三十四の一 躾けあう二人

文字数 2,450文字

4.1-tune


「和戸ぐらいうるさい鴉だったな。おかげで目が覚めた」
 思玲が戸を開ける。
「三分もオーバーしたのだから、接吻しただろうな」

 女の子は俺のスマホで時間を確認していた。裸足でとびだして奪いとる。弟に電話する。

「金札は?」

 受信されると同時に聞く。……うけ狙いで持っていったらしい。しっかり勉強しろと告げて電話を切る。母親からは五分前に阿波踊りの画像が送られていた。
 もう家族を心配しない。お天狗さんを信じる。

 ***

 四玉の箱を包みなおし、あらためて靴をはく。護符を手にする。
 胸の痛みは消えた。血痰も……まだでる。空では暗い雲と荒れた風が共演しだした。

「二人に教えておく」
 ドロシーがリュックを背負いながら言う。
「お爺ちゃんの一番新しい式神が日本へ向かっている。大鷲の風軍(ファンジン)。まだ幼いし大燕ほど速くもスタミナもないけど、主を乗せて飛べる。私も乗せるように手なずけられている。夜半には到着すると思う」

「それに乗って逃げかえるのか?」思玲が嫌味に笑う。「ほかに誰が来る? 猛禽どもは一羽で未知の場所へ飛べないだろう」

「誰も来ない。お爺ちゃんといえども、お茶会の議決を待たねば動けない。代わりに琥珀に印をつけた。風軍は猛禽だから、かすかな印を追える」
 ドロシーが嫌味に笑いかえす。
「あなた達の滞納金を立て替えたうえに、琥珀を解放した理由が分かった?」

 琥珀を追えば思玲にたどり着くよな。そしてドロシーに。

「風軍の到着を待って、まずは雅を倒す。ちなみに、あなた達もあの子に乗れる」
 ドロシーが顔をそらす。

 俺も思玲も半分は忌みすべき世界の住人だからな。……ドロシーの心と同じように。

「私は乗らぬからな」
 思玲がドロシーの背をにらむ。
「哲人、天珠をよこせ。面汚しの式神に連絡する」
 手を突きだしてくる。

 *

「……分かった。私も合流する。無理せずに探せ」
 思玲は舌を打ち、天珠をポーチにしまう。
「馬鹿犬がはぐれやがった。異形の気配を追ったらしい。哲人行くぞ。ドロシーは瑞希と一緒に露泥無に隠してもらえ」

 目の奥に峻計の顔が浮かんだ。人であった川田とドーンの顔も――。
 なんで気なんか失っていた。

「ケビンを見つけないとならない。だから私が松本と行く。お嬢ちゃんこそ隠れていて」

 ドロシーが俺の手を握る。……俺だけがターゲットであるはずなかった。あの二人を、奴らが許せぬ裏切り者と行動させていた。

「二度と子ども扱いするな。……それとな」
 思玲がポーチに手を入れながら、俺達に詰め寄る。
「おのれの術に囚われたか? 哲人の手に触れるな。こいつには心に決めた者がいる。まどわすな!」
 閉じた扇で俺達の手を叩く。

 こんなことをしている場合じゃない。なのに、ドロシーの左手に指揮棒が現れる。

「たのしい娘だな」少女は引かない。「どうせ手に隠すならば、せめて鉄砲にしろ」

 ドロシーが俺の手をはらう。その右手にMP5が現れる。思玲がぎょっとする。

「王姐、あなたにはやさしさがない。昨夜、あの社で私への恥ずべき行いはゆるす。でも、結界の中で私達を散々馬鹿にしたよね。シノは傷ついていたのに」
 ドロシーが指揮棒を思玲の鼻に向ける。
「彼女がとめなければ、私はあなたを棒で躾けていた」

 思玲の手もとで七葉扇が円状にひろがった……。
 ふざけるなよ、と怒鳴りたい。

「俺だけで探しにいく」
 二人に背を向けるだけにする。
「露泥無の闇はサキトガにばれている。見つけるまでは横根を守っていて――」
 この二人にそんな筋合いはない。俺こそ自分の都合だ。
「やっぱり横根と行く」

 裏の林に向かう。思玲達はついてくる。秩父方面から雷が聞こえる。

「癒しの術のせいなんかじゃない。だったから、癒しができたんだ」
 ドロシーが横に並ぶ。唇を噛んでいる。

 彼女を弱く感じる。峻計達が現れない。俺のもとにこそ現れるはずなのに。

「露泥無!」

 俺は上海の式神を呼ぶ。林の底のどこにいるかなんて分からない。

「この娘と香港で手合わせしたことがある」
 思玲は大人の早足を走って追う。
「台湾に帰る日にせがまれてな。演武ですら加減できぬと知らなかったから、白露扇を貸してやった。私は素手であしらう予定だった」
 俺達を追い越す。

「古い話を持ちださないで」
 ドロシーが少女に言う。
「扇を持たしてくれたのは、あなたが初めてだった。でも、あんな難しい扇をなに食わぬ顔で渡すなんて……。私は教舎を崩壊させて、九人も怪我させた。三か月、部屋で泣いて過ごした。――あなたは昔からひとでなしだった。へへ、子どもになろうがね」

 思玲が立ちどまり振りかえる。
「悪気はなかった。ゆえに私も貴様もゆるされた。だが謝る」
 息をととのえながら言う。
「謝るから、私をガキ扱いしないでくれ。私の心は、あの時の王思玲よりも時を経ている。悲しみも苦しみも」

 思玲は頭をさげない。風は林の奥に届かない。遠くで音をたてているだけだ。

「どうせ哲人も、私などヒマワリ畑にまぎれこんだネコジャラシと思っているだろ」
 少女が額の汗を手でぬぐう。
「味噌っかすだとな。――しかし違和な気配がする。このあたりだろ」

 琥珀は、思玲が少女から人生をやり直せばと言った。彼女の人生を知らない俺は、なにも言えないけど。
 悪いが、今は彼女も守られる立場だ。だから思玲も連れていく。あの思玲に戻るまでは。

「灯」
 いきなり機銃が掃射される。
「上海起きろ。誅」

 明るくなった林の底へと、黒紅色が乱れ飛ぶ。

「な、な、なんだ」
 露泥無の声がした。苔むした岩から、華奢な女の子が浮かびあがる。
「一気に目が覚めた……。完全なる闇でなければ、ひどい目にあうところだった」

 その足元で、横根がきょとんと岩に腰かけている。

「ハラペコ、その姿こそ危険だ。今のは人除けの術を固めたものだ。……そんなことができるのか? こんなことに、どれだけ鍛錬した?」
 思玲がドロシーを見上げる。
「人だけをターゲットにする。えぐすぎるな」
 にやりと笑う。




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