十の三 リミッター付き魔道具
文字数 2,044文字
「あの犬が来るの?」ドロシーが息をのむ。
「主が教えてくれました。鷹笛は木霊には消せません」
灰風が足を引きずり向きを変える。
「八千男がでくわしたようですが、あいつでは勝てない。いまの私でも」
ドロシーが首を横に振り、リュックに手を突っこむ。重たげに細長いものを取りだす……。
マジかよ! 自動小銃、いや短機関銃だ(弟のうんちくを聞かされてちょっと詳しい)。なんで、その大きさがリュックに入る? そもそもこの世界にそれは反則だろ。
「手負いの獣は子犬だ! ……若い柴犬だ! それに人間だ! 俺の仲間だ!」
叫ぶに決まっている。あんなものでリクトを撃たれてたまるか。俺はドロシーの前に立ちふさがる。
「だから?」
ドロシーが銃口を夜空に向ける。唇を舌で舐める。
「灯 」
彼女が指に力を入れる。軽快な掃射音が林に響きわたる。上空でいくつもの光がさく裂して林が昼間となる。いまのは照明弾……。いや、人の目に見えぬ光だ。術の光だ。
「これは私のリミッター。制御された魔道具」
ドロシーが銃をカシャカシャさせながら言う。
「MP5をカスタマイズした。へっ、実弾じゃないから薬きょうはでない。反動もほとんどない」
サブマシンガンを持つ彼女の顔に、アグレッシヴな笑みがひろがる。中空は煌々と輝く。
「リクトを撃つつもりか」
そのために手にしたと気づいてはいる。リクトは夜になると怖いと、さんざん思玲におどされてもいる。しかも、もはや子犬でなくなっている。
「ならば、俺はお前と戦う」
それでも本気で告げる。ドロシーが俺に銃口を向ける。
「君では勝てないよ」彼女は紅色の唇を舐める。「殺 」
指に力を込める刹那、彼女は灰色の壁にふわりと飛ばされる――。風圧だけで杉の幹にぶつけられる。
「申し訳ございません。だが、あなたを守るためです」
灰風が彼女を見おろす。
「それに私は松本哲人にまだ呼ばれている。こいつも助けないとならない」
呼ばれた? フサフサも言っていたよな。座敷わらしの助けを求める力のことか? ……横たわるドロシーにかまわず、灰風は俺を見つめる。
「かといって、いまの私にできることは教えるぐらい。――八匹のハイエナは昼間の戦いで三匹やられ残りは寝返った。私達は空で大鴉にかなわず、そして人の姿をした鴉と犬に敗れ地に落ちた」
それは峻計とツチカベ。
「そ、そいつらはどこ?」
「それは伝えちゃダメ!」
ドロシーが立ちあがる。上空の光はなおもくっきりと彼女を照らす。
「ここからは、あなたと我が主が生き延びる可能性のために、こいつに伝えます」
灰風はなおも語る。
「あのおぞましい魔物どもは、麓にくだり魔道団の本隊と戦っている。ケビンさんもそちらに向かったが、深夜にあの九人だけで勝てるとは思えない」
……香港から魔道士は若手を含めて十人以上がこの地に来ているのか。それでも楊偉天の配下に勝てないというのか?
「負けるなどあり得ない! ならば私は加勢する!」
ドロシーが機関銃を肩にかける。俺へとリュックを投げる。……俺に託すのか。
「やめてください」
「行くな!」
灰風と俺。ふたつの異形の声が重なる。
「俺が護符を手にしてからだ」俺だけが続ける。「そしたら一緒に行く」
祈りのお礼だ。それがみんなを守ることにもつながる。彼女が俺を見つめる――。気配を感じた。
「ドロシー、生きていたんだ」
左肩を手で押さえたシノがいた。「扇を食いちぎられた。腕も……」
倒れこむシノを、地面から伸びた赤い腕が受けとめる。
「ドロシー様。私は腕を三本も食い散らかされました。奴にかないません」
大タコの声が地面から聞こえる。
「裏切り者のハイエナ達は雅が抑えています。その間に、シノ様をケビン様達のもとへお連れしてください。……灰風は一羽だけになるのを望みます」
のんびり喋るな。気配はお前をつけ狙っているだろ。……もうそこまで来ている。こいつへとよだれを垂らして。
ハッ、ハッ、ハッ、
狩りへの喜びに満ちたリクトの呼吸音が近づく。俺は無意識に後ろポケットを探る。なにもあるはずない。
「八は地面から顔をだすな!」
俺は土蛸に命じて「ドロシーはシノを守れ。灰風は……、いざとなったら二人を乗せて死ぬ気で飛べ!」
香港から来た異形や魔導士が、指図を始めた俺を呆気に見る。
「私は斑風やあの子とちがい、人を乗せて飛べるほど器用でない」
灰風だけが答える。
「そもそも我が主以外の人は私達に触れることは――、ガアアアア!」
灰風の悲鳴が地響きと化す。大タカが羽根をばたつかせ、風圧にドロシーがよろめく。浮かぶ俺も流される。黒い犬が大タカの喉に牙を食いこませていた。
次回「魔犬」
※追っていただいている方だけにお知らせ。短編集『女魔道士の正義』を本日より公開します。まずは3作品計9話を三日に分けて。思玲が主人公だけどちょっとダーク。
