十五の二 褐色の翼
文字数 3,045文字
捕らえて尋問するどころではない。ドーン達が捕らえられ拷問される。
『カラスとインコ、どちらか死ぬ』
『お前だけ無傷。ずっと恨まれる』
呼ぶ声がかすれてきている。分かりきった言葉などスルーだ。
「桜井、逃げろ!」
俺の声に振り向いた彼女へと、カンナイが一直線に向かう。小鳥がカラスのくちばしに叩かれる。ふらふらと落ちていき、屋上から見えなくなる。カンナイが空中でブレーキをかける。桜井のあとを追う。
桜井を助けなきゃ。なのに妖怪としての俺の本性が動きださない。朝からこんなに快晴な空のもとでは。
『暗くならないと呼べないよ』
『ホホッ。それを言うなら我々もそろそろ退散かな』
『キッ、こんな遠くまで声を飛ばしてやったのに』
誘う声が遠ざかる。ようやく惑わされなくなる。
「桜井を助けるぞ」
俺はハシボソガラスを抱える。非常階段へと向かう。背後から羽音が追いかけてくる。
「その飛びかたはなんだい。お前もやはり異形だね。クワッ」
ヂャオリーがドーンへ体当たりしようとして俺に流される。
「なにやっているんだよ。空中でよろめいたぞ」
今度はゴウオンがやってくる。
「挟まれるぞ。放せよ。飛んでみせるから」
ドーンは言うけど、
「ふざけんなよ」
何度もこいつの大口(このスロット台は爆発するぜ、あの白人なら楽勝だぜ、夏奈ちゃんは俺に気があるかも、瑞希ちゃんも)を聞かされている俺が、信じるはずない。
「隠すぞ」
俺は服をひろげる素振りをする。ドーンを抱えこむ。……ドーンの人としての心と体に触れあう。互いに全裸で。
「やめろよ!」
カラスが服から飛びだす。俺をにらむ。「俺はそんな気ないからな」
俺にだってない。さすがに無理だ。こっちから追いだすところだった。
「こいつ、ちょっとだけ消えたよな」
ゴウオンが門の上へと移動する。四方をうかがう。
「結界って奴かい? あの女人が本当にいるのかい?」
背後でヂャオリーがひるんでいやがる。チャンスだ。
もだえるドーンを抱えて門へと向かう。鉄柵の隙間に突っこみ階段へと押しだす。俺は浮かびあがり、ゴウオンをぶん殴りながら鉄柵を越える。握りこぶしの感触からして、ダメージなど与えていない。
「桜井! 大丈夫か!」俺は叫ぶが返事はない。「ドーン、急ごう」
狭い階段は羽根のない俺に利があるはずだ。俺は抱えようとする。
「階段なんか降りていられるかよ」
ハシボソガラスはするりと逃げる。「俺は飛ぶぜ」
そしてドーンが羽根をひろげ舞いあがる。いや跳ねる程度だ。
「ここじゃ無理だ。空が見えるところに戻せよ」
ドーンが見上げる非常階段の狭い空にカラスが現れる。手すりにとまる。スリムで大柄なカンナイではないが、残りのどちらかは見ただけでは分からない。
「人でも異形でもいいから姿を見せな。飢え死ぬほうがましに思えてきたよ」
このイントネーションはヂャオリーだ。俺は姿を現せない代わりに、浮かびあがってつき落とす。ヂャオリーはカカッとわめきながら空に退却する。……力が似たもの同士のつば競り合いは心の強さがものをいうかも。
ゾクッ
桜井の感情が伝わってきた。怒っている? 苦しんでいる? 俺は手すりに乗る。校庭を見る。
地面近くをカラスが二羽飛んでやがる。こいつらは3Dに縦横無尽だ。俺の力じゃカラスを追いはらえるだけ。しかも秀でたカラスには太刀打ちできない。夜じゃないから、呼んでも誰も来ないだろうし。
ドーンがコンクリートの上で必死に羽根を動かす。羽ばたきの練習だろうか。本心はドーンが邪魔だ。置いていけるはずない。
「空にでよう」
俺は覚悟を決める。ぎょっとするカラスを抱える。
