神輿を担ぐものども

文字数 4,374文字

 私と組みたい? そんな言葉は信じない。

(かた)るな。ゼ・カン・ユの手先か?」

 顔をすっぽりと隠した峻計がにらむ。思玲からではない。あいつはこんな邪悪と親しまない。追いつめられた藤川匠ならあり得る。フォリアム・ロータスにさえすがりそうだ。

「ううん。私は自分の考えでここに来た。なぜならばね、



 いきなり大人の声で告げるので、峻計でもひるんでしまう。

「強き魂の死を待ち望む魄か。だが王思玲こそ死に焦がれている」
「知っている。でも私はあなたと組みたい。力になりたい」
「人に戻りたいなら藤川匠のもとへ行け」

 峻計は顔をそらす。
 私はもう誰にも頼らない。その結果殺されてもいい。思玲か松本を道連れにできれば。……飛び蛇も恨めしい。だが逃げ足も超一流。藤川匠でさえ仕留められなかった。巨大化でもしない限り、殺すのは至難だ。私は松本哲人ではない。

「あの方のもとへ向かうに決まっている。でも従うためでない。へへっ」

 小馬鹿にした笑い声に、峻計は手に楊聡民の杖をだす。狭い洞窟で、それを掲げる。

「魄を相手に無理だわ。それにじき満月。私を怒らすべきでない」
 また大人の声になる。

「中身も器もすれたものが私を愚弄するか。私こそじきに本来の力を見せられる」

 大鴉は満月系。その凶暴な力と新月系の邪な力を見せつけてやる。……魂と魄以外も感じる。中身がかすかにある。
 下品な奴め、何かの体を(むさぼ)ったな。私も焔暁を頂戴したが同意の上だ。

「峻計さん。たしかに私は弱い。でも器があったら、さらに従える魂があれば、私はふたつの魂を持つことになる。あなたぐらい強くなれる」
「ひとつの体にか? 貴様はそれができるのか?」
「うん。その力になってほしい。ただとは言わない」

 人々の絶望を喰らい、また肥えられる。

 鴉である狡猾な脳裏に、夢魔である醜悪な欲望が浮かんだ。
 こいつは充分強い。強い異形を食べたからだ。同じように私もまた肥大できる。

「それはどこにある?」
「魂は藤川匠が持っている。私ぐらい幼い女の子。儀式の犠牲になった子」

 ……竹林のこと。

「私の一部としてよみがえる。あなたを姉のように母のように慕う。だから私はあなたのもとに来た。あなたがいれば、あの子は私を受け入れてくれる」

 そして藤川匠の力を奪う。一箭双雕か。

「無理だ。勝てるはずない」
 勝ち目ないから私は逃げだした。あの子を取り返すこともできず。

「鹬蚌相争を狙う」
 魄が指を二本立て「漁夫は私達」
 どちらも畳む。

 藤川と松本の戦い。いずれが勝つにしても満身創痍だろう。そこを襲うのか。……私はそうして法董を倒した。回復力が凄まじく倒せなかったにしろ、龍に乗る松本も落とした。

「もうひとつはもっと可能性があるよ。黄品雨の魂の乗り物には、夏梓群の魄を使う」

 たしかにあの娘は心が弱い。本来なら私の最大の獲物だ。だが結界を見抜く。俊敏に漆黒の螺旋を避けた。さらには激烈な術を操る。即断かつ独断ゆえ予測不能を仕掛けてくる。なにより松本哲人が隣にいれば、その心は鋼となる。
 倒せる可能性は皆無。

「愚弄するな」
 峻計は杖をおろす。黒色の光が女の子を包む。

「これくらいの攻撃は避けれる。魄だから」
 女の子の声が背後からした。
「契約をすれば、あなたをどこにでも運べる。魄だから」

 ……知恵ある乗り物。それだけでも使えるな。裏切られる前に裏切ればいいだけ。私より下種な存在に、竹林の魂を譲るはずない。まだ藤川匠に囚われ続けるほうがましだ。

「貴様の名前は?」

 私より邪悪な存在が私の前に現れる。
「人であった名は榊冬華。聞き覚えある?」

「いや。いままで何をしていた」
「ずっと潜んでいた。二つの世界が傾きだしたから、動きだした。
松本哲人の強い魂……。あいつは死に近づいては遠ざかる。間近まで近寄っては逃げていく。とても付き合いきれない。それに、松本には無駄死にしてほしくない。もっと強くて死に近いもののため死んでほしい」

