四十七の二 これぞ、どろどろな関係

文字数 1,569文字

 無死の前足が広場をはらう。あばら家が消える。俺は舞台の下に逃げこむ。同時に破壊されて、丸太に潰される。……劉師傅の護布は物理攻撃には効果が半減する。痛いけど妖怪だからこれくらい平気だ。
 残骸から這いでる。暗紫の液体が大量に飛んでくる。おそらく毒だ。護布を体にまとう。同時に巨大な力に持ちあげられる。

「滅」
 叫びとともに掃射音。俺は地面に落ちる。護布から外を覗く。

「まだ被っていて」
 ドロシーは俺にMP5を向けていた。
「殺」

 本堂で俺の肋骨を折った抑えめの術。護布にこびりついた無死の毒液が飛ばされる。どちらも多少顔に当たったが、新月の妖怪だから余裕だ。
 彼女が俺の手を握る。立ち上がらせられる。無死のおぞましい爪が向かってくる。ドロシーを引きずり逃れる。
 無死はでかいだけじゃない。小さい俺をピンポイントで狙える。俺は松本哲人なのに。

「そいつではない。龍の光を飲みこむつもりか」

 楊偉天が無死の頭上に乗る。その胸もとで、彫刻された魔物がよだれを垂らす。
 つまり無死は俺にある青龍の破片に気づき、俺を狙いだした。楊偉天が神殺の鏡の力を使おうと、なおも従っていない。その鏡に閉ざされた魔物の顔の生気が増すだけだ。
 蛮龍である貪……。楊偉天にこれ以上鏡を使わせてはいいのか?

「川田が横根さん達を連れて逃げた」
 ドロシーがつぶやく。
「リュックごとだ。スティックは不要だけど、七葉扇はあの中?」

 指揮棒は俺が壊して、扇は思玲に戻った。手もとには独鈷杵とリミットの取れたMP5。充分だけど無死相手では厳しい。
 楊偉天が至近から朱色の術を喰らわせても、不死身の無死は悶えもしない。青龍と俺を交互に見るだけだ。

――たくみ君! あのジジイみたいに私に乗って

 龍が吠える。あらためて無死が夏奈をターゲットに決める。空中の龍へと浮遊していく。
 龍が無死を尾ではらい、頭を地面に下げる。
 藤川匠が龍へと駆けだす……。

ふざけんな!

 嫉妬が忿怒に変わる。

「ドロシー、誅だ! 援護しろ」
 彼女にすっぽり護布をかけ、俺も駆けだす。

ヘヘヘ

 人への邪気のこもった笑い。彼女こそこっちの世界の存在だ。

「誅」

 藤川匠へと人除けの銃弾を乱れ撃つ。獣人が盾になる。ドロシーが手早く弾倉に息を吹きかける。

「滅」

 リミットがはずれた術。強烈だが精度が落ちた。獣人が倒れるが、俺にも当たる。妖怪だろうがかなり痛い。

――もうゆるさね!

 龍が激怒する。雷がドロシーに直撃する。
 緋色のサテンが守ると信じ、俺は夏奈へと走る。釘を踏んだが気にしない。

「誅」

 藤川匠へと、また紅色の術が飛び交う。奴は剣で防戦一方。足止めされている。

「夏奈! 俺を乗せて! 俺と一緒に無死を倒そう」
 龍のひげに飛びつく。

――乗せるわけねーだろ。あの女に乗ってろ。エロカス

 巨大な力におもいきりはらわれて、林の向こうまで飛ばされる。

 ***

 樹木を折り、岩にぶつかり、バウンドして転がる。また沢に落ちる。……今度は枯れ沢だ。体中が打ち身だ。妖怪でなければ即死だったぞ。
 新月の力がうずき、体が回復していく。俺はまだまだイケる。足に刺さった錆びた五寸釘を抜く。いまは妖怪だから破傷風の心配は多分なし――。
 新月の空を巨大な影がさらに暗くした。

――大丈夫?

 夏奈の声は不安げだ。俺を心配して来てくれた。

――平気っぽいね。じゃあ私はたくみ君を助けに行くから

 もうかよ。それに、それはドロシーを倒しに行く意味。

「へ、平気じゃない」呼び止めろ。「俺を乗せろ!」

 コンテナ車ほどもある龍の顔がのぞく。須臾を経て、龍が頭を降ろす。

「ははは、泥だらけだ」
 夏奈の笑い声。「一緒に帰ろう」

 ……捨てられた村でなく、本来の世界へな。
 俺は巨大な頭によじ登る。龍が浮遊する。楊偉天を乗せた無死が待ちかまえていた。




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