「服に入れないよ。むき出しで外にでる。下まで一直線だ」
手すりを越えるなり、ヂャオリーが飛んでくる。ドーンへとくちばしを向けるので、体の向きを変える。雌カラスは俺の背中に当たり、するりと横にずれる。
「堪忍してくれよ。竹林様みたいじゃないかい」
ヂャオリーがぼやく。カーカーと鳴きながら、ゴウオンが下から飛んでくる。
「妖怪変化が守ってやがるんだ。二羽でないと無理だ」
上下から挟みやがる。俺はかまわず下へと向かう。……降りることまで重力を無視してふわふわだ。ドーンを抱えているからか、なおさらのろい。飛んできたゴウオンにふわりと蹴りをいれる。横から来たヂャオリーが、ドーンにおもいきり体当たりする。腕の中でドーンがうめく。衝撃が俺にまで伝わる。
とにかく下だ。……下からまた一羽が襲ってくる。風を切り裂くような飛行。ヤバい、カンナイだ。
俺はドーンを強く抱える。空中で吹っ飛ばされる。カンナイが素早く切りかえす。ドーンをかばった背中を爪ではたかれる。ドーンと爪に挟まれて、体がふわりと流れない。
「感触があったぞ。カカカ」
カンナイが笑う。「あっちの世界と触れあっているぞ」
「それがいい話なのかい?」
ヂャオリーが急降下してくる。「青インコは?」
俺はドーンに覆いかぶさる。頭に衝撃が伝わる。痛くはないが。
「手負いにはした」
カンナイが正面から爪を向ける。反応できない。
「哲人避けろ!」
ドーンが俺に抱えられたまま体をひねる。俺は引っぱられ、尻の奥にカンナイのくちばしが突き刺さる。痛え!
「夏奈ちゃんがマジヤバいぜ。のろすぎだ。急げ」
ドーンが腕の中で騒ぐ。俺だってそうしたい。でも上からヂャオリーがやってくる。避けたところにゴウオンが背後から突っこむ。俺ごとはじき飛ばされて、ドーンがカッと悲鳴をあげる。
一人より二人のがいいよ。絶対に
横根の言葉を思いだす。二人より三羽のがさらにいい。あいつらのが強くなってきている。カラスどもに俺にたいする害意はない。ドーンを守るために自分の意思で傷を受けているからか、護符に発動する気はないらしい。
「行かせないつもりだぞ。放せって。助けにいくしかねーじゃん。俺は飛ぶ。自分の力で」
離すかよ。俺はなおさら強く抱える。
「……あのインコは、羽根を折られても逃げようとしている」
カンナイのつぶやき声が頭上で聞こえた。次の瞬間、頭をけり倒される。俺の顎がドーンに直撃して、グワッとうめき声をだす。俺は頭がくらくらするのを必死にこらえる。カンナイはそのまま下に向かう。
空中ではどうにもならない。
「……手をどかすよ」
どうにもならないから、ドーンに告げる。高さはまだ三階ぐらいか。羽根だけみたいな軽い体でもダメージは受けるかも。
「俺の上に落ちてきて。必ず受けとめるから」
ドーンなら飛べる気がする。そう信じるしかない。頭上へとカラスを放り投げる。……想像と現実は違うよな。力が足りず、ドーンは俺より先に校庭へ落ちていく。
「大丈夫、飛ぶから」
無様に羽根をばたつかせながら、俺を心配させまいと叫ぶ。俺はあせっているのに、ふわふわとしか追いかけられない。
「カカカッ」
ヂャオリーが笑いながら俺の真横を過ぎる。瞬間の出来事だのに、すべてがゆっくりだ。
「違う! あの野郎の飛びかた!」
ドーンが叫ぶ。落下速度をゆるめることなく、じきに地面に激突する。ドーンが羽根をしなやかに広げなおす。地面にかすめそうになりながら、風を操る。
小柄なハシボソガラスが浮かびあがる。勢いを増すばかりの太陽の光を受けて、漆黒の翼が赤茶色に光沢を帯びた。
「なんだい、飛べたのかよ」
ヂャオリーがドーンを追いかける。ハシボソガラスは羽ばたきを強める。二羽の間隔が開いていく。
