二十の一 魅入られた男

文字数 2,207文字

「鴉達は?」麗豪があいつに尋ねる。

「残党を探すよう頼みました。ここには現れません」
 あいつは俺をにらんだまま答える。

 竹林だろうと偽装された農耕車を見つけるのは至難だろう。
 フサフサである女性が俺をまた強く抱く。
 川は干上がった。山のなかの閉ざされた空間。空のどよめきさえも遠い。

「幾重に隠そうと、四玉はお前が持っている。思玲はお前に託すよね」
 あいつは俺を見つめながら魔道士のもとへと歩む。その手を握る。

「箱は東京に置いてきた」
 嘘が通じる相手ではないけど、
「思玲はいなくなった! 彼女はどこにいる。返せ!」

 俺は逃げ場など探さない。大カラス達だけは、なにがあろうが消し去ってやる。
 幼児体系の座敷わらしな俺。ただただ機会を執念深く待て。

「ふふ。自分の腹が見えないのね」
 あいつは俺をさげすむように笑う。

 魔道士は俺達のやり取りを気に入らなそうだ。
「峻計。あなたはなにを着ても美しいが、あなたの黒髪と、どんな画家にも表現できぬ眼差しは、クラシカルな服装こそがふさわしい」

 張麗豪があいつの手を離す。……こいつは魔物になにを言っているのだ? 傀儡にされたのか? などと考えていられるか。待っていられるか!

「峻計!」

 フサフサの手をはらい、護符を両手に持ち向かう。
 あいつは指を鳴らし消える。麗豪も俺に不快の目を向けながら、蜃気楼のように消える。

「のろくなったね。箱に人の体はもうないのに」
「どうだろうか? あの術から魂だけを逃すことも理屈的には可能だ。だとすれば、幼い姿も納得できる。玲玲ほどの資質があれば」

 あいつらの声が結界に反響する。……思玲の復活を知っている。

「し、思玲は、術をたかめるために少女と化した! お前達では勝てない!」
 俺は闇へと(嘘を)叫ぶ。

「真の妖術に食い殺されるとしてもか? 玲玲ではあり得るだろうか」
 張麗豪が姿を現す。
「あの子は先を考えて動くのが苦手だからな。昇に付き従ったように」

 蜃気楼の術は姿を隠せる時間は短いな。
 麗豪が俺へと鞭を振るう。しならずに、速くまっすぐな光の棒。護符で受けとめたのに押されてしまう。

 低い暗雲をいくつもの稲光が裂こうとしている。龍は興奮している。それに動じることなく、

「この姿はいかがでしょうか? この国のこの季節にあわせてみました」
 髪をアップにした紫色の浴衣姿の峻計が現れる。白地の柄はまたも胡蝶だ。

「……エキセントリックだな」
 麗豪は気にいらなさそうだ。
「カジュアルなあなたをもう少し見ていよう。――群れたがる土壁は流された。うっとうしい犬が戻ってくるまでは、あなたと二人で過ごしたい。……何年ぶりになるだろう」

 峻計の浴衣が消え、裸身にもとの服がまとわれる。二人はともに歩みより、口づけを交わす……。
 人でないものと?
 俺の怒りは言い得ぬ恐怖に変わる。

「私は荒地だろうと地下牢だろうと、あなたを受けいれます」
 峻計が麗豪から体を離す。
「まずは終わらせましょう。四玉と白虎と蛮龍。すべてが揃おうとしています」
 あらためて俺を見る。
「箱を取りかえさなければ、こいつに黒羽扇を向けられません。どうやら私は、こいつをなぶり殺すさだめのようです」

「残念だ。私には龍の気配すら追えない」
 張麗豪が胸もとから古びた書物をだす。
「死者の書は妨げられている。手にする者の力量が足りぬためだ。私にさえ、この書は使いこなせないかもな」

「お戯れを」
 峻計の手に黒羽扇が現れる。俺へと向けやがる。
「あの僧侶が嘆きますよ。……嘆いて大陸に帰ればいいのですが」

 あいつが黒羽扇を見ながら言う。どの術をだそうか思案していやがる。

「法董(ファアドン)。南京近郊に住む修行僧……」
 麗豪が書をめくる。
「無用なことだけは記される。奴はここに来るのか?」

 魔道士はさらにいた。……じきに夏奈も現れる。荒ぶる蛮龍として。時間を稼ぐべきか? 

「さっきの光は絡みあっていた。思玲の螺旋を盗んだな」
 俺はあいつに言う。
「扇はもうひとつ…………」
 あいつらは俺の話など聞いていなかった。

「幸いにも法董は来ません。拳の穢れを女体で消すそうです」
 峻計が黒羽扇をさする。
「私どもが、あの男とともに動くことはありません」

 ヘドロのような黒い光がいくつも飛んでくる。俺は護符で叩き落とし、足で蹴りかえす。

「だんだんと強めていく」あいつが俺をにらむ。「箱が壊れぬよう――」

「いい加減にしな!」
 フサフサが峻計の声をさえぎる。
「やっぱりあんたはカラスだ。しょせん気配を追えないのだね」
 よっこらしょっと立ちあがる。林を指さし、
「あんたらはハトより寝ぼけているよ! 馬鹿でかい化け物よりもおっかないのが来ちまったよ」

 フサフサは怯えてもいた。
 誰もが闇を見る。……無数の蜂が飛んできた。結界に群がり、はじき返されている。オオスズメバチを三倍にしたほどの大きさだ。

「オニスズメバチ?」麗豪が怪訝な顔をする。「厄介だな。誰が怒らせた? 貉の仕業か?」

「僕じゃない」
 足もとで露泥無が小声で言う。
「松本、A+ランクの窮地だ。僕は大姐を呼ぶことはできる。でも今度こそリクトを差しださないとならない。どうする?」

 そんな選択肢はない。俺は首を横に振る。結界にたむろする蜂達を、おじけながら見つめるだけだ。こんなおぞましいものを使える者は。

「張様。ご覚悟を」峻計さえも尻込みした声。「老祖師が来られます」




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