二十三の一 ユニット名『十二磈』
文字数 2,295文字
「鉆はおとといのサイコロからついてなかった。グヒヒ。鉆が弾よけになって、俺は指が四つ飛んだだけだ」
べつの奴もおぞましいほどに下卑た声だ。
マジかよ。いずれも2メートル以上ゆうにある背丈だ。
「緑松 、聞いたか? 日本に来たら紫英 がつきだしたぞ。グハハハハ。俺は腹に穴があきかけたのにな。グハハハハ」
吠えるような笑い声……。
こ、これぞ異形だ。腰に巻いた布以外は赤黒い肌をむき出しにして、牙と、頭のツノ。
つまり鬼そのものだ。
思玲が亮相にかまえようするが、
「足手まといどもが、箱に押しこめられて来ただけか」
不敵な笑みを浮かべて手を降ろす。
「たしかに狭かったけどな。おかげでようやくお前を食える。食えるし犯せるぞ。犯してから食ってやる」
「珍珠 、よく見ろ。犬と妖怪がいるだろ。先に全部殺してから犯そうぜ」
「グハ、どっちもいいな。俺は犯しながら食いたい」
鬼達は思玲だけを見ている。……よだれを垂らしていやがる。
「ほ、本物の化け物じゃないか」
川田が怯えた声をだす。俺なんか声すらだせない。
「うろたえるな。たかが十二磈 だ。楊偉天の恥ずべき式神団だ。膂力と頑丈なだけの邪鬼だ。……三匹まとめてだと、少々厄介だがな」
思玲は怯えていない。
クリーム色の腰巻の鬼が浮かぶ俺を見つめた。
「チビ。流範さんはどこだ? 使いの鴉どももまだ来てないのか?」
下っ端みたいに扱いやがる。
「貴様らに教える必要はない」思玲が横から答える。
鬼達が顔を見合わせる。笑いだす。
「グヘ。ならば犯しながら聞きだしてやる」
「緑松、俺は食うか犯すかに集中したい。だから、とりあえずお呼びしようぜ」
一体の鬼が大ケヤキの上へと目を向ける。
「そこにいますよな、青龍さん」
こいつのこの一言が、恐怖心をかき消してくれた。
「こいつらも人間だったんですか?」
どうであろうが桜井は守るけど、それだけは聞く。
「人であるはずないだろ。この世に這いでたときから、下種の悪鬼だ」
そう言うと、思玲が鬼に背を向けて逃げだす。よろけてひざまずく。……この女、ほくそ笑んでいやがる。だまし討ちか? こんなのにひっかかるのか?
彼女の背を見て、鬼がグヘヘと近寄る。思玲が振り向くなり両手を交差させる。至近距離から、緑松とかいう鬼へと螺旋の光をぶつける。鬼が吹っ飛ぶ。
俺は木札を握り、紫英だかいう鬼へと向かう(腰巻の色柄で区別がつくようだ。こいつは紫)。
「チビのくせに目つきが気にいらないぞ」
鬼が屈んで手を伸ばす。激しく発動した木札を、その腕へと押しつける。
グワアと悲鳴をあげながら、紫英が崩れ落ちる。俺はみなまで見ない。
「お前ら、なにをしているんだよ」
クリーム色の腰巻の珍珠だかは呆気にとられている。その腕に、川田が飛びかかる。
ゴリッ
手首をかみ砕く音がした。悲鳴をあげた鬼から口を離し、片目の狼が跳躍する。珍珠の首へと牙を向ける……。ちょっとどんくさい。
「いてえな、犬ころ」
珍珠がハンマーのような頭突きで叩き落とす。鬼は折れた手で転がる狼をつかみあげる。逆の手でアッパーカットを喰らわせる。
川田は樹木の枝を折りながら、大学を囲む塀に激突する。
「術が弱いぞ。今のは何発目だ?」
緑松はすでに起きあがっていた。思玲が返事の代わりに螺旋の光を放つ。直撃した緑色の腰巻から煙があがる。
「グハハ、痛いが気持ちいいぞ。これで何発目だ?」
下腹部をこすりながら鬼が笑う。思玲がさらに亮相にかまえ、扇と小刀を交差させる。弱弱しい螺旋の光を、緑松が首を横にそらして避ける。肩で息をする思玲が片膝を地につける……。これは演技じゃないかも。
「おりゃあ、こんなの気合だ!」
雄たけびが聞こえた。
紫英がウルトラマンのように立ちあがっていた。護符が効かないのか?
