三十九の四 再会して修羅場

文字数 2,209文字

『フロレ・エスタスの登場まで、あと四十二秒』
 サキトガの誘う声。
『怖いのが現れるまで、あと三百秒ぐらい』

 怖いのとは沈大姐? あの人が来れば俺達は救われる。だが、わざわざそれを俺へと伝えるはずない。

『悩みな』

 悩まない。フロレなんたらなんかでなく、夏奈が来るまで三十三秒。

「ドロシー、光だ」
 七葉扇から放たれるドロシーの灯し火は、巨大すぎて魔除けになる。ドロシーが俺の目を見つめる。

「だったら、あなたからもキスをして」
 目をつむる。なんて奴だ。

 四方を雷が照らして、ドロシーはすぐに目を開ける。……夏奈は彼女へとお怒りだ。あと二十六秒。

『無茶苦茶女のせいで早まった』
 サキトガが緊張した。
『フロレ・エスタス。俺もいるからな! 覚えいているだろ、俺は仲間だからな!』

 上空の暗雲から龍が顔を覗かせる。


 雷雲を避け、風軍が低く飛ぶ。生まれ育った盆地が眼下にひろがる。

「お、お、おおきすぎる……」

 ドロシーが俺にしがみつき固まる。龍は俺達を目で追っている。

「夏奈……。迎えにきたよ」がんばって声かける。

 龍が俺達へと口を開ける。咆哮が響きわたる。大ワシごと吹き飛ばされる。握っていた羽毛がむしれて空に浮かぶ。
 ドロシーと体が離れる。

「照らせ!」
 落下しながら、ドロシーが光弾を放つ。

『ギヒッ』
 彼女を襲おうとしたサキトガに直撃する。

「ドロシーちゃん!」

 風軍が巨体に似合わぬ切り返しを見せて、彼女を足でキャッチする。上空へと消える。……俺は?
 盆地の夜景が近づいてくる。死ぬぞ……。
 シャツがなにかに引っかかり、破れ、またなにかに引っかかる。俺ははるかな上空に宙ぶらりんになる。
 爪先にかかった俺を、龍が顔のまえへと持ちあげる。感情なき目で俺を見る。

――たくみ君のところへ一緒に行くよね?

 夏奈の声が心に伝わる。不機嫌なときの夏奈だ……。大ワシが飛んでくる。はるかな上空、片手だけでその足をつかみながら、ドロシーが龍へと扇を振るう。

「滅べ」

 龍の鱗はたやすく弾く。龍が空を見上げる……。雷を呼ばれる!

「夏奈、やめろ……」声をしぼりだす。

 でも空がうずきだした。……巨大な蜂すら一撃で裂かれた。風軍が逃げられるはずがない。

『だから俺も空にいるんだよ! 匠様の配下ナンバー2だったサキトガだ!』
 妖魔が姿を現した。
『お前はナンバー3。で、そいつはロタマモの仇だ。はやく食べて完全なる龍になれ。あれが来るまで二百二十一秒だ。来てからでは遅い。残り時間は百五十秒』

 沈栄桂ならば、完全でない龍を倒せるのだろうか? 龍が俺を頭に乗せる。

『……何百年たとうが、あいかわらず利かん気の強い奴だな』
 サキトガが憎々しげに言う。

「哲人さーん!」ドロシーの声が聞こえた。「やっぱり、さん付けで呼びたい」

 彼女は修羅場であっても俺しか見ない。大ワシがまた飛んでくる。扇をくわえてワシの爪に乗るドロシーが、俺へと手を伸ばす――。
 その手に触れれば、夏奈と二度と会えなくなる。

「逃げろ!」

 俺は手を引っこめる。風軍が龍とすれ違うように飛ぶ。なのに、ドロシーが俺の横へと飛び降りやがった……。龍が咆哮もあげてのたうつ。

「風軍、逃げて」ドロシーが空に叫ぶ。「哲人さんは呼べるよね?」

 ポケットを上からさする。アンディの鷹笛はまだあった。巨大なワシが去っていく……。
 二人そろって捕らえられた。どうにもならない。

『ギギギ、こりゃいいや』
 サキトガである魔物も龍の背に着地する。
『フロレ・エスタス。この娘は美人だし由緒もある。こいつも匠様に捧げよう。あの方へ身も心も貢ぐ伴侶にふさわしい』

 龍が体をくねらせる。俺達はツノにしがみつく。

――たくみ君にはこの男だけ連れていく。たくみ君に捧げるのはこの男だけ

 さすが夏奈。こっちも滅茶苦茶すぎる。

「ふざけるな。哲人さんを男になど捧げない」
 ドロシーの片手に銃が現れる。
「女にでもゆるさない。私も生け贄なんていやだ。横根さんもダメだ! 滅! 滅べ!」

 鱗へと七葉扇とMP5を打ちまくる。跳ねかえされて、煤竹色が俺に直撃する。後ろに吹っ飛ぶ。
 雨が小降りになる。龍が動きをとめる。

――私を呼んだ女は?

 俺へと聞いたよな……。またもやあばら骨が痛いけど、それは横根のことだ!

「そいつが持っている! そいつが半分にちぎって隠した!」
 サキトガへと指さす。
「そいつを倒せば横根瑞希は戻ってくる! 夏奈は瑞希ちゃんと会える!」

 またかよ。口から血が垂れてくる。
 サキトガがギギギと笑う。

『俺達は同胞だぜ。貴様の声など――』
「灯! 灯せ!」

 複数の光弾が直撃して、サキトガが吹っ飛ぶ。

『もう我慢できねえ。梓群――』
「灯せ! 灯!」

 サキトガが龍の背中から転がり落ちる。すぐに浮かび上がってくる。
 ……ドロシーの息が荒い。思玲も強力な術をだすほどに疲弊していったな。サキトガは光を喰らったところで傷を負った気配はないのに。
 俺は跳ねかえった術を浴びた腹部と胸部が痛い。癒しが強烈すぎて痛覚も復活している。

『愛しあう二人を守る素敵な光だと?』
 巨大な妖魔が上空に浮かぶ。
『両天秤野郎の心も知らず、ティーンエイジャーが自分に酔ってるんじゃ――、ギゲッ』

 サキトガが龍の尾にはねられた。

――あの娘を返せ。もっと痛い目にあわせるよ

 夏奈が言うあの娘とは、横根に決まっている。雨がまた強まる。雷が黒雲で待ちかまえている。




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