三の一 セカンドコンタクト

文字数 2,954文字

1.5-tune


 どれくらい意識がなかったのか。俺は校内の歩道に転がっていた。爆発に巻きこまれたというのに、どこも痛くない。土をはらおうと目を下に向ける。地面が見えるだけだった。

 俺の体はどこだ?

 談笑する男女に踏まれかける。手を伸ばし声かけようとしてやめる。……俺は死んだなと、幽霊になったんだなと、案外簡単に受けいれられた。ふわっと浮かぶように立ちあがる。

 母親がどれだけ悲しむか。それが一番の心残りだ。あとは桜井のこと。彼女は大丈夫だったかな。傷ひとつ負わないでいたらと切に願う。それと川田とドーンと横根。青い光は核の臨界で起きるよな。あいつらも無事でいてくれたら……。
 川田達はあの場にいなかった。でも五人が一緒だったような。死んだ身には細かいことはどうでもいいや。それより、これからどうすべきだ?

 すべてのものが背たかく感じる。俺浮かべるかもと思ったら、本当に浮かんだ。霊も悪くないなと自嘲する。
 命を落とした場所がすぐそこに見えた。誘われるように向かう。

 *

 コーヒーショップも無傷だった。キャンパスの人々は、なにもなかったように行き来する。じつはすごく時が経ったのかも。でも台湾人のお姉さんがいた。途方に暮れたように椅子に座るが、俺の視線に感づき立ちあがる。

「貴様は……キジムナー? 悪しきものではなかったはずだが」

 お姉さんが俺をにらみ、バッグに手を突っこむ。さっきの扇かなと思ったら、でてきたのは抜き身の小刀だった。

「流範とともに先陣を任されるとは、さすがは琉球の精霊だな。……貴様が我が結界を破ったな。楊偉天の式神などになり下がりやがって」

 異国の言葉で意味不明のことをまくしたてる。
 なんで中国語がすんなりと分かるんだ。というより、心に声が入りこんでいる。それに俺は幽霊でなくキジムナーなのか? それは沖縄の妖怪だろ。
 などと混乱するうちに、お姉さんが刃さきを俺に振りおろす。金色の光が発せられ、驚く間もなく直撃する。
 車にぶつけられた衝撃だ。受けた胸に手を当てる。なのに痛くない。やはり死んだ身だからか? 自分の胸もとを覗きみる。
 お天狗さんの木札だけが浮かんでいた。うつむいた頭のてっぺんに、また自動車が衝突する。痛くはない。衝撃の飛んできたほうに顔を向ける。

「それは火伏せの護符。しかも土着の札……。面倒だな」
 女が小刀をかまえたまま困惑している。
「貴様に害するいかなるものも弾きかえす。そのようなものを授けられし物の怪が、なぜに楊偉天などにたぶらかされた? ……私は屈せぬ。割れるまで術を喰らわす!」
 小刀を再度振りかざす。

「ち、ちょっと待てよ」
 彼女を制止させるために、見えない手を前に差しだす。一緒に木札が動く。手で握っているからか? どうでもいい。
「俺はあなたと一緒にいた人間だ。死んだのかもしれないけど、物の怪なんかじゃない!」

「さきほどの生意気な日本の学生だというのか? 色男を鼻にかけ、娘には鼻をのばし、立ちさらずにいた愚かな奴だと?」
 俺の日本語も彼女へ通じるようだ。俺をしげしげと見て「貴様の容姿や気配のどこが死霊だ! まともな嘘をつけ!」

 俺は飛んできた光をふわりと避ける。過去に受けたサーブより圧倒的に高速だが、必死だから対応できた。
 それを見てお姉さんは小刀を口にくわえ、ショルダーバッグから扇を取りだす。それぞれを両手にかまえる。

 非常に嫌な予感がした。

「死んでないなら人間だ! 妖怪ではない!」

「……惑わしの言葉でないだろうな」

 彼女は扇を持った手で眼鏡の縁をあげる。
 歩道をいく学生が呆気にとられた顔で彼女を見ている。パソコンをひろげていた女子学生が荷物をまとめ小走りに去る。彼女は意に介さない。

