二十九の一 化けの皮

文字数 3,886文字

「大蔵司と麻卦だ……」
 祭壇上からドロシーが二人をにらむ。
「ここは影添大社の内部? あっ哲人さんだ。それより王姐を呼びなさい。真っ先に彼女に教えないといけない。麻卦め、風軍のかたき。大蔵司め、よくも私の肌を。折坂はどこだ? あれ? 飛び蛇ちゃんだ。雌だ。かわいい。ここの蛇? でもキュート。お利口そう。ダーリンごめんなさい。言わなければならないことがありすぎて、混乱してい……うわーん、琥珀ちゃんが殺されちゃったよ」

「すげえ、マジで蛇が飛んでいる。ここってセレモニーホール? つまり私達は棺桶置くとこにいる? 幽霊になったら参列者がこんな感じに見えるかもあっ瑞希ちゃんと川田君とカラスだ。冗談だって和戸君もいる……松本君を迎えにきた。千葉に帰ろう。たくみ君と中国のおばさんが喧嘩する。なので松本君が止めてよ。でも松本君がボコられるからどうしよう。それとペンギンが裏切った。やかんが猫になったらしげ」

 こいつらすげー。いきなり現れて自分のペースをまき散らしている。執務室長と大蔵司も唖然としている。
 俺は知りえた情報を、急いで脳裏で箇条書きにする。

・ニョロ子はキュートで利口そう。さすがは俺の式神
 そんなことはどうでもいい。
・琥珀が殺された?
・藤川匠と沈栄桂が戦う?
・九郎がどちらかに従った?
・露泥無の封印が解かれた。ニョロ子が聞かせたデニーの言葉と一致

「どっちが琥珀をやった?」なによりもそれを聞く。

「言っちゃダメ」
 夏奈が即座に言う。つまり藤川匠の仕業か。

「二人ともそこから降りろ。そしてドロシーは出ていけ」
 大蔵司が祭壇をにらむ。「お前の鼠蹊部を舐めた舌を消し去りたい」

「そんなことしたのか」
 麻卦執務室長が驚いたあとに「松本どうにかしろ。ここで喧嘩が始まったら俺達の関係は終わりだ」

「だったら舌を切って死ね。そして狸は黙れ」
 ドロシーが身軽に飛び降りる。
「お前が黒幕だな。みんなを騙しているのだろ? 宮司もか? 私が見抜けないと思ったか」

「な、な、何を言いやがる。こ、こ、この体格だからって狸扱いはゆるさねえぞ。そ、それにだな、大鷲の雛もよみがえって香港に帰った。大蔵司のおかげでな」

「なんだかみんな生き返っているし。だったら私も死んでみようかな。冗談だし、ははは。それよりたくみ君をどうしよう? ずっと喧嘩上等で生きてきたし仕方ないか、ははは」

 夏奈がマジうざい。執務室長は動揺しまくっている。そりゃ魔女認定した女子ににらまれたなら仕方ないけど……風軍をよみがえらせた? 台輔もだよな。だったら大蔵司こそ魔女じゃないか。

白魔女

 ……ニョロ子からの聴覚ではない。ただ単にその言葉が浮かんだだけ。

「松本君しっかりしてよ。あの子をどうにかしてよ」
 横根に叱られた。
「夏奈ちゃんはこっちにおいで。……ドロシーは暴言がひどすぎる。それ以上だとかばいきれなくなる」

「こんな状況で言うのもあれだけどさ」
 ドーンが川田の頭上でおずおずとくちばしを広げる。
「もう腹が減ってきた。俺そろそろダメかも」

「戦うのか逃げるのか、はやく決めろ」
 川田が俺をいぶかしげに見る。「魄は五つしかいなかった。ひとつは喰われたのか? 今度来たら俺も喰っていいか?」

「腹をこわすよ」
 瞬時に消えた影など数えられないし、俺は取り込まれてなどいない。この場を収束させるだけだ。
「麻卦さん、二人とも混乱しています。なので再度謝ります。本当に申し訳ございません。……横根は笛を吹いてあげて。夏奈も降りな。そこは神聖なところだ」

「そこは張りぼてみたいなものだから、どうでもいいけどな。大蔵司どう思う?」

 執務室長は大蔵司の背後に移っていた。ドロシーからの盾のように扱い、そこから夏奈を眺めていた。

「なにがですか?」
「お前ぐらい気づけよ。すでに龍が溢れだしている。こいつら全員時間切れだ」

「私から?」
 夏奈も飛び降りる。執務室長をにらむ。「なんで終わり? 瑞希ちゃんも? 松本君も?」

 麻卦さんがまたも怯む。
 俺は冷静にその言葉を吟味できる。頼りになった琥珀が死んだ。九郎は去った。沈栄桂もデニーも露泥無も敵確定。
 夏奈は龍の資質に食われる。ドロシーに帰る場所はない。ドーンは迦楼羅になる。川田は殺人鬼と化す。その前に狩られる。横根は魂をすり減らす一方。

 でも俺は終わりではない。ニョロ子というワイルドカードを手に入れた。なにより忠犬のごとき雅を侍る思玲が、虎視眈々と解き放たれる時を待ち焦がれているはず。
 つまり俺達は全然終わっていない。横根が言う5ーtuneまでたどり着ける。