「グヘヘヘヘ」
川田へ追い打ちに向かっていた珍珠が突然笑いころげる。
「紫英、その体はなんだ。グハグハハ」
緑松も焦げた腹を抱えて笑う。紫英の体はうっすらと透けていた。
「なんてこったよ。……あの木札のせいだな」
紫英が自分の体を憎々しげに見る。
「こんなの、夜に牛を丸ごと食えば治る。先にお前を食ってやる」
鬼は深く考えもせず、俺へとまた襲いかかる。おぞましい叫びとともに、俺の頭を握った紫英がまたもや崩れ落ちる。溶けだした手で、さらに俺をつまもうとする。
木札に触れ、声にならぬ絶叫とともに消えていく。
「……小僧なんかに紫英がやられたぞ」
珍珠が俺をにらむ。その鬼の首へと、背後から黒い影が飛びかかる。
「やめやがれ、くそ犬」
珍珠が身をねじり、川田を振りはらおうとする。いかつい手が川田の首を捕らえる。毛むくじゃらの太い腕にもぎ取られようとしても、黒い狼は牙を離さない。俺は必死にふわふわ進んで、木札を鬼の腰巻へと押しつける。
鬼が絶叫した。両ひざを地につける。片目の狼はのしかかるように噛み続ける。鬼が俺の存在に気づく。俺へとおぞましい牙と爪を向けて、木札がさらに強く発動する。
「くそ……」鬼が観念する。
狼に首をへし折られるように、珍珠がうつぶせに倒れる。溶け始める。
「な、なんだよ。四神くずれのくせに、思玲より強いじゃないか」
残された緑松の怯えた声がする。俺の手にする護符を見ていた。
「こいつらは人だ」
思玲がよろよろと立ちあがる。「川田、生きているか?」
「当然だ」と狼も四肢をあげる。「鬼を経由して俺までしびれた。すごいお守りだな」
あれだけの攻撃を喰らっても、川田は平気な顔で俺へと笑う。
鬼が逃げ場を探り、三人に挟まれる。「くそ」と座りこむ。
セミはまだ鳴きださない。
次回「狼でさえ遠ざかる」
べつの奴もおぞましいほどに下卑た声だ。
マジかよ。いずれも2メートル以上ゆうにある背丈だ。
「
吠えるような笑い声……。
こ、これぞ異形だ。腰に巻いた布以外は赤黒い肌をむき出しにして、牙と、頭のツノ。
つまり鬼そのものだ。
思玲が亮相にかまえようするが、
「足手まといどもが、箱に押しこめられて来ただけか」
不敵な笑みを浮かべて手を降ろす。
「たしかに狭かったけどな。おかげでようやくお前を食える。食えるし犯せるぞ。犯してから食ってやる」
「
「グハ、どっちもいいな。俺は犯しながら食いたい」
鬼達は思玲だけを見ている。……よだれを垂らしていやがる。
「ほ、本物の化け物じゃないか」
川田が怯えた声をだす。俺なんか声すらだせない。
「うろたえるな。たかが
思玲は怯えていない。
クリーム色の腰巻の鬼が浮かぶ俺を見つめた。
「チビ。流範さんはどこだ? 使いの鴉どももまだ来てないのか?」
下っ端みたいに扱いやがる。
「貴様らに教える必要はない」思玲が横から答える。
鬼達が顔を見合わせる。笑いだす。
「グヘ。ならば犯しながら聞きだしてやる」
「緑松、俺は食うか犯すかに集中したい。だから、とりあえずお呼びしようぜ」
一体の鬼が大ケヤキの上へと目を向ける。
「そこにいますよな、青龍さん」
こいつのこの一言が、恐怖心をかき消してくれた。
「こいつらも人間だったんですか?」
どうであろうが桜井は守るけど、それだけは聞く。
「人であるはずないだろ。この世に這いでたときから、下種の悪鬼だ」
そう言うと、思玲が鬼に背を向けて逃げだす。よろけてひざまずく。……この女、ほくそ笑んでいやがる。だまし討ちか? こんなのにひっかかるのか?
