三十二の一 再集結
文字数 2,655文字
目を覚ましたら、大蔵司京が巫女装束に着替えていた。
「なんでタイミングよく起きられる?」
車から追いだされる。
横根と琥珀達は外にいた。ブドウ畑脇のさもない空き地。お婆ちゃんの眠るお寺のすぐ手前だった。
俺はふらふら歩くが自分の体でないようだ。隅で立ちションしているうちに、みんなは車に乗りこむ。最後に乗車すると、自分の血とかの汚れとにおいで吐きかける。
「車ごと買い替える。台輔に選ばせよ」
大蔵司がVサインする。
さっきまで彼女が着ていたTシャツに着替えさせられる。女性サイズだから窮屈だし、大蔵司の汗でちょっと湿っている。血を分けてもらった仲だから、気にしないというかちょっと興奮というか嬉しいというか。
彼女の運転でもたもた進みだす。
「飛び蛇がまた来た。フィリピン生まれっぽい」
琥珀が助手席からつぶやく。
「さっきのは大陸育ちって言ったよな。優秀らしき奴」
九郎も助手席で言う。
「チチチ、俺でも見つけられた。こいつはたいしたことなさげだが、二匹もいたら面倒だ。昼間のうちに処分しておけよ」
俺も空を見る。蛇なんて見つけられない。青空と入道雲だけだ。
「飛び蛇って?」
「新月系の知恵なき異形だよ。主観なく、ありのままに視覚、聴覚、嗅覚で捉える。偵察や伝令にもってこい。そうは言っても馬鹿ばっかだけど」
琥珀が横根に答える。
「ごくたまに賢いのがいる。そいつは難敵になる。僕に見つけられたら終わりだけどね」
ちいさい牙をだして笑う。
「だったらはやく倒してよ。ずっと覗かれているなんて、君達と行動したくない」
「任せろって……気配が二匹あったな。もう一匹もいたのか。マジで有能かもな」
大蔵司に答える琥珀の顔が神妙になった。俺達は敵から丸見えなのか。
一番暑い盛りなのに、農家のお爺さんお婆さんは畑で頑張っている。カラスが一羽低空を飛んでくる。ドーンが迎えにきた。
***
お寺には車が一台停まっていた。ピンクの車はこすりそうになりながら停車する。
「九郎は速すぎだった。次元が違うし」
車から降りるなりドーンが俺の頭で騒ぐ。
「ここの住職は外回りが三件あって、今日は大忙しらしいぜ。て言うか、流範とロタマモを倒したってほんとかよ。哲人のレベルもヤバいし。……て言うか、瑞希ちゃん、ひさしぶりだけど透けてね?」
「えっ、そうだったの。自分では分からない」
横根が自分の手のひらを見つめる。気づいていると思って指摘しなかった。
「ドーン君とひさしぶりなんて思えないよ。あの朝からずっと夜だったから」
横根は冷静だ。俺なんか記憶が戻ったら溶けかけたのに。横根は強いから大丈夫。
ドロシーがやってきた。横根へとにっこり会釈する。九郎と琥珀に目を細めて微笑みかける。俺の頭上のドーンに呆れた笑みを向ける。
「ドーン君たら、人間なんかに乗っていると、ほかの人間がおどろくよ」
それからようやく俺を見る。
「着替えるから返して」
リュックサックを奪うように持っていく。本堂に入る……。
やはり俺に怒っている。嫌われたとさえ感じる。
ありがとうと、その背に伝える。
「松本。九郎は食うなと、ケビンの旦那に叱られた」
川田が舌を垂らしながら駆けてきた。片側の目だけに夏の日差しが映える。
「そいつ(琥珀だ)は食いたいな。その薄いのは食わないぜ」
川田は横根を見ても食料か否か判別するだけだ。小鬼も襲うなと、きつくきつく言っておく。
「川田君、無事でよかったね。大きくなったね。はやく人に戻ろうね」
「俺は川田じゃない。リクトだ」
「ドーン、ちょっと話そう」
俺はカラスだけ連れて手水舎に行く。
*
水のある日かげが心地よい。ここでつつかれたな。まだ一日もたっていない。
「横根はまだ戻ってきてない。魂の半分を、サキトガが持っていると思う」
「そんな感じした。お帰りとか言いにくいよな。て言うか、最初見たとき幽霊かと思った」
ドーンが水槽の縁で言う。
たしかにあの空き地より薄くなっているような。
「敵は来なかったんだ?」
「昨日の夜はきわどかったっぽい。大カラスが飛んでいると、ドロシーちゃんが言っていた。でかいのは高く、小さいのは低くだってさ。あの子は、結界に閉ざされると逆にすべてを感じるぜ。しかも結界をこわせるし、結界にブルーシートをかけてあったし。