とりあえずドーンは大丈夫だ。
次回「うっすら見えた」
『カラスとインコ、どちらか死ぬ』
『お前だけ無傷。ずっと恨まれる』
呼ぶ声がかすれてきている。分かりきった言葉などスルーだ。
「桜井、逃げろ!」
俺の声に振り向いた彼女へと、カンナイが一直線に向かう。小鳥がカラスのくちばしに叩かれる。ふらふらと落ちていき、屋上から見えなくなる。カンナイが空中でブレーキをかける。桜井のあとを追う。
桜井を助けなきゃ。なのに妖怪としての俺の本性が動きださない。朝からこんなに快晴な空のもとでは。
『暗くならないと呼べないよ』
『ホホッ。それを言うなら我々もそろそろ退散かな』
『キッ、こんな遠くまで声を飛ばしてやったのに』
誘う声が遠ざかる。ようやく惑わされなくなる。
「桜井を助けるぞ」
俺はハシボソガラスを抱える。非常階段へと向かう。背後から羽音が追いかけてくる。
「その飛びかたはなんだい。お前もやはり異形だね。クワッ」
ヂャオリーがドーンへ体当たりしようとして俺に流される。
「なにやっているんだよ。空中でよろめいたぞ」
今度はゴウオンがやってくる。
「挟まれるぞ。放せよ。飛んでみせるから」
ドーンは言うけど、
「ふざけんなよ」
何度もこいつの大口(このスロット台は爆発するぜ、あの白人なら楽勝だぜ、夏奈ちゃんは俺に気があるかも、瑞希ちゃんも)を聞かされている俺が、信じるはずない。
「隠すぞ」
俺は服をひろげる素振りをする。ドーンを抱えこむ。……ドーンの人としての心と体に触れあう。互いに全裸で。
「やめろよ!」
カラスが服から飛びだす。俺をにらむ。「俺はそんな気ないからな」
俺にだってない。さすがに無理だ。こっちから追いだすところだった。
「こいつ、ちょっとだけ消えたよな」
ゴウオンが門の上へと移動する。四方をうかがう。
「結界って奴かい? あの女人が本当にいるのかい?」
背後でヂャオリーがひるんでいやがる。チャンスだ。
もだえるドーンを抱えて門へと向かう。鉄柵の隙間に突っこみ階段へと押しだす。俺は浮かびあがり、ゴウオンをぶん殴りながら鉄柵を越える。握りこぶしの感触からして、ダメージなど与えていない。
「桜井! 大丈夫か!」俺は叫ぶが返事はない。「ドーン、急ごう」
狭い階段は羽根のない俺に利があるはずだ。俺は抱えようとする。
「階段なんか降りていられるかよ」
ハシボソガラスはするりと逃げる。「俺は飛ぶぜ」
そしてドーンが羽根をひろげ舞いあがる。いや跳ねる程度だ。
「ここじゃ無理だ。空が見えるところに戻せよ」
ドーンが見上げる非常階段の狭い空にカラスが現れる。手すりにとまる。スリムで大柄なカンナイではないが、残りのどちらかは見ただけでは分からない。
「人でも異形でもいいから姿を見せな。飢え死ぬほうがましに思えてきたよ」
このイントネーションはヂャオリーだ。俺は姿を現せない代わりに、浮かびあがってつき落とす。ヂャオリーはカカッとわめきながら空に退却する。……力が似たもの同士のつば競り合いは心の強さがものをいうかも。
ゾクッ
桜井の感情が伝わってきた。怒っている? 苦しんでいる? 俺は手すりに乗る。校庭を見る。
地面近くをカラスが二羽飛んでやがる。こいつらは3Dに縦横無尽だ。俺の力じゃカラスを追いはらえるだけ。しかも秀でたカラスには太刀打ちできない。夜じゃないから、呼んでも誰も来ないだろうし。
ドーンがコンクリートの上で必死に羽根を動かす。羽ばたきの練習だろうか。本心はドーンが邪魔だ。置いていけるはずない。
「空にでよう」
俺は覚悟を決める。ぎょっとするカラスを抱える。
「服に入れないよ。むき出しで外にでる。下まで一直線だ」
