八の一 眠れる連中

文字数 2,842文字

「僕が口を挟んでいいならば――」
「やかんは黙れ。考えるのは哲人の脳みそに任せて私は休む。雅、来い」
「私もちょっと寝よう。台輔おいで」

 思玲は雅を枕に眠る。大蔵司は台輔の尾ひれをハンモックみたいに寝る。川田はまた走っている。ドーンは遊具の手すりで起きている。
 人に見えない俺は、ブランコを揺らしながら考える。考えようとするけど……夏奈の記憶を蘇らせる手段が俺にもシークレットならば考えようがない。
 それでも考えろ。

 どん底のままの五人。帳尻合わせの幸運が降るのを待つだけなんて愚か。
 でも、ばらばらになるのは下策。以上。

 みんなが本来の自分に戻るために考えられるのは、琥珀がネットで調べた(この時点で危ういが)影添大社宮司の告刀。上海の秘宝(細かいことまで書いてないらしい)。それと龍の肝。
 それを得るために俺達こそ動かないとならない。攻めないとならないけど……誰に?
 貪だ。あいつを倒して、まず俺が毒見する。問題なさげならば、タフそうな川田で試す。続いてドーン、横根、夏奈……。龍の資質がさらに強まりそうだから彼女には食べさせない――閃いてしまった! 龍に並ぶ存在が俺をつけ狙っている。返り討ちにしてその肝を夏奈に……。

 うまくいかなければ、沈大姐にお願いして秘宝を借りる。人の目に見える人の姿になった川田を式神に欲しがらないだろう。貸してくれなかったら無理やり……奪えるはずがない。
 ならば告刀。宮司はこのビルに居住しているようだし、だめもとで頼んでみるか。術も使えぬ世襲魔道士らしいけど、じつは滅茶苦茶有能。金にならない俺達に隠してあるだけとか。そうでなければ香港魔道団が、麻卦の言葉に納得するはずがない……魔道団には無能を隠してあるだけかも。

 桜井夏奈を人のままでこっちの世界に引き込むのは愚論すぎる。夏奈はいまの夏奈のままでいる。俺を覚えていなくても、俺が見えなくても、その方が良いに決まっている。
 でも俺は夏奈が眠っているビルを見上げる。何階にいるのだろう? 朝になったら現れるのだろうか? ……死者の書にはなんて記されている?

「だすな」

 川田が背後にいた。さすが元手負いの獣。気配を隠し気配を察する。

「思っただけだよ。これは麻卦に返す」
「俺から渡す」
「……やっぱり人質として預かっておく」

 さきほどと似たやり取りを繰り返す。川田はバイクほどの速度でまた走りだす。「もっとゆっくり」と声かける。東京の空が青白くなりだした。

「朝になったよ」今度は大蔵司へ声かける。

「京ちゃんを起こすのヤバいですな」
 台輔が土の中から小声で返事する。
「社の朝は、春分から秋分までは五時半と決まってるな。きゅきゅきゅ」

「もうじきだろ」
 思玲が目覚めた。すくっと立ち公衆便所へ向かう。雅が中まで侍る。

「俺は眠くなった」
 川田が土の上で大の字になる。五時半までは放っておこう。

「朝は外にいたくないんだよな。ブトどもに見つかると縄張り荒らしと勘違いされる。群れに入れとスカウトされたこともあるし」
 ドーンが俺の頭に降りてくる。
「笛はあるよね」

「だそうか?」
「まだいい。……さっきの川田の話聞いたら、なんか怖くなってきた」

 笛の音が弱まったら、ドーンが異形に変わるのを阻止できないのかもしれない。いつまでもカラスのままのドーン。壊れた四玉の巣。消滅した赤い玉。楊偉天にしか作れないのかもしれない――。
 またもや天啓が届いた。違う。地の底から這いだした。儀式をするならば四玉が必要。デニーが何かのためにやろうとする儀式。そのための餌は。