ドロシーちゃんは、かわいいしやさしいし強いし最高じゃね? 俺らのふたつ下って、まだ高校生だし。あのかわいさは日本でも芸能デビューできるし。でも日本語喋れないんだよね。英語は話せるのに」
「結界をでたあとは?」
「なにもなかった。静かだった」
サキトガが見張っていたはずだ。でも使い魔はみんなを襲えない。沈大姐を呼ぶ露泥無がいる限り現れない。来るのは、俺だけのときだ。……日中に現れるとしたら、
「峻計が来るかも。魔道士や異形を連れて」
鏡を使えぬ臆病な老人は現れない。
「ドーンはカラスのあいつを倒しただろ。あいつなら仕返しをもくろむかも。もう無理するなよ」
単独で偵察したり護符を探しにいったりしたら、いずれ捕まる。殺される。
「はいはい。もう哲人から離れねーし。代わりにまた力をよこせよ」
こいつは戦いにしか心が向いてない。なんだか不安になってくる。
そろそろ伝えないとな。
「龍は、ゼ・カン・ユである藤川匠に今夜呼ばれている」
まだ誰にも言ってない。
「そいつも楊偉天も、俺のなかの青龍の欠片を必要としている」
そいつらより先に夏奈を呼ぶ。月なき夜まで五時間。横根をドーンに託したら、ここを抜けだす。
「絶対に一人で行くなよ」
ドーンは俺の心を見抜く。
「俺は一緒って言ったばかりだろ。哲人が行くならリクトも連れていく。それに瑞希ちゃんも……。カッ、哲人は逃げろって言えないのがつらみだな」
「俺は――」
言いよどみなんて、ドーンはおかまいない。
「哲人が狙われたら、みんなでやり返す。そんで桜井を半分人に戻して、そしたら川田を半分戻す。それくらいに構えとかね? ……瑞希ちゃんを置いていくなよ」
そりゃ半分だけの横根を見捨てたくない。ならば、俺と横根だけみんなから離れて、ふたつの餌でおびき寄せる……。自分を守るで精いっぱいだ。
「分かったよ。一緒にいて」
友であるカラスに告げる。ドーンが彼女と別れた理由もいまならば分かる。こいつは覚悟をもって、こっちの世界に来ようとした。
タイムリミットはあと二十四時間ほどだよな。ドーンこそ四玉とともにいなければならない。
ずっとみんなといよう。杓子で水を飲む。
次回「少女と手下達」
「なんでタイミングよく起きられる?」
車から追いだされる。
横根と琥珀達は外にいた。ブドウ畑脇のさもない空き地。お婆ちゃんの眠るお寺のすぐ手前だった。
俺はふらふら歩くが自分の体でないようだ。隅で立ちションしているうちに、みんなは車に乗りこむ。最後に乗車すると、自分の血とかの汚れとにおいで吐きかける。
「車ごと買い替える。台輔に選ばせよ」
大蔵司がVサインする。
さっきまで彼女が着ていたTシャツに着替えさせられる。女性サイズだから窮屈だし、大蔵司の汗でちょっと湿っている。血を分けてもらった仲だから、気にしないというかちょっと興奮というか嬉しいというか。
彼女の運転でもたもた進みだす。
「飛び蛇がまた来た。フィリピン生まれっぽい」
琥珀が助手席からつぶやく。
「さっきのは大陸育ちって言ったよな。優秀らしき奴」
九郎も助手席で言う。
「チチチ、俺でも見つけられた。こいつはたいしたことなさげだが、二匹もいたら面倒だ。昼間のうちに処分しておけよ」
俺も空を見る。蛇なんて見つけられない。青空と入道雲だけだ。
「飛び蛇って?」
「新月系の知恵なき異形だよ。主観なく、ありのままに視覚、聴覚、嗅覚で捉える。偵察や伝令にもってこい。そうは言っても馬鹿ばっかだけど」
琥珀が横根に答える。
「ごくたまに賢いのがいる。そいつは難敵になる。僕に見つけられたら終わりだけどね」
ちいさい牙をだして笑う。
「だったらはやく倒してよ。ずっと覗かれているなんて、君達と行動したくない」
「任せろって……気配が二匹あったな。もう一匹もいたのか。マジで有能かもな」
大蔵司に答える琥珀の顔が神妙になった。俺達は敵から丸見えなのか。
一番暑い盛りなのに、農家のお爺さんお婆さんは畑で頑張っている。カラスが一羽低空を飛んでくる。ドーンが迎えにきた。
***
お寺には車が一台停まっていた。ピンクの車はこすりそうになりながら停車する。
「九郎は速すぎだった。次元が違うし」
車から降りるなりドーンが俺の頭で騒ぐ。
