四十三の一 法具と祈りと手負の獣

文字数 2,983文字

4.4-tune


「登山口の駐車場で僕が別れた理由は、サキトガへの罠だった」
 露泥無が喋りはじめる。

「川田達はどこに落ちた? 藤川匠はどこだ?」
 即座に中座させる。

 夏奈とドロシーはどこだ。もはや優先順位などない。

「誰の影響か知らないけど、人の話を聞くべきだな」
 露泥無である女の子がむっとする。
「端折ると、サキトガも強かった。炎を吐けるとは思わなかったし、大姐をもってしても一振りで倒せなかった。つまり筋書きは狂ってしまった。だから仲間は多いほどよい。
川田こそ戦力だから、僕も合流したい。鷹笛を鳴らせば、みんなを乗せて風軍が飛んでくる。生きていればね。……香港娘など知ったことじゃないが、松本と横根ならば桜井を呼べるのではないか?」

 笛は学生服のポケットに入っていた。聞こえぬ音を鳴らす。犬笛は思玲か。あの狼を怒らせようが、鳴らして彼女と連絡を取りたかった。

「あなたに言われなくても、夏奈ちゃんは呼ぶ」
 白猫がにらみあげる。
「あなたはなんで私達と合流したの? それに自分だけ人の姿にならないでくれない?」

 たしかに沈大姐は、ヨタカであったこいつを俺達に押しつけた。

「藤川匠」
 露泥無が女の子のままで言う。
「松本が言うようにゼ・カン・ユの生まれ変わりならば、百年以上前の契約の対象だ。ただの人であろうとね。それに、まだ釣り餌は必要かもしれない。そいつらの手助けのために、僕はまたしても行動をともにする」

 もはや俺達が餌であるはずない。分かっていた。俺達全員が人に戻るのはたやすくない。急峻な峰を迂回してもたどり着けない。乗り越えないとならない。

「夏奈を呼ぼう」
 そして針の先にぶら下げる。邪悪な奴らへの餌は夏奈だけだ。横根がうなずく。

「下策だけど仕方ないな」
 露泥無が裾をあげて川に入る。
「おそらくはまだ来ない。でも来るとしたら、その名のとおり不死身の異形も一緒に来る。念のため僕は脇から見ているよ」

 女の子が川の中へと溶けていく。ナマズに変化して覗き見か。
 俺は手にした法具を見つめる。……これで星五つの異形を倒せるだろうか。無理だとしても、龍である夏奈は戦わせない。川田とおなじく、さらに人から遠ざかるかもしれない――。
 白猫が耳をたてた。俺でも感づく。隠密でなくむき出しでの追跡だ。
 対岸を見上げると、林から人影が現れた。

「笛を鳴らすとはね。我々獣人の耳を侮ったか」

 女性の声がした。
 均整のとれた褐色のボディのサシトヨだ。ほかの獣人達も姿を現す。白猫が総毛を立たせて威嚇する。
 ……五体か。異形の気配丸出しだけど、こいつらは人の姿だ。人の心を失った川田みたいに、俺に倒せるだろうか。それでも独鈷杵をかかげる。護布を盾とする。

「お前達に俺は倒せない。降伏して、藤川匠のもとへ連れていけ」
 はったりを口にするが、はったりでもない気がする。

「それこそが我々が望むこと。ただし半死にしてな。お前達は手をだすな。猫もどきでも食べていなさい。……人の味がするかもな」

 獣人達が横根へとよだれを垂らした。俺の心臓に鼓動が割りこむ。呼応して、かかげた小さな法具が輝く。

「俺のなかに逃げろ」

 横根に命じる。彼女は第3ボタンまではずしたシャツにもぐりこむ。

『つ、強そうだよ。逃げよう。そして夏奈ちゃんを呼ぼう』

 逃げないし、呼ぶのは倒してからだ。
 獣人達は輝く独鈷杵を見て後ずさっている。先頭のサシトヨ以外は。
 その黒く塗られたネイルが伸びて、俺へとジャンプする。独鈷杵をおろす間もなくはじき飛ばされる。
 右肩から胸にかけて、ざっくりと切られた。護布を避けやがった――。背中にも衝撃。さらに裂かれた。
 峻計や雅より素早い? 川田はこんな奴を撃退したのか? ……俺がのろくなっただけだ。