手すりを越えるなり、ヂャオリーが飛んでくる。ドーンへとくちばしを向けるので、体の向きを変える。雌カラスは俺の背中に当たり、するりと横にずれる。
「堪忍してくれよ。竹林様みたいじゃないかい」
ヂャオリーがぼやく。カーカーと鳴きながら、ゴウオンが下から飛んでくる。
「妖怪変化が守ってやがるんだ。二羽でないと無理だ」
上下から挟みやがる。俺はかまわず下へと向かう。……降りることまで重力を無視してふわふわだ。ドーンを抱えているからか、なおさらのろい。飛んできたゴウオンにふわりと蹴りをいれる。横から来たヂャオリーが、ドーンにおもいきり体当たりする。腕の中でドーンがうめく。衝撃が俺にまで伝わる。
とにかく下だ。……下からまた一羽が襲ってくる。風を切り裂くような飛行。ヤバい、カンナイだ。
俺はドーンを強く抱える。空中で吹っ飛ばされる。カンナイが素早く切りかえす。ドーンをかばった背中を爪ではたかれる。ドーンと爪に挟まれて、体がふわりと流れない。
「感触があったぞ。カカカ」
カンナイが笑う。「あっちの世界と触れあっているぞ」
「それがいい話なのかい?」
ヂャオリーが急降下してくる。「青インコは?」
俺はドーンに覆いかぶさる。頭に衝撃が伝わる。痛くはないが。
「手負いにはした」
カンナイが正面から爪を向ける。反応できない。
「哲人避けろ!」
ドーンが俺に抱えられたまま体をひねる。俺は引っぱられ、尻の奥にカンナイのくちばしが突き刺さる。痛え!
「夏奈ちゃんがマジヤバいぜ。のろすぎだ。急げ」
ドーンが腕の中で騒ぐ。俺だってそうしたい。でも上からヂャオリーがやってくる。避けたところにゴウオンが背後から突っこむ。俺ごとはじき飛ばされて、ドーンがカッと悲鳴をあげる。
一人より二人のがいいよ。絶対に
横根の言葉を思いだす。二人より三羽のがさらにいい。あいつらのが強くなってきている。カラスどもに俺にたいする害意はない。ドーンを守るために自分の意思で傷を受けているからか、護符に発動する気はないらしい。
「行かせないつもりだぞ。放せって。助けにいくしかねーじゃん。俺は飛ぶ。自分の力で」
離すかよ。俺はなおさら強く抱える。
「……あのインコは、羽根を折られても逃げようとしている」
カンナイのつぶやき声が頭上で聞こえた。次の瞬間、頭をけり倒される。俺の顎がドーンに直撃して、グワッとうめき声をだす。俺は頭がくらくらするのを必死にこらえる。カンナイはそのまま下に向かう。
空中ではどうにもならない。
「……手をどかすよ」
どうにもならないから、ドーンに告げる。高さはまだ三階ぐらいか。羽根だけみたいな軽い体でもダメージは受けるかも。
「俺の上に落ちてきて。必ず受けとめるから」
ドーンなら飛べる気がする。そう信じるしかない。頭上へとカラスを放り投げる。……想像と現実は違うよな。力が足りず、ドーンは俺より先に校庭へ落ちていく。
「大丈夫、飛ぶから」
無様に羽根をばたつかせながら、俺を心配させまいと叫ぶ。俺はあせっているのに、ふわふわとしか追いかけられない。
「カカカッ」
ヂャオリーが笑いながら俺の真横を過ぎる。瞬間の出来事だのに、すべてがゆっくりだ。
「違う! あの野郎の飛びかた!」
ドーンが叫ぶ。落下速度をゆるめることなく、じきに地面に激突する。ドーンが羽根をしなやかに広げなおす。地面にかすめそうになりながら、風を操る。
小柄なハシボソガラスが浮かびあがる。勢いを増すばかりの太陽の光を受けて、漆黒の翼が赤茶色に光沢を帯びた。
「なんだい、飛べたのかよ」
ヂャオリーがドーンを追いかける。ハシボソガラスは羽ばたきを強める。二羽の間隔が開いていく。
とりあえずドーンは大丈夫だ。
次回「うっすら見えた」