「ここの住職は外回りが三件あって、今日は大忙しらしいぜ。て言うか、流範とロタマモを倒したってほんとかよ。哲人のレベルもヤバいし。……て言うか、瑞希ちゃん、ひさしぶりだけど透けてね?」
「えっ、そうだったの。自分では分からない」
横根が自分の手のひらを見つめる。気づいていると思って指摘しなかった。
「ドーン君とひさしぶりなんて思えないよ。あの朝からずっと夜だったから」
横根は冷静だ。俺なんか記憶が戻ったら溶けかけたのに。横根は強いから大丈夫。
ドロシーがやってきた。横根へとにっこり会釈する。九郎と琥珀に目を細めて微笑みかける。俺の頭上のドーンに呆れた笑みを向ける。
「ドーン君たら、人間なんかに乗っていると、ほかの人間がおどろくよ」
それからようやく俺を見る。
「着替えるから返して」
リュックサックを奪うように持っていく。本堂に入る……。
やはり俺に怒っている。嫌われたとさえ感じる。
ありがとうと、その背に伝える。
「松本。九郎は食うなと、ケビンの旦那に叱られた」
川田が舌を垂らしながら駆けてきた。片側の目だけに夏の日差しが映える。
「そいつ(琥珀だ)は食いたいな。その薄いのは食わないぜ」
川田は横根を見ても食料か否か判別するだけだ。小鬼も襲うなと、きつくきつく言っておく。
「川田君、無事でよかったね。大きくなったね。はやく人に戻ろうね」
「俺は川田じゃない。リクトだ」
「ドーン、ちょっと話そう」
俺はカラスだけ連れて手水舎に行く。
*
水のある日かげが心地よい。ここでつつかれたな。まだ一日もたっていない。
「横根はまだ戻ってきてない。魂の半分を、サキトガが持っていると思う」
「そんな感じした。お帰りとか言いにくいよな。て言うか、最初見たとき幽霊かと思った」
ドーンが水槽の縁で言う。
たしかにあの空き地より薄くなっているような。
「敵は来なかったんだ?」
「昨日の夜はきわどかったっぽい。大カラスが飛んでいると、ドロシーちゃんが言っていた。でかいのは高く、小さいのは低くだってさ。あの子は、結界に閉ざされると逆にすべてを感じるぜ。しかも結界をこわせるし、結界にブルーシートをかけてあったし。
ドロシーちゃんは、かわいいしやさしいし強いし最高じゃね? 俺らのふたつ下って、まだ高校生だし。あのかわいさは日本でも芸能デビューできるし。でも日本語喋れないんだよね。英語は話せるのに」
「結界をでたあとは?」
「なにもなかった。静かだった」
サキトガが見張っていたはずだ。でも使い魔はみんなを襲えない。沈大姐を呼ぶ露泥無がいる限り現れない。来るのは、俺だけのときだ。……日中に現れるとしたら、
「峻計が来るかも。魔道士や異形を連れて」
鏡を使えぬ臆病な老人は現れない。
「ドーンはカラスのあいつを倒しただろ。あいつなら仕返しをもくろむかも。もう無理するなよ」
単独で偵察したり護符を探しにいったりしたら、いずれ捕まる。殺される。
「はいはい。もう哲人から離れねーし。代わりにまた力をよこせよ」
こいつは戦いにしか心が向いてない。なんだか不安になってくる。
そろそろ伝えないとな。
「龍は、ゼ・カン・ユである藤川匠に今夜呼ばれている」
まだ誰にも言ってない。
「そいつも楊偉天も、俺のなかの青龍の欠片を必要としている」
そいつらより先に夏奈を呼ぶ。月なき夜まで五時間。横根をドーンに託したら、ここを抜けだす。
「絶対に一人で行くなよ」
ドーンは俺の心を見抜く。
「俺は一緒って言ったばかりだろ。哲人が行くならリクトも連れていく。それに瑞希ちゃんも……。カッ、哲人は逃げろって言えないのがつらみだな」
「俺は――」
言いよどみなんて、ドーンはおかまいない。
「哲人が狙われたら、みんなでやり返す。そんで桜井を半分人に戻して、そしたら川田を半分戻す。それくらいに構えとかね? ……瑞希ちゃんを置いていくなよ」
そりゃ半分だけの横根を見捨てたくない。ならば、俺と横根だけみんなから離れて、ふたつの餌でおびき寄せる……。自分を守るで精いっぱいだ。
「分かったよ。一緒にいて」
友であるカラスに告げる。ドーンが彼女と別れた理由もいまならば分かる。こいつは覚悟をもって、こっちの世界に来ようとした。
タイムリミットはあと二十四時間ほどだよな。ドーンこそ四玉とともにいなければならない。
ずっとみんなといよう。杓子で水を飲む。
次回「少女と手下達」