お節介な八咫烏

文字数 1,624文字

2.5-tune


「クワアアア……」と、ミカヅキは居眠りから目覚める。

 このハシブトカラスはマチ育ちだけど、山での生活に不自由しなかった。もともと粗食だったし、どちらかというと(ボソみたいに)菜食主義だったので、食事に困ることはなかった。田舎町のゴミは当然荒らしたけど。

「しかしつまらないぞ」
 あいかわらず独り言葉が多い。「ブトもボソも、よそものを怖がって近寄ってくれない」

 羽づくろいしながら、半月ほど前を思いだす。

 ***

 誘われるようにマチをでて、西へ向かい、山のハカバで休んだ。そこで、見覚えあるハシボソガラスと人間を見かけた。ドーンと……哲人だ。目の青い人間。
 よその縄張りで、よそのカラス同士で仲良くするのはうまくないよな。いらない喧嘩が始まるかも。だったら哲人だけ呼びかけよう――
 身震いしてしまう。若い女がいた。
 怯えるなんて感覚はひさしぶりだ。導きのカラスなんて呼ばれる俺だけど、実際はただのカラスの親玉だ。ミツアシなんて呼ばれて喜ぶだけのつまらない鳥だ。
 そんな装いを、あの女は見抜く。本当の俺は見抜かれる。だから近寄れない。

 哲人が女にやられたようだ。しかも二人きりにされた。すごい導きだな。俺も負けじとやってやる。
 ミカヅキは必死に鳴く。必死に騒ぐ。……届いたかな。そばに寄れないから無理だろうな。だって女は、ずっと強いもの。俺が従って飛びまわざるを得なかった、青いインコぐらいに。
 でも、せめてかけてやるか。あの女へと。抱えた導きが、ちっとは軽くなるように。
 ミカヅキは空からおまじないを唱える。女は哲人ばかり目で追って気づかない。

 *

 ちっこくて幼いワシがいた。

「僕が見えるの? こわくないの?」
「カーッ、お前も異形かよ。……困っているようだな。向こうに行けば、哲人って奴がいる。ドーンもいる。おなじ化け物仲間だから助けてくれるかもな、カカカ」
「そうしてみる。カラスのおじいちゃん、ありがとう」

 ……そう呼ばれるようになったか。ずっと若いつもりでいたのに。

「カッ、代わりに頼みがある」

 哲人達へのおまじないをお願いする。唱えれば、いつかこいつにも良いことが起きるだろ。さすがに猛禽賊には直接かけてやれないから、あとはそれこそ導きだ。
 日が沈んだし寝るか。


 すぐに起こされる。青いインコが夜空にいた。
 怒っているから近寄れない。なんだかすごくでかく感じる……。こいつにもかけてやるか。
 ミカヅキは木の枝から、龍にもおまじないを唱える。気づきやしないけど、怖いからいいや。

 *

火ぶせの神さまにおしえてあげて。総代をつぐものが、あの女の子とまた来た。それと、明王さんのこわい法具はかくしてあげた。こんどはそっちに行くかもって

 誰の声だ? どこにいけばいい?
 それでもミカヅキは飛びたつ。山に囲まれた人の住む地が見えた。近ごろは疲れやすい。見おろす林で昼寝しよう。
 夢で何かを伝える。ほめられる。

 ***

 哲人がやってきた。でも怖いのがいっぱいいる。

「哲人、こっちへ来い! ドーンはいるか?」

 ミカヅキは山から必死に呼びかける。鳴き声まじりで。
 ……のろまだな。聞こえないのか? 俺はせっかちだから待てない。怖い気配は移動したから、ミカヅキは山から下りる。

「クワッ、なんだこりゃ」

 破壊された家を見て驚く。これは人の仕業じゃないな。いつだかのマチのハカバと同じだ。……人間の若い男女がいるぞ。子犬もいるぞ。途方に暮れているな。
 なんだか近ごろ大判振る舞いだ。

「カモタケツミノミコト!」

 哲人の親の縄張りなんて知ることなく、ミカヅキは空からおまじないをかける。誰も気づいてくれない。
 ミカヅキは「カカッ」と小馬鹿に鳴いて飛び去る。
 最近は羽ばたきが弱まってきた。昔ぐらいに大きな鳴き声も立てられなくなった。

 俺もそろそろ終わりかな。だったらひっそりすごそう。どこかのちいさな山で、小鳥のさえずりでも聞きながら。




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