十の三 暴露
文字数 1,872文字
「どういう意味?」横根が怯えた声をだす。
俺の背筋がすっと冷たくなる。桜井、それ以上は言わないでくれ。
「あと二日……あと一日半ぐらいしか時間がないこと。それを過ぎると野犬みたいになって、私達は人ではなくなるんだよね? 松本君が思っているみたく、まだ一日半もあるって、私は頑張る。必ずみんなで帰ってやる!」
桜井に悪意のかけらもあるはずない。一年生の春からこういう奴だ。
自転車が車道を通りすぎる。俺達になど気づきもしない。
「もうじき本当の猫になるの? それとも化け猫?」
横根がすがるように俺を見つめる。どんな言葉を返せばいいんだ?
「瑞希ちゃん、ちょっとごめん」
小鳥が俺へと戻ってくる。声をひそめ「彼女なんで知らないの? しかもなんか来るし」
遠くに人影が現れる。大きな犬を引き連れている。桜井の安堵を感じる。
「正門にまで気配が届いたぞ。感情まるだし喧嘩か?」
思玲のあきれた声がした。
「でかカラスを倒したって本当かよ。しかも俺らが気絶しているあいだに」
ドーンの虚勢も聞こえる。
「松本、瑞希ちゃん、大丈夫か?」
川田の真摯なうなり声も。
「口を閉じろ」
ふたつ離れた街灯の下で思玲達が立ちどまる。
「この気はなんだ。哲人、なにがいる?」
「夏奈ちゃんがいます」横根が素気なく答える。
「なんだと!」
川田が、思玲を引きずりそうな勢いでリードを引っぱる。
「急に動くなよ。落ちかけたぞ」
ドーンがぼやく。「夏奈ちゃんはやっぱドラゴンかよ? それかトカゲかよ?」
街灯に照らされた女魔道士と狼の背に乗ったカラス。それを見る桜井は愉快そうだ。
「川田君、マジで狼なんだ! ははは、和戸君ヤバっ。私よりずっとヤバくね、ははは」
「再開を喜ぶ時間なんてないよ」
横根がみんなをさえぎる。「私は今から大宮まで帰る。一日半あれば猫でも着けるかも。……たどり着けなくてもいいや」
白猫はそのまま歩きだす。川田達をすり抜けようとして、思玲に首根っこを持ちあげられる。
「同じ境遇の者同士の諍 いは見たくないと言ったよな。……しかし、この気配はあいつ以上でないか」
白猫は爪をだして暴れるが、思玲は気にもとめない。
「思玲さん、さっきはどうも」
桜井が浮かびあがる。小鳥と化した姿を露わにする。
「松本君が思っていたように強いタイプですね。あっ、ぜんぜん悪い意味ではないっすよ。ないですけど、その持ちかたはないと思います」
桜井は怒っている。気配で分かる。
「な、なんだ、こいつは」
思玲が茫然と口を開ける。それぞれの手から白猫とリードが落ちる。
「これが青龍へと選ばれし資質か。こんなもの、私の手に負えぬ。どうやって匿えと言うのだ」
川田が横根に駆けよる。その背からドーンが跳ねおりる。
「私なんか気にする時間はないよ」
横根は狼を見上げもしない。
「哲人。瑞希に話したのではあるまいな?」
「私が言っちゃいました。みんな知っていると思ったから」
桜井が思玲に答える。
「松本君は、隠していることさえ隠していたんだね」
彼女は俺にも怒っている。その気配だけで分かる。それに、たしかに隠していた。言葉の端からすらこぼれないように。
「あなたは今知っただけだよ。ぜんぜん悪くないよ」
白猫がまた歩きだす。
「私は忙しいから細かいことはあの人達に聞いて。……心があるうちに、お姉ちゃん達に会いたいから」
そして走りだす。
「瑞希ちゃん待てよ。……なにを知ったんだ? あんな瑞希ちゃん、ひさしぶりだぞ」
狼が、俺と思玲と横根に目を行き来させる。
「それより追うぞ。あとで説明しろよな」
ドーンが川田の背にくちばしも使って這いあがろうとする。
「お前なんか邪魔なだけだ。でも一緒に来てくれ」
川田が腰をおろす。立ちあがり、俺に目を向ける。背を向けて走りだす。
オートバイがカラスを乗せた狼とすれ違いハンドルが揺れる。どちらもなにもなかったように駆けていく。
「戻ったら教えてやるさ。なにもかもな」
思玲がつぶやく。「だが私も行くぞ。お前達だけにはしない」
彼女もあとを追う。俺と桜井だけが取り残される。遠くの車の音さえかすかな闇とともに残される。
小鳥がまた肩に乗る。
「私達も行くべきだって」
人の姿をした桜井が俺の肩に手を乗せて、俺の目を覗きこむ。
幻を相手に俺はうなずく。みんなに伝える時間なんてなかったと、言い訳だけを考えながら。
今は何時だろう。妖怪になっても時間が気にかかる。でも感覚で、どれくらい時が経ったかぐらいは分かる。
夜はまだまだ明けそうにない。
次章「2-tune」
次回「ミツアシたるミカヅキ」
俺の背筋がすっと冷たくなる。桜井、それ以上は言わないでくれ。
「あと二日……あと一日半ぐらいしか時間がないこと。それを過ぎると野犬みたいになって、私達は人ではなくなるんだよね? 松本君が思っているみたく、まだ一日半もあるって、私は頑張る。必ずみんなで帰ってやる!」
桜井に悪意のかけらもあるはずない。一年生の春からこういう奴だ。
自転車が車道を通りすぎる。俺達になど気づきもしない。
「もうじき本当の猫になるの? それとも化け猫?」
横根がすがるように俺を見つめる。どんな言葉を返せばいいんだ?
