十の二 分かち合った光

文字数 2,934文字


「四玉をだしたら、桜井は青龍になるかもしれない」
 安堵に浸らずきっぱり断る。木札をしまい、箱の両脇をしっかり握る。

「私が龍になる? ……あのお爺さんが言っていたな。あの声が私の中に入ってきたんだ。悔しい。許せない」
 小鳥がうつむく。すぐに顔をあげる。
「もう大丈夫。あんな人間の言いなりにならない。青い玉をもう一度見たいだけ」

 四玉を求めること自体が、まだ操られている証拠じゃないか。駄目だよと再度告げる。

「見るだけ。松本君お願い」

 小鳥が顔の前に浮かぶ。四頭身ぐらいのずんぐりした体形がかわいらしいが、羽ばたいていないじゃないか。……伝説上の龍も羽根がないのに空を飛べる(俺もだけど)。

「思玲を待ってよ。川田とドーンを連れて来るから」
「思玲って誰? 川田君と和戸君は人間のままなの?」

 彼女はなにも知らない。なにから話せばいいのか。甲高い鳴き声まじりで騒ぐから耳が痛い。

「コザクラインコ、だよね」
 横根がぽつりと言う。
「上のお姉ちゃんがアパートで飼っているのと同じだよ。全部青色だから、マメルリハを大きくしたみたい」

「私が?」
 桜井がせわしく横根のもとへ飛ぶ。その隙に箱を服に放りこむ。
「瑞希ちゃんがアップしてた奴だ。もしかして私かわいい? でも指を噛んでる動画なかった? ははは」

 桜井から緊迫感も緊張感も伝わらない。人のときから性格は少々微妙だった(それすらかわいかった)。

「えっ? す、すごく慣れるよ。ただちょっと凶暴……」

 横根が目をそらしながら言う。猫が小鳥に遠慮している。彼女は桜井の勢いに押されがちだった。ひと悶着あったときも、無理やり仲直りさせられた。

「虫とか食べるの?」
「ち、違うよ。シードだけだよ」
「桜井は今までどこにいたの?」

 俺は横根に助け舟をだす。小鳥が俺を見上げる。小さな目に悪戯っぽい笑みが浮かぶ。

「青い光に飛ばされて、気づいたら東京ドームの上にいたんだ。そして、なんとコザクラインコちゃんになってたわけ!」
 俺達の反応を見わたして、満足したように話を続ける。
「夢だと思うよね? だからスカイツリーの一番上とか、例のあそこのアトラクションにただで何度も乗ったりして、そりゃすごく楽しかった、ははは。ミッキーの肩にとまったら大勢が写真を撮っていたし。でもだんだんと不安になって、ヤバ、これは現実だと感づいた」
 小鳥がうなだれる。
「みんなのことを思いだした。青い玉のことも。スマホなんかどうでもいいけど、みんなだけは探さなきゃ。……みんなに謝るために戻ってきた。これって私のせいだよね。本当にごめんなさい」
 頭をさげる。すぐに上げる。俺へとまた浮かぶ。
「でも箱は開けよって、なんで隠すわけ?」
 俺にへばりつく。いてっ、噛みつきやがった。
「ここにあるのだろ!」

 服にもぐろうとする。小鳥の姿が消え、桜井の人としての魂とじかに触れあう。

 *

「あっ、本物の松本君だ」
 本物の桜井の声がした。目があうと、人間の桜井がみるみる目に涙を浮かべる。俺の胸へと飛びこんでくる。
「ここだとセーフだ。操られない」

 彼女はお互いが全裸など気にしない。座敷わらしなんかではない本物の俺は、ぎこちなく彼女を受けとめる。

「あのお爺さんに心の中に入られた。私の中で笑い声をあげられた」
 彼女の声も受けとめる。髪の香りを感じる。
「操られてると分かっていても、どうにもならなかった。受けいれるしかできなかった」