「音は賑やかなままだよ。川田の聴覚だからだと思うけど、あとで露泥無に聞いてみよう」
 新たな箱を奪うため夏奈を餌にする閃きなど即座に捨てる。

「いま聞いてみるじゃん」
 ドーンが飛び、ベンチの上に置かれた黒いやかんの横に降りる。
「ハラペコ起きろ! 資源ゴミと間違えられるぞ」
 カンカン音をたててつつく。

「わあ!」
 やかんのふたが跳ねあがり、もとに戻る。
「ひどすぎる。闇になれない僕をいたわるどころか――」

 第六感あるものすべてがぞくりとした。肉食獣の気配。

「テメエラウルサイ!」
 大蔵司の声が園内に響く。「五時二十五分マデ寝カセロ」

 ドーンもハラペコも静まる。川田が半身を上げる。寝なおした大蔵司をにらみ、また寝転ぶ。

「そいつは私と互角以上だ。つまり怒らすなよ。――哲人、金を寄こせ。育ち盛りの体が食べ物を欲する」

 トイレから出てきた思玲が洗わない手を突きだしてくる。人に見えない狼を侍らせてコンビニへ向かう。彼女の汗臭さを心地よく感じてしまった。
 だとしても、きつめに伝える。

「琥珀と九郎をすぐに戻してほしい。俺達はかたまらないとならない」
「にらむな。すでに大蔵司に頼んである。……九郎を見ると、どうしても嫌がらせを命じたくなる」 

 浄財である一万円札を二枚渡す。思玲はパンツのポケットに無造作に突っこむ……。琥珀を遠ざけたいから九郎がとばっちりを受ける。そんな気がしてならない。

「ハラペコさあ、笛の音の件だけど」
「魔笛の力が落ちるはずない。すべては奏者の責任だ」
「カッ、あいかわらず使えねコメント」
 カラスとやかんが小声で会話を交わす。
 
 ***

 バイクや自転車がたまに通り過ぎる。いまは何時だろうか。妖怪だろうが時間が気にかかる。

「よく寝た」
 数十分熟睡した川田が起きあがる。「瑞希も起きた」

「おはよう」
 大蔵司もいきなり立ちあがる。あくびも伸びもせず「私はシャワーを浴びにいく。スーリンちゃんも行く?」

 つまり五時半になったのか。

「もちろんだし下着も借りたいが、こいつらは誰も連れていけないのか?」
 サンドイッチをお茶で飲み込みながら(コンビニでパンツも買っておけ)、思玲が俺達をあごで指す。

「当然」大蔵司がにっかり笑う。悪気ない笑み。

「ここに大和獣人を連れてきてくれ。なによりも僕をもとの姿に戻してほしい」
 俺の手にぶら下げられたやかんが言う。

「二人にすぐに身支度をさせてここに来させて。外で三人が待っていると伝えて」
 俺も頼む。

「異形になれなれしく話しかけられると倒したくなる」
 大蔵司は物騒なことを言うけど、
「私に権限ないが折坂さんに聞いてやる。昨夜の件も。たぶん宮司に会わせてもらえるかも……私だけ」
 それから思玲へと、
「着替えはたっぷり置いてあるけど、スーリンとサイズ合うかな? 私のが大きめだし……社内にいるのが安全だと思うけどね」

「どうだろうな。ちなみにバストは一年後にお前を追い越す」
 俺へと顔を向ける。レンズの向こうに黒目がちな瞳。
「決断しただろな?」

「台湾に夏奈まで向かう必要があるのですか?」
「背中を虫が歩くから敬語を混ぜるな。ある」
「本人の意志を確認しよう」
「そりゃそうだ」

 思玲がビルへ歩きだす。大蔵司がスマホをいじりながら隣へ並ぶ。異形六体だけが残される。人の目に見えないのは俺と雅と台輔。見えるのはカラスとやかんと川田。




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