彼女の背を見て、鬼がグヘヘと近寄る。思玲が振り向くなり両手を交差させる。至近距離から、緑松とかいう鬼へと螺旋の光をぶつける。鬼が吹っ飛ぶ。
俺は木札を握り、紫英だかいう鬼へと向かう(腰巻の色柄で区別がつくようだ。こいつは紫)。
「チビのくせに目つきが気にいらないぞ」
鬼が屈んで手を伸ばす。激しく発動した木札を、その腕へと押しつける。
グワアと悲鳴をあげながら、紫英が崩れ落ちる。俺はみなまで見ない。
「お前ら、なにをしているんだよ」
クリーム色の腰巻の珍珠だかは呆気にとられている。その腕に、川田が飛びかかる。
ゴリッ
手首をかみ砕く音がした。悲鳴をあげた鬼から口を離し、片目の狼が跳躍する。珍珠の首へと牙を向ける……。ちょっとどんくさい。
「いてえな、犬ころ」
珍珠がハンマーのような頭突きで叩き落とす。鬼は折れた手で転がる狼をつかみあげる。逆の手でアッパーカットを喰らわせる。
川田は樹木の枝を折りながら、大学を囲む塀に激突する。
「術が弱いぞ。今のは何発目だ?」
緑松はすでに起きあがっていた。思玲が返事の代わりに螺旋の光を放つ。直撃した緑色の腰巻から煙があがる。
「グハハ、痛いが気持ちいいぞ。これで何発目だ?」
下腹部をこすりながら鬼が笑う。思玲がさらに亮相にかまえ、扇と小刀を交差させる。弱弱しい螺旋の光を、緑松が首を横にそらして避ける。肩で息をする思玲が片膝を地につける……。これは演技じゃないかも。
「おりゃあ、こんなの気合だ!」
雄たけびが聞こえた。
紫英がウルトラマンのように立ちあがっていた。護符が効かないのか?
「グヘヘヘヘ」
川田へ追い打ちに向かっていた珍珠が突然笑いころげる。
「紫英、その体はなんだ。グハグハハ」
緑松も焦げた腹を抱えて笑う。紫英の体はうっすらと透けていた。
「なんてこったよ。……あの木札のせいだな」
紫英が自分の体を憎々しげに見る。
「こんなの、夜に牛を丸ごと食えば治る。先にお前を食ってやる」
鬼は深く考えもせず、俺へとまた襲いかかる。おぞましい叫びとともに、俺の頭を握った紫英がまたもや崩れ落ちる。溶けだした手で、さらに俺をつまもうとする。
木札に触れ、声にならぬ絶叫とともに消えていく。
「……小僧なんかに紫英がやられたぞ」
珍珠が俺をにらむ。その鬼の首へと、背後から黒い影が飛びかかる。
「やめやがれ、くそ犬」
珍珠が身をねじり、川田を振りはらおうとする。いかつい手が川田の首を捕らえる。毛むくじゃらの太い腕にもぎ取られようとしても、黒い狼は牙を離さない。俺は必死にふわふわ進んで、木札を鬼の腰巻へと押しつける。
鬼が絶叫した。両ひざを地につける。片目の狼はのしかかるように噛み続ける。鬼が俺の存在に気づく。俺へとおぞましい牙と爪を向けて、木札がさらに強く発動する。
「くそ……」鬼が観念する。
狼に首をへし折られるように、珍珠がうつぶせに倒れる。溶け始める。
「な、なんだよ。四神くずれのくせに、思玲より強いじゃないか」
残された緑松の怯えた声がする。俺の手にする護符を見ていた。
「こいつらは人だ」
思玲がよろよろと立ちあがる。「川田、生きているか?」
「当然だ」と狼も四肢をあげる。「鬼を経由して俺までしびれた。すごいお守りだな」
あれだけの攻撃を喰らっても、川田は平気な顔で俺へと笑う。
鬼が逃げ場を探り、三人に挟まれる。「くそ」と座りこむ。
セミはまだ鳴きださない。
次回「狼でさえ遠ざかる」