https://novel.daysneo.com/works/79ab4db98279d21791f6f458713133c2.html
「主が教えてくれました。鷹笛は木霊には消せません」
灰風が足を引きずり向きを変える。
「八千男がでくわしたようですが、あいつでは勝てない。いまの私でも」
ドロシーが首を横に振り、リュックに手を突っこむ。重たげに細長いものを取りだす……。
マジかよ! 自動小銃、いや短機関銃だ(弟のうんちくを聞かされてちょっと詳しい)。なんで、その大きさがリュックに入る? そもそもこの世界にそれは反則だろ。
「手負いの獣は子犬だ! ……若い柴犬だ! それに人間だ! 俺の仲間だ!」
叫ぶに決まっている。あんなものでリクトを撃たれてたまるか。俺はドロシーの前に立ちふさがる。
「だから?」
ドロシーが銃口を夜空に向ける。唇を舌で舐める。
「
彼女が指に力を入れる。軽快な掃射音が林に響きわたる。上空でいくつもの光がさく裂して林が昼間となる。いまのは照明弾……。いや、人の目に見えぬ光だ。術の光だ。
「これは私のリミッター。制御された魔道具」
ドロシーが銃をカシャカシャさせながら言う。
「MP5をカスタマイズした。へっ、実弾じゃないから薬きょうはでない。反動もほとんどない」
サブマシンガンを持つ彼女の顔に、アグレッシヴな笑みがひろがる。中空は煌々と輝く。
「リクトを撃つつもりか」
そのために手にしたと気づいてはいる。リクトは夜になると怖いと、さんざん思玲におどされてもいる。しかも、もはや子犬でなくなっている。
「ならば、俺はお前と戦う」
それでも本気で告げる。ドロシーが俺に銃口を向ける。
「君では勝てないよ」彼女は紅色の唇を舐める。「
指に力を込める刹那、彼女は灰色の壁にふわりと飛ばされる――。風圧だけで杉の幹にぶつけられる。
「申し訳ございません。だが、あなたを守るためです」
灰風が彼女を見おろす。
「それに私は松本哲人にまだ呼ばれている。こいつも助けないとならない」
呼ばれた? フサフサも言っていたよな。座敷わらしの助けを求める力のことか? ……横たわるドロシーにかまわず、灰風は俺を見つめる。
「かといって、いまの私にできることは教えるぐらい。――八匹のハイエナは昼間の戦いで三匹やられ残りは寝返った。私達は空で大鴉にかなわず、そして人の姿をした鴉と犬に敗れ地に落ちた」
それは峻計とツチカベ。
「そ、そいつらはどこ?」
「それは伝えちゃダメ!」
ドロシーが立ちあがる。上空の光はなおもくっきりと彼女を照らす。
「ここからは、あなたと我が主が生き延びる可能性のために、こいつに伝えます」
灰風はなおも語る。
「あのおぞましい魔物どもは、麓にくだり魔道団の本隊と戦っている。ケビンさんもそちらに向かったが、深夜にあの九人だけで勝てるとは思えない」
……香港から魔道士は若手を含めて十人以上がこの地に来ているのか。それでも楊偉天の配下に勝てないというのか?
「負けるなどあり得ない! ならば私は加勢する!」
ドロシーが機関銃を肩にかける。俺へとリュックを投げる。……俺に託すのか。
「やめてください」
「行くな!」
灰風と俺。ふたつの異形の声が重なる。
「俺が護符を手にしてからだ」俺だけが続ける。「そしたら一緒に行く」
祈りのお礼だ。それがみんなを守ることにもつながる。彼女が俺を見つめる――。気配を感じた。
「ドロシー、生きていたんだ」
左肩を手で押さえたシノがいた。「扇を食いちぎられた。腕も……」
倒れこむシノを、地面から伸びた赤い腕が受けとめる。
「ドロシー様。私は腕を三本も食い散らかされました。奴にかないません」
大タコの声が地面から聞こえる。
「裏切り者のハイエナ達は雅が抑えています。その間に、シノ様をケビン様達のもとへお連れしてください。……灰風は一羽だけになるのを望みます」
のんびり喋るな。気配はお前をつけ狙っているだろ。……もうそこまで来ている。こいつへとよだれを垂らして。
ハッ、ハッ、ハッ、
狩りへの喜びに満ちたリクトの呼吸音が近づく。俺は無意識に後ろポケットを探る。なにもあるはずない。
「八は地面から顔をだすな!」
俺は土蛸に命じて「ドロシーはシノを守れ。灰風は……、いざとなったら二人を乗せて死ぬ気で飛べ!」
香港から来た異形や魔導士が、指図を始めた俺を呆気に見る。
「私は斑風やあの子とちがい、人を乗せて飛べるほど器用でない」
灰風だけが答える。
「そもそも我が主以外の人は私達に触れることは――、ガアアアア!」
灰風の悲鳴が地響きと化す。大タカが羽根をばたつかせ、風圧にドロシーがよろめく。浮かぶ俺も流される。黒い犬が大タカの喉に牙を食いこませていた。
次回「魔犬」
※追っていただいている方だけにお知らせ。短編集『女魔道士の正義』を本日より公開します。まずは3作品計9話を三日に分けて。思玲が主人公だけどちょっとダーク。
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