「マニキュアではない。ベネチア産の毒だよ」
 樹上から声がする。「お前は新月系だ。今夜は死にはしないだろう」

 マジかよ。手足から力が抜ける。目がかすんできた。

『わ、私は何度でも祈ります』
 横根の心が俺に寄り添う。
『この人が戦い続けるならば、透けてなくなってもいいです。く、来るよ!』

 毒が霧散する。崩れかけた足で踏んばり、輝く法具を上空へかざす。飛びかかったサシトヨの両手の爪にさらに深く裂かれたが、独鈷杵がその眉間に刺さる。

「ゼ・カン・ユ様……」

 サシトヨが溶けだす。その脇に倒れる俺へと、横根がまた祈りを始める。残りの獣人達が逃げていく。

 *

「ありがとう。でも祈るのはヤバいときだけでいいよ」

 あの程度の毒ならば、時間がかかるけど回復する。俺のなかから出てしまった白猫は透けてないが、念のため言っておく。
 独鈷杵こそが俺が手にすべき武器だった。しかも、お天狗さんの木札と違い攻撃的。溶けて消える人などいない。迷いは消えた。こいつらは異形だ。成敗すべき化け物だ。
 俺は立ちあがり、横根を抱える。

「いまのうちに呼んでみようか」

 俺の提案に白猫がうなずく。声を合わせて、

「夏奈ちゃーん」
「夏奈ー」

 とりあえず五回空へと叫んでみた。宇宙まで届いただろうか?

「龍の兆しは現れないな」
 ナマズが川から顔をだした。
「松本が倒した雌獣人は、おそらく北アフリカ生まれだ。琥珀風に言えば星三つぐらいだ。破邪の法具を手にした松本と、癒しの玉を持つ横根が組めば、それしきは敵ではなくなったな」

 東京のお寺で幽霊から逃げまわったときよりは強いだろうな。ナマズが黒猫に変わる。

「兆しが起きるまでは一緒に動こう。今夜は猫同士で仲よくやろう」

 露泥無は横根に寄り添いニャーと鳴く。横根である白猫はそっぽを向く。

「さっきの雌を倒したのか?」
 いきなりの声にドキリとする。振りかえると、サシトヨが消えた地面に、手負いの獣が鼻をつけていた。
「弱くなってなかったな。さすがはリーダーだ」

 川田はくわえていたお天宮さんの護符を地面に落とす。
 俺達をたやすく見つけやがった。リュックサックを見つけた件といい、五感も肉体も卓越してないか? こいつは物の怪系でないというのに、満月になったらどうなるのだろうか。
 背中にはカラスと小さいワシがしがみついていた。ドーンは見た目で分からないが、風軍は黒焦げだ。

「松本の笛を聞きとれたから、お望みとおり連れてきた」
 ひとりだけ復活している川田がにやりと笑う。
「あまり吹くべきではないぜ。土壁って野郎にも聞こえるぜ」

 聞きたくない名前だ。あのおぞましい魔道具を思いだす。おそらく、あれはおのれの身を捧げて作りだしたのだろう。劉師傅に切断された片足を。

「ツチカベもいるのか? あいつが野良犬のときから苦手だ」
 黒猫が不快そうに尋ねる。

 つまり竹林もいる。おそらく楊偉天も。峻計は……。
 それよりもドーンだろ! 風軍も。

「横根、じゃなくて露泥無。ドーンと風軍に祈ってくれよ」
 こいつは天珠を持っているはずだ……。思玲とも連絡が取れる。

「僕がこいつらを救う筋合いはどこにも見当たらない」
「川田君、こいつ食べちゃっていいよ」

 横根がけしかけた狼に残酷な目で見つめられて、露泥無は渋々おばさんの姿になる。カラスとワシを抱えて祈りはじめる。

「デモ、思玲トハ連絡トラナイ」
 天珠を手にしながらきっぱり言う。「彼女ノ進ム道ヲ、マダ邪魔スベキデハナイ」

 川田に威嚇されても、露泥無は意見を変えなかった。




次回「圧倒的式神」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み