八の一 境内の異形と野良猫

文字数 2,433文字


 思玲の説明だけでは知る由もない。羽根を持つ黒い悪魔そのもの。しかも人の言葉(台湾語?)を喋る。
 体がすくむ。なんでこんなものと関わらねばならない。野良猫も後ずさりする。俺は野良猫の裏へとさらに下がる。

「こっちに来い。逆らうなら八つ裂きだ。お前らなら三つ裂きまでだな」
 塀を背にした灯篭の上から、落雷のような声で指図する。
「穴熊に背後から攻撃されたくないから、俺はここを動かない。いるのなら聞こえただろ? お前のひとつ覚えなどお見通しだ」

 穴熊って思玲のことか? 結界にこもるからか? どうでもいい。

『さっきの大カラス?』

 俺の意識の中で、全裸の横根がしがみつこうとして離れる。
 俺はこいつと初対面だ。横根へ「静かに」とだけ伝える。はみ出た白い尻尾に気づき、見えない浴衣へ押しこむ。

「お前は来なくていいんだよ」
 流範がうんざりした声をだす。霊だけが灯篭へと歩いていた。
「死霊は立ちされ。爪とくちばしで消してやってもいいけどな」

 女子高生の幽霊が立ちどまり、すっと消える。……怨霊が素直に従う存在か。

「おい猫」と俺は小声をかける。

 野良猫がじろりと振り返る。
「妖怪変化め、名前で呼べ」

 また顔を前に戻す……。野良猫の名前なんて知るはずがない。

「俺の名は松本哲人。お前の名は?」
「気にいってはないけど、フサフサと呼ばれているね」

 野良猫が振り向くことなく言う。……この猫は若くはないな。パニックを起こして逃げださないし、百戦錬磨感が漂う。

「フサフサ。俺はどう見える? 自分の姿が見えないんだ」

 野良猫があらためて振り返る。俺を上から下までしげしげと見つめる。
「男のガキの妖怪が、腹にでっかいものを隠しているとしか見えないね」

 やはり服の中になにかあるのがバレバレみたいだ。そんな格好で流範のもとに向かったら、おもいきり怪しまれる。
 ごまかすために体育座りする。横根が押されて俺にくっつく。爪で掻かれる。わざとじゃないしそれどころではないだろ。

「はやく来い。今日は海まで飛ばされるなど散々だった。俺は気がたっているからな」
 流範が声を響かせる。
「沖縄経由の長旅だった。手下どもが寝ているあいだに蹴りをつけてやる」

 ふんと鼻を鳴らして、フサフサが一歩前にでる。
「私も無関係だから行かせてもらうよ。呼ばれただけだからね」
 平然と歩き去る。

「待て」と流範が翼をひろげる。フサフサの前に舞いおりる。地面を跳ね、間近にある石碑を背にする。
「貴様だって化け猫みたいなものだ。思玲の使いかもしれない。四玉のありかを教えろ。そしたら帰っていいぜ」

「そりゃなんだい?」
「木箱か錆びた箱だ。そこに照りつける玉があったはずだ」

 流範がぎょろりと俺達を見わたす。すぐそばで見ると、なおさら圧倒される。背丈は小柄な女性ぐらいだが、肉体は大型犬三頭分ほどボリュームがある。くちばしは、粗削りされた漆塗りの丸太。しかも飛ぶ。
 こんなのから逃げられるとは思えない。しかし、ここにいない思玲を警戒している。そこが突破口かも。

「カラスはでかくなろうが光りものを集めたがるのだね」
 フサフサは動じない。「私は知らないよ。そこの松本哲人って妖怪に聞いておくれ」

 俺に振るな。……流範が俺に目を向けたじゃないか。驚いた目に親しみが湧きだす。

「キジムナーじゃないかよ。北だと服装も変わるんだな。俺は台湾のとある人に仕える大鴉だけど、一の子分も沖縄出身だ。カンナイって奴だ。知っているか?」

 またキジムナーに間違えられた。話をあわしたほうがよさそうだ。俺はしゃがんだまま首を横に振る。

「そりゃそうだろうな。……お前は思玲か劉昇の式神か?」
「違う」そんなはずねーだろ。
「聞いてみただけだ。お前達が、あんな荒っぽい人間に力を貸すはずないよな」
 大カラスが笑う。「で、四玉の入った箱はどこだ? ここにあるのは分かっている」

 流範がフレンドリーだったのは一瞬だった。思いだしたように、ぐるりと警戒する。

「知らない」
 体育座りのままうつむいて答える。みんなと別れてからそこそこ時間はたった。思玲は俺達を気づかいだしただろうか。……彼女は、俺達の行動に責任を持たないと言いきった。

「キジムナーは悪戯をしても嘘はつかない」
 流範が思案顔をする。
「だったら、そっちの婆さんが嘘をついている」

 流範が羽根を小さくひろげる。ひと跳びでフサフサのもとまで行く。
「俺のくちばしは、でかくても器用だからな。目玉をえぐろうか? ひげを抜こうか?」

 誰もいない地面に口上を述べる。フサフサは流範が跳ねる直前に逃げだした。

「なにが婆さんだい。ここでお化けカラスにでかい口を叩いてもらいたくないね」
 生け垣の中から野良猫の声がする。
「このマチにはミツアシがいるよ。ノリトウの使い手だ。朝になる前に逃げかえりな」

 別の場所に移動しながら罵っている。ミツアシだのなんだの言っているが、野良猫の知り合いが大カラスに勝るとは思えない。

「なにがいようと、俺には関係ないんだよ」
 流範は羽根を半開きにしながらフサフサの位置を探る。
「俺の仲間が二羽もやられた。思玲って奴はそいつの舎弟だ。四玉を取りかえすだけでは許せない」

 俺達は抗争の巻き添えかよ。
 生け垣からフサフサがそっと飛びだした。流範の背後をすり抜けようとする。尾羽根にはじかれ玉砂利の上を四回転する。
 流範は翼をひろげずに跳ねて、鋭く大きな爪をフサフサの上に乗せる。

「この年まで残せたんだ。目とひげだけは勘弁しておくれ」
「知っていることをすぐに言え」 
「あの玉は思玲が持って逃げたよ。ここにはない」

 この野良猫は平気で嘘をつく。だけど、それはおそらくばれる。

「あの人間は木箱を持てない。触れると奴のすべてが消える」
 流範がくちばしを振りかざす。

「ま、待っておくれ。キムジナーだかの腹を見てごらん。あいつがなにかを隠している」

 野良猫め、今度は俺を売りやがった。つまり横根も。




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