三十三の二 惑わし惑わされ

文字数 1,853文字

「いつからいた?」
 どこかにいるサキトガをにらむ。天珠がある。心は読まれない。

『2020秒前から2秒前のどこか。貉の天珠がパワーアップしやがったな。お前が帰ってきたのに気づけなかったよ。……しかし顔色が悪いな。じきに死人になる色だ』

 読まれなくても、こいつらの言葉のプレッシャーに耳をそぎ落としたくなる。……天珠はむしろ穢れていた。俺達を隠していたのは、横根の首もとで輝く赤い玉。

「ドロシー、露泥無を呼べ」
 小声で言う。

 彼女が「(ツイ)」と入り口に走る。でも戸は開かない。

『梓群、人間に従っちゃったな』
 サキトガも姿を見せない。
『貉は傷つけられない闇で、のんきに寝ている。あいつはなにか隠しているか?』

 それは横根だと気づいていないのか? まやかしかもしれないけど、この使い魔は相方の死を知らない?

「異形の存在を穢す輩め」
 ドロシーが銃をかかげる。
「貴様の声に比べたら尖沙咀(チムサーチョイ)の雑踏のが心地よい。私は香港魔道団。貴様が火に入るを待っていた。梟と同じく抹殺してやる!」

 さっそくバラしやがった。……横根を守らないと。

「ドロシー、入り口を物理的に破壊しゲホゲホ!」
 むせながら怒鳴る。大声だすだけでもつらい。

『梓群ちゃんの鉄砲だと壊せないよ』サキトガが笑う。『ロタマモを殺したって? キキキ、だったら俺も気をつけないと』

 ……断言する。こいつは知らない。

「ドロシー、あのフクロウは生きていた」
 彼女を見つめる。目くばせとかしない。
「こいつを外に行かせるな。露泥無が起きればこいつは逃げる。あのムジナは……、あの宝物を抱えて寝ていればいい」

 余計なことを言うなよ。コウモリに疑念を持たせるなよ。

「蝙蝠、姿を見せなさい。梟には逃げられたとしても、貴様だけは倒す」

 ドロシーが天井をにらむ。俺の意思は伝わった。

『キキキ、宝物って死者の書じゃないよな?』
 サキトガは笑うだけだ。
『だって連中は白笛市の家を調べたようだしな』

 ……?
 ……俺の実家のことだ!
 痛がっている場合じゃない。入口へ走る。

「開けろ!」

 微動だにしない戸を引っぱる。ガラスを叩くが割れやしない。

『落ち着けよ。もはやどうにもならないだろ? 家は燃やされたかな。家族は拷問の最中かもな。キキキ』

 ふざけやがって。本堂ごとぶち壊してやる。

「人間、まどわされないで!」

 ドロシーの声は悲嘆だ。その声に、でかけた力がしぼむ。……冷静に考えろ。
 家はお天狗さんが守っている。両親は四国にいる。拷問に出張するにはさすがに遠い。でも弟は県内だ。金札を持ってでたか確認すべきだった。
 ポケットを探る。スマホがない。ピンクの車で充電したままだ。

「スマホ? 大蔵司から王姐が受けとった」
 ドロシーが教えてくれる。ならば、

「思玲!」
 外へと叫ぶ――。肺が悲鳴をあげた。咳きこむと肋骨が内蔵を刺激する。

『聞こえるかよ』
 サキトガがまた笑う。
『そろそろロタマモが来るかもしれないぜ。昼からさえずりたがっているかな。キキキ』

 人の弱みを笑うこいつらを憎む。突破口は相棒の死を知らないこと。
 ドロシーが俺の横にならぶ。紅色の唇をなめる。

「灯」
 天井へと掃射する。血の色の闇はあせない。彼女が弾倉に息を吹きかける。手慣れた動作でリロードする。
「滅」

 煤竹色の光が赤い闇に消えていく。

『当たらないけど、当たればかゆいし』
 サキトガは笑うだけだ。
『梁大人のお孫ちゃん。昨夜あんたをターゲットにしなかった理由が分かるかな?』

「耳を傾けるな!」
 俺は彼女の肩をつかむ。

「ひいい、さわるな」
 肘鉄ではらわれる……。

 悲鳴さえでない。肋骨を押さえてうずくまる。

「へへっ、私はなにを言われても平気だからだ」
 彼女が中空へと笑いかえす。
「私はシノよりもアンディよりも強いからだ!」

 こらえきれぬように、キキキと笑い声がもれる。

『娘になっても人とキスできずにいれば、下種なネタなどないからな。――お前は誰よりも弱いから、殺すに惜しかっただけ』
 俺達二人への呼ぶ声。
『俺は爪も牙も汚さないから、いまは嫌がらせなだけ。サービスで哲人にも教えてやるよ。梓群の病的な人間嫌悪の理由を』

 俺は冷や汗を垂らしながら立ちあがる。とどめの衝撃を与えやがった彼女の横にならぶ。こいつを守るために。

「言われても平気だ」ドロシーが中空をにらむ。「松本なんかに聞かれても平気だ」

 まただ。無意識だろうか、彼女が俺の手を握る。

『だったら鮮明に思いださせてやる。――夏梓群。父だった名は夏兆勝(シァチャオシャン)。母だった名は梁彩華(リァンサイファ)




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