 桜井は必ず守る。妖怪ではない俺が心に強く決める。

「龍になんかなるなよ」

 遠慮がちに手をまわしたまま心から願う。彼女はさらに頭をもたれる。泣き笑いの顔で俺を見上げる。

「当然だし。青い光をすべてかき集めろと、さっきまで操られていた。でも、そのおかげでここに来られた。ここに来て、これまでに起きたことをみんな知った。松本君がどれだけ頑張っていたかも、松本君がどれだけ私を思っていたのかも」

 桜井の身に起きたことは、俺にはなにも伝わらない。

「それは、私のがたくさん青い光を浴びたからだと思う」
 桜井は俺が思うことさえ感じとる。
「松本君には、青い光はちょっとしか入っていない」

 ……だからか。横根とは人としての魂しか感じられなかった。俺と桜井は青龍の光を共有するから、これほどまでに同調するのか。
 それだけじゃないよね?

「もうあの玉に近寄らない」
 俺の問いかけをスルーして「みんなで帰る。そのためなら戦うべきだよね」

 桜井は強い顔になり俺からでていく。
 あの爆発で俺にも青龍の光が入った。だから桜井と心が調和できた。俺の思いが旋律を奏で、桜井がこたえて、彼女に入りこんだ不協和音は消滅した。
 楊偉天め、ざまをみろ。

 *

「大丈夫? 目がうつろだったよ」
 白猫が心配そうに覗きこんでいた。

「そんなだったの? 松本君と私の心が重なっちゃって、ごめんね」
 透明な膝の上で小鳥が鳴く。

「そ、それって、どういう意味なの?」
「青龍の光を私が9.9受けて、松本君が0.1だけ受けていた」

「わけ分かんないよ」
 白猫が俺の目を見る。
「夏奈ちゃんは、たまに言っていることが不思議だよね。私のがずっと長く服の中にいたし、人間の松本君に寄り添っていた」

「知っているよ」
 桜井は間髪を入れない。
「松本君の心はみんな伝わったから。瑞希ちゃんがすごく頑張っていたのを、松本君は感激していた」

 俺は感動なんかしていない。もっと強い感情を、あのとき横根に抱いた。

「……やっぱりだね」
 白猫の丹念にブラッシングされたような毛並みは一連の出来事で見る影もない。
「でもそんなのなくても、互いに意識しているのが人間のときからみえみえだったよ。二人とも人に戻るのが楽しみだね」

「それは」と桜井がくちばしを開きかけるけど、

「思玲達遅いな。ちょっと見にいくよ」
 白猫が枝から飛びおりる。アスファルトに軽やかに着地する。

「一人で行くな」

 俺も飛びおりようとして躊躇する。浮かべることを思いだして、ふわふわと追いかける。俺は幼児みたいな妖怪変化だったと再認識しながら。

「松本君、のろいね」
 俺に張りつき小鳥が笑う。

 ***

 正門方面へと横根を追う。彼女は女子高生の幽霊と向きあっていた。

「小猫ちゃん、一緒にいようね」

 幽霊が蒼白な顔で笑う。こいつらは執着し続ける。おそらく消えるまで。
 俺は木札を取りだし路上近くに降りる。

「うわっ、あれが幽霊? ヤバくね?」
 桜井が肩によじ登る。「人間だったときは霊感なかったから初めて見た」

 インコが俺から離れ、すいすいと宙を進む。気張っている横根のもとまで行く。

「小鳥だ……」

 女子高生が桜井を見つめる。俺達に背を向けるなり消え去る。
 桜井は怨霊が逃げていく存在だと知る。

「なんだよ。もっと見たかったのに」
 白猫の上に浮かんだ小鳥が言う。
「だって松本君のお札があれば、あんなの平気だよね?」

「そうだね」
 横根はまた歩きだそうとして振り返る。「なんで知っているの? 夏奈ちゃんはいなかったのに」

「だからあ、松本君と心が通じあったから、起きたことはみんな知っている」
 桜井は続ける。
「私達に時間がないことだって覚悟している」

 車が静かに通り過ぎる。ヘッドライトは俺達を照らさない。




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