「瑞希ちゃん、ちょっとごめん」
小鳥が俺へと戻ってくる。声をひそめ「彼女なんで知らないの? しかもなんか来るし」
遠くに人影が現れる。大きな犬を引き連れている。桜井の安堵を感じる。
「正門にまで気配が届いたぞ。感情まるだし喧嘩か?」
思玲のあきれた声がした。
「でかカラスを倒したって本当かよ。しかも俺らが気絶しているあいだに」
ドーンの虚勢も聞こえる。
「松本、瑞希ちゃん、大丈夫か?」
川田の真摯なうなり声も。
「口を閉じろ」
ふたつ離れた街灯の下で思玲達が立ちどまる。
「この気はなんだ。哲人、なにがいる?」
「夏奈ちゃんがいます」横根が素気なく答える。
「なんだと!」
川田が、思玲を引きずりそうな勢いでリードを引っぱる。
「急に動くなよ。落ちかけたぞ」
ドーンがぼやく。「夏奈ちゃんはやっぱドラゴンかよ? それかトカゲかよ?」
街灯に照らされた女魔道士と狼の背に乗ったカラス。それを見る桜井は愉快そうだ。
「川田君、マジで狼なんだ! ははは、和戸君ヤバっ。私よりずっとヤバくね、ははは」
「再開を喜ぶ時間なんてないよ」
横根がみんなをさえぎる。「私は今から大宮まで帰る。一日半あれば猫でも着けるかも。……たどり着けなくてもいいや」
白猫はそのまま歩きだす。川田達をすり抜けようとして、思玲に首根っこを持ちあげられる。
「同じ境遇の者同士の
白猫は爪をだして暴れるが、思玲は気にもとめない。
「思玲さん、さっきはどうも」
桜井が浮かびあがる。小鳥と化した姿を露わにする。
「松本君が思っていたように強いタイプですね。あっ、ぜんぜん悪い意味ではないっすよ。ないですけど、その持ちかたはないと思います」
桜井は怒っている。気配で分かる。
「な、なんだ、こいつは」
思玲が茫然と口を開ける。それぞれの手から白猫とリードが落ちる。
「これが青龍へと選ばれし資質か。こんなもの、私の手に負えぬ。どうやって匿えと言うのだ」
川田が横根に駆けよる。その背からドーンが跳ねおりる。
「私なんか気にする時間はないよ」
横根は狼を見上げもしない。
「哲人。瑞希に話したのではあるまいな?」
「私が言っちゃいました。みんな知っていると思ったから」
桜井が思玲に答える。
「松本君は、隠していることさえ隠していたんだね」
彼女は俺にも怒っている。その気配だけで分かる。それに、たしかに隠していた。言葉の端からすらこぼれないように。
「あなたは今知っただけだよ。ぜんぜん悪くないよ」
白猫がまた歩きだす。
「私は忙しいから細かいことはあの人達に聞いて。……心があるうちに、お姉ちゃん達に会いたいから」
そして走りだす。
「瑞希ちゃん待てよ。……なにを知ったんだ? あんな瑞希ちゃん、ひさしぶりだぞ」
狼が、俺と思玲と横根に目を行き来させる。
「それより追うぞ。あとで説明しろよな」
ドーンが川田の背にくちばしも使って這いあがろうとする。
「お前なんか邪魔なだけだ。でも一緒に来てくれ」
川田が腰をおろす。立ちあがり、俺に目を向ける。背を向けて走りだす。
オートバイがカラスを乗せた狼とすれ違いハンドルが揺れる。どちらもなにもなかったように駆けていく。
「戻ったら教えてやるさ。なにもかもな」
思玲がつぶやく。「だが私も行くぞ。お前達だけにはしない」
彼女もあとを追う。俺と桜井だけが取り残される。遠くの車の音さえかすかな闇とともに残される。
小鳥がまた肩に乗る。
「私達も行くべきだって」
人の姿をした桜井が俺の肩に手を乗せて、俺の目を覗きこむ。
幻を相手に俺はうなずく。みんなに伝える時間なんてなかったと、言い訳だけを考えながら。
今は何時だろう。妖怪になっても時間が気にかかる。でも感覚で、どれくらい時が経ったかぐらいは分かる。
夜はまだまだ明けそうにない。
次章「2-tune」
次回「ミツアシたるミカヅキ」