「ならば、なぜに異形と化した? そもそも物の怪が人に変げしていたのか?」
「そんなはずないだろ! 自分になにが起きたか分からない。……あなたは誰ですか?」
「簡単にいえば道士だ。その中で異端なたぐいだ。ゆえに魔道士と呼ばれる。台湾には数多くの道士がおられるが、その方々とちがい、人に寄り添わぬたぐいの端くれだ」

 言いながらも、俺をしげしげと観察する。俺は彼女の手もとに目がいってしまう。

「刃物をしまってください。通報されますよ。そこからビームがでましたよね?」
「ビームではない。この扇や護刀は魔道士が使う道具ゆえ魔道具と呼ばれる。あれは我が霊力を、魔道具の力を借りて邪を制す光へ変えたものだ。……しかし貴様はどう見ても四神ではないよな?」

 四神って、古墳に描かれた聖獣だよな。話についていけない。

「それより、さっきの爆発はなんだったですか? 俺と一緒にいた女子はどうなったのですか?」

 こいつは質問に答えず俺を見つめるだけだ。いつ小刀を振りかざされるかと、俺も身がまえ続ける。
 あれだけいたカラスがいない。……次にビームが飛んできたら、屈んで避けて最短で間合いを詰める。小刀を奪うと見せかけて――無駄のない美しい姿勢。この女は強い。封印している俺の喧嘩本能がうごめきだす。

「貴様があの輩だと、信じるしかないな」
 お姉さんが譲歩したような言い分で、小刀だけバッグにしまう。
「人間的すぎるし、生意気な態度がさきほどとそっくりだ。……私を見る目が、生け贄となった人達と同じだ」

 生け贄?
 俺も力を抜く。さきほどの爆発をあらためて尋ねる。

「あれは青龍生誕が叶わなかった光。本当に現出したのなら、あの程度では済まぬと思われるが……」
 お姉さんはちょっとだけ考えこみ「あの娘の所在は分からぬが、龍にはなってないだろう。しかし、この展開はなんなんだ」

 ぶつぶつ言いながら思案しだす。魔道士(なんだそりゃ?)らしき女の言い分だと、俺は沖縄の妖怪らしく、桜井は龍になるはずだったらしい。荒唐無稽の話だが、透きとおった自分の体を見ると信じざるをえない。

「彼女は生きているのですね。俺も死んではいない」

 さっきまで観念した俺だが、得体が知れなかろうと生きているのなら、まさにもっけの幸いだ。おぞましい姿であろうと、人にも自分にも見えないのなら、とりあえずはどうでもいいや……人間に戻れるのか?
 ふいに彼女は得心した顔を向ける。

「貴様は生きてはいる。おそらく護符のおかげでな。あの娘もおのれの刃で倒れるはずない。目覚めかけた青龍と火伏せの土着札がしのぎを削った衝撃で、貴様と同じくぶっ飛んだのだろう。貴様と同じく異形に化しただろうが、それは龍ではない」

 ようやく答えて(まくしたてて)くれたけど理解不能だ。青龍は四神のひとつだが、桜井も妖怪になったのか?

「それより貴様。この箱に触れられるか試してみろ」
 テーブルを顎でしゃくる。

 目を向けてもペットボトルがあるだけだ。お姉さんが扇であおぐ。箱がふたつ現れる。おどかされるが、それ以上に……。
 青い玉の上で、刹那だけ触れた桜井の手を思いだす。あの笑顔を真正面から独占した時間も思いだす。
 これが夢であるはずない。だったら桜井と一緒に本当の世界に戻らないと。そしてあの笑みを、また正面から見つめてやる。なにくわぬ顔で川田達にも会おう。
 なんだか遠くへ来た気がしてきた。正月きりの家族にだって会いたくなってきた。




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