「ニョロ子、見てきてくれないかな」

 そう告げただけで、雌蛇が姿を消す。藤川と沈の結末はじきに俺の手に届く。

 *

 横根が笛を吹く。それは停戦をもたらす拙い音色。
 なにげにドロシーは俺の隣に来ている。夏奈が手拍子してマジうざい。でもドーンは迦楼羅のまま。笛をとめれば人に見える忌むべき姿になる。
 大蔵司が目をつむり首を横に振った。麻卦さんもお手上げのポーズ。
 それでも横根は吹き続ける。

「ドーンが回復したら、影添大社に謝る。約束してね」

 着替えを済ましリュックを肩にかけながら告げる。汚れた服は外宮の隅に放置した。下着も替えたい。

「私は悪くない」
 ドロシーがそっぽを向く。

「最初に喧嘩を売った人が悪い」
「あれは勘違いしただけ。なのに私はひどい目に遭わされた。……でもおかげで哲人さんに会えた。生き返ってくれた。しかも二人きりの闇のなかで愛の言葉をささやいてくれた(脳内で脚色しすぎ)。だったら赦してやって謝ってやる。へへ」

 ドロシーは納得してくれたけど、俺達は時間切れじゃないけど、ドーンをなんとかしないと。琥珀の死よりも、藤川と沈の潰しあいよりも切羽つまっている。

「和戸君がんばれ、カラスに戻れ」
「どうすればいいんだよ。能天気に言うんじゃねーよ」

 ドーンにキレられる夏奈も、以後は『たくみ君』の話題を口にしない。だから何よりも、俺の東京での最初の友を優先する。

「どうにかなりませんか」
 とは言っても影添大社に丸投げするしかない。

「こいつならば異形になっても心を残しそうだけどな。川田みたいにはならんだろ」

 なんてドライな奴だ。あっちの世界の連中を連想してしまう。
 横根はまだ笛を吹き鳴らしている。身を削る音色……。

「思いだした!」
 夏奈がいきなりでかい声をだす。
「中華おばさんの宝物は球らしい。川田君でも人に戻せるかもだって。ただし一人限定」

「球でなく珠だろ。九尾狐の珠(ジウウェイフージュ)
 執務室長が呆れながら言う。
「まさにクイーンオブレジェンドであられる狐姉妹の、妹ちゃんのほうを封じた珠だ。それを割れば、ベタベタだがどんな願いごとも叶えてくれる。ただし超極悪の狐が世に現れる。頼みを聞いた見返りに真っ先に殺される。だから二千年を過ぎようが誰も砕かない。
……やはり、いまの世だと不夜会が所有してたか。重責を背負っていたか」

 そんなものに頼るはずないだろ。貪で懲りている。死んだものをとやかく言いたくないけど琥珀め……。
 あの小鬼はまた戻ってくるような気がしてならない。前科もあるし。

「それを使えばパパとママも生き返る?」
 俺にピタリと貼りつくドロシーが尋ねる。それを見ても夏奈は何の感情も見せてくれない。

「摂理に反することはやめとけ。生き返ったもの達がかわいそうだ」
 麻卦さんは否定せず、思慮ある言葉を述べる。そこで終わらせればいいのに「不死身なのは魔女だけで充分だ」

 俺の隣に立つ人の気配が変わった。俺は慌てて手を握る。

「哲人さん、指がなくなるよ」
 肘鉄とともに振り払われる。その手に冥神の輪が現れる。
「奴にも言われた。……奴には魔道士のオーラがない。なのに力を持つ。なおさら気色悪かった」

「たくみ君を悪く言うなよ」夏奈がぼそり言う。

「返すためにだしたのだろ?」
 執務室長は動じない。
「それを人に使ってもただの刃だ。――大蔵司、再戦らしいぞ。二度も負けるなよ」
 その手に扇がひとつだけ現れる。

 またしても大蔵司の手に神楽鈴が現れる。本気の眼差し。
 知らぬ間に俺の隣に川田が立っていた。

「カカカ」

 迦楼羅のままのドーンが好戦的に笑う。鷹匠に侍る猛禽のように、俺の指図を待っている。

「全員ふざけんな」
「やめてよ!」

 俺の怒鳴りを横根の悲痛な叫びがかき消す。
 彼女はそのまま倒れこむ。左手のひらに結ばれた忌むべき杖は離れない。右手には十字羯磨が握られていた。
 心を削る叫びだろうか、ドーンが瞬時にカラスへ戻る。

 決定的な休戦。誰もが思わず武器をおろす。一人を除いて。

「人になんか使わない。私は人も異形も殺さない。だけど悪しき人と異形は別だ」
 彼女だけが前へと歩む。止めに入った夏奈へ手のひらを向ける。夏奈はしかめ面で立ち止まる。
「人の形をした悪しきものだけは赦さない。人だろうと異形だろうと」
 その手の白銀の輪が眩しいほどに輝きだす。

「ひ、ひいい」
 麻卦さんが腰を抜かす。

 俺は駆けだす。麻卦さんの前で両手を広げる。
 
「ドロシーやめろよ」
 俺はにらみつける。彼女の顔を見て震える。邪悪と表現できる勝ち誇った笑み……。

「哲人さんどいて。どかなくても、この輪はこんなことができる」
「逆さ人封!」

 大蔵司が鈴を鳴らす。

「噠!」

 ドロシーは、おのれを囲もうとするしめ縄を瞬時に消し去る。同時に、こいつは輪を投げやがる。
 真横に飛んだそれは曲線を描き、壁すれすれで鋭角にターンする。速度を上げる。生きもののようにでも無機質なまま麻卦さんに向かう。




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