんな化け物は総動員じゃないと倒せぬ」
思玲は決戦モードだ。法董から逃げてきたくせに。
「ハラペコ、隠れているのか? 沈大姐を呼びに行け。あの方ならば、みんなで貪を弱らせば封じられるだろう」
露泥無は逃げたし、大姐は来そうもない。
「力がそろわぬ雌龍など」
貪は夏奈を相手にしない。さらに高く浮かび、森だけを気にする。……夏奈でないなにかを気にしている。
「こいつを倒せば、ドーンも雌龍も人に戻るのか?」
気配もなく狼が背後にいた。
「そうすると、俺はお前らとお別れなのか?」
貪は手負いの獣を嫌がり天に逃れた? まさか。そこまで強いはずない。
「川田君も一緒に帰るんだよ」白猫が言う。「ドーン君は?」
「あいつと小鬼はリュックサックの番だ。へたくそな笛がうるさくてたまらん」
そして狼はドロシーをにらむ。
「風軍を呼べ」
ドロシーが川田へとうなずく。俺のパンツのポケットに手を突っこみ、鷹笛をとりだす。
空へと鳴らす。
「松本軍団勢ぞろいか」貪は口惜しそうだ。「お前達全員を相手する筋合いはない」
貪が闇に消える。俺とドロシーと川田がそろえば、まがまがしき龍さえ逃げる。日本に厄災が訪れようが、俺達は生き延びられる……。
「鏡の破片よ!」命じてしまう。「神殺の結界だ」
闇がオーロラに跳ね返される。
俺たちとともに、貪を閉じこめた。天まで覆った結界を、風軍が突き抜けてくる。
次回「なおも稲光」
禍々しいほどの怒り。
「松本哲人、夏梓群、横根瑞希。いずれ散り散りになるよな。いずれ順に殺せるが、いま殺したい」
貪が空から俺達をにらむ。
「倒そうなんて思うな。逃げるべきだ。大姐の命令と言えども、僕はとても見届けられない」
モグラがまた顔をだす。
「それよりも天珠に着信があった。思玲がこちらに向かう」
思玲? 二人は露泥無へと顔を向ける。俺は空へと剣を向け続ける。
「王姐……、存在すら忘れかけていた」
ドロシーが鼻血をぬぐいながら「琥珀ちゃんと九郎ちゃんも?」
「九郎はいないが、式神になった雅は一緒だ。ドロシーは知る由もないが、青い狼である雅は」
「その話は後にしてよ。思玲は来させちゃダメだよ、絶対に」
横根が言うけど当たり前だ。術も使えぬ彼女を今さら貪の前になだせない。
貪は闇空で考えている。おそらく次の一手を。藤川匠も楊偉天も転がったままだろ。あっちを先にやれ。
「僕もそう言った」
露泥無が横根に答える。
「でも彼女は人の話を聞かない。そもそも授けた案は、サキトガに松本達を見捨てたと思わせて奇襲をかけるつもりだった。僕同様にね。だけど蒼き狼が麗豪の痕跡を捕えると、そっちを追うのに躍起になった。しかし麗豪が法董と合流を果たすと、逆に追われる立場になってしまった」
つまり、張麗豪とあの中国僧もここにやってくるのか。法董の冥神の輪。あれがあれば貪を倒せるか?
「無理だと思うがな」貪が答える。「楊と藤川はいつでも殺せる。まずは人であった手負いの獣を倒そう。ついで人であった鴉。そして楊の箱。それはお前たちの魂」
貪はえげつない。
「だから?」
ドロシーが護符をかかげる。
「醜き貪よ聞け! 哲人さんがみんなを守る。私が哲人さんを守る。そして二人でお前を消し去る!」
天宮の護符が闇を紅色に照らす。彼女こそ月神の剣を持つべきかも。
「でかい声で騒ぐな」貪は憎々しげだ。
「貪を怒らすな。本気で戦ったら、奴も深手を負うが松本達は死ぬ」
モグラが穴へと後ずさりする。
「ぼ、僕は和戸達の様子を見てくる。……ここには戻れないかも」
逃げやがった。貪がいたら覗き見もしないのか。
「黒貉の言うとおりだ。だが俺様は早々に傷つきたくはない」
貪は笑う。
「だったら町に降りようか? たとえば白笛市。金札の守る家」
貪は俺を弄ぶ。
「勝手にしろ!」
天へと怒鳴る。でも地べたの俺には、なにもできない。座敷わらしだったときみたいに空を飛びたい。
サワサワサワ
怯えて傍観するだけだった森が色めきだした。
「これが思玲の匂いか。いかにも木霊が好みそうだな」
貪も感づく。
貪が森へと吠える。木霊達はおさまっていく。貪が森へと炎を吐く。蒼い毛並みが宙に跳ねて避ける。
雅が俺達のもとへと駆ける。ともに横根の結界に包まれる。
*
「……雪が降ったのか?」
狼の背で少女が空を見上げる。
「どうでもいいか。無死が消え、ドロシーが戻り、楊の鏡を破壊した。さすがは哲人だ。ついでにこいつも倒すぞ」
思玲がドロシーへと七葉扇を手渡す。
「チェンジしてやる。お前がそいつを握っていると、まわりまで巻きこみそうだ」
代わりに独鈷杵を受けとる。掲げれば金色に輝く。
「思玲さん、まじで子どもだし、ハハハ」
笑い声が宙を揺るがす。
「でも、こいつマジでヤバいよ。私に乗って逃げるべきじゃね?」
青龍は貪を見て及び腰だ。夏奈こそ戦わせたくないのに、なぜに現れた?
「琥珀にみなを呼びにいかせた。こんな化け物は総動員じゃないと倒せぬ」
思玲は決戦モードだ。法董から逃げてきたくせに。
「ハラペコ、隠れているのか? 沈大姐を呼びに行け。あの方ならば、みんなで貪を弱らせば封じられるだろう」
露泥無は逃げたし、大姐は来そうもない。
「力がそろわぬ雌龍など」
貪は夏奈を相手にしない。さらに高く浮かび、森だけを気にする。……夏奈でないなにかを気にしている。
「こいつを倒せば、ドーンも雌龍も人に戻るのか?」
気配もなく狼が背後にいた。
「そうすると、俺はお前らとお別れなのか?」
貪は手負いの獣を嫌がり天に逃れた? まさか。そこまで強いはずない。
「川田君も一緒に帰るんだよ」白猫が言う。「ドーン君は?」
「あいつと小鬼はリュックサックの番だ。へたくそな笛がうるさくてたまらん」
そして狼はドロシーをにらむ。
「風軍を呼べ」
ドロシーが川田へとうなずく。俺のパンツのポケットに手を突っこみ、鷹笛をとりだす。
空へと鳴らす。
「松本軍団勢ぞろいか」貪は口惜しそうだ。「お前達全員を相手する筋合いはない」
貪が闇に消える。俺とドロシーと川田がそろえば、まがまがしき龍さえ逃げる。日本に厄災が訪れようが、俺達は生き延びられる……。
「鏡の破片よ!」命じてしまう。「神殺の結界だ」
闇がオーロラに跳ね返される。
俺たちとともに、貪を閉じこめた。天まで覆った結界を、風軍が突き抜けてくる。
次回「なおも稲光」