「夏梓群のことだな。あいつは最初から死んでいるようなものだ……。私に松本を思玲とともに殺させない。そのためにも来たのか?」

 なんのために? ……夏梓群を殺すためだ。目覚めたならば、松本が身を挺する以外に誰も倒せない。……違うな。松本に魔女を守らせるためだ。ゼ・カン・ユと赤き龍から。

「まさに一箭双雕だな」
 うまくいくとは思えないが。

「ふふ、あなたなら気づけるよね。……ついさっき龍を喰らう機会があった。でも影添大社の獣人に拒まれた。弱ったから腹いせをしておいた」

「大和獣人に関わったのか」
 嘘でなければ、こいつはたいした奴だ。消滅を恐れぬほどの執念を持つ。
「なぜ夏梓群を欲する?」

「あの子も花咲き誇る夏だから」
 少女が切り裂かれた私より醜悪な面になる。
「あの子の本来が私だから。フロレ・エスタスから奪いかえす」

 私の本来の姿はなんだろう。鴉だろうか、夢魔だろうか、生贄になった女だろうか。
 悪霊め、そんな存在になりたいのか。人の世で怨念を晴らすために、人の姿を取り戻そうというのか。

「気が合いそうだな。手を組もう」
 峻計が杖を手から消す。
「教えておく。思玲との対決で、この国の軍隊を使う予定だ。すでに用意してあるが、まずは尖兵を見せしめに殺す。……ふふ、予想通りに穴熊は仲間を連れてきた。それを口実に原発を破壊するつもりだったが、今夜は不要みたいね」

「へへ、怖い。だから私はあなたを選んだ」
 女の子があどけなく笑う。「それとね、松本哲人は私を傷つけられない。折坂みたいに弱い心」

 ***

“この森は落ち着かない。はやくここから出しておくれ。焼き尽くしたい”

“人になりたいなんて、弱くて賢い異形にありがちな欲望。ようやくつけこめるはずだった。あの燕が来なければ、今ごろは国をひとつぐらい滅ぼしていたのに”

“世界が傾いている。じきに私は解放される。そしたら、醜悪になった人の世界を更地にしてやろう。私がじきじきに力を見せてもいいし、いまの世の権力者に取り入ってもいい。人の大好きな戦争をたっぷり仕掛けてやろう”

“どうせなら強い人間がいい。私を従えると勘違いする男がいい。悪のためでなく、正義に燃える者なら最高。そいつはすぐにやってくる”

「幾重にも強力な術で封じられている。よほどお前は恐れられていたな」

“勘違いが来た。自分のせいで世界が滅んだと、あの世で悔やむ男”

「僕はお前に望みをかけない。僕に従うかどうかだけだ」

――願掛けもなく、わらわを解放できるか。その力を見せてみよ

“人の世に重さがなくなったから、これくらい言って盛り上げてやる。お前から怯えを感じるしね”

「計るのは僕だよ。この剣でね」

“その剣は……。懐かしいが、所有者はお前でないのでは?”

「……認めるよ。だが、その余裕はじきになくなるかもな」

――どういう意味だ

「目覚める直前の魔女。そいつをたぶらかす男。僕とフロレ・エスタスとお前がいれば、その二人が組んでも対抗できる」

“私を倒せるものがいるとでも? そいつらにこそ怯えているのか? ……早く解放しろ。勿体ぶらずに私にすがりな”

「邪悪な声が漏れてるぞ」
 藤川匠が木の洞から九尾狐の珠を取りだす。その手に隠す。
「龍を復活させる儀式をしてからだ。本物の虎を使って」

 ***

「老大大じきじきに監視か。私も出世した」
「ひゃひゃ。梁勲、私は加減しないよ。奴らを解こうとした瞬間、九十七歳の婆さんに殺される」
「……榊冬華を思いだした」
「だったらじっとしていろ」
「あんた一人で不夜会を壊滅できた」
「喜ぶのは悪しき魔物だけだ、ひゃひゃふがふ……小娘だった沈桂栄に返り討ちされただろね」
「孫が心配だ。あの子は弱いくせに無茶する」
「弱いから無謀をする。強ければ無理する必要ない」
「孫は人でないかもしれない。美人すぎる。聡明すぎる」
「そう思うのは、じいじだけさ。若い私のがきれいだった」
「断じてない。……孫は人ではないかもしれない」
「梓群は心やさしい人間だ」
「あの子がしでかしたのは、すべて満月の夜だった。人ではないかもしれない」
「偶然だよ。なんであれ今夜は若い奴らに任せとけ」
「龍。魔導師。すべてを孫が倒す。そして孫は人でなくなる」
「そしたらあんたの出番だ。上海が持つ賢者の石。あれはまだ空っぽだ。あの強烈な珠を借りて封じてやれ。夏梓群が人でなければな」
「そいつは誰だ? ……頭痛だ。横にならせてもらう」
「やれやれ。また人でなくなったかい」

 ***

「人の魂よ。お前は何故ここへいる」
 折坂は男の霊に問う。「天を目指すべきだ」

 自分を助けたものへと感謝の代わりに告げる。この男の強い魂を、白虎は弱きものととらえたようだ。ゆえに白虎の目に見えず、私を匿えた。

「我が娘のためにいる」

「なんのためにだ」
 冥界の闇で折坂は再び問う。

「ともに異形と化した楊聡民が終われた。その子と会い、さ迷っていた王秀宏も終われた」
 男の霊が虚ろな目で折坂を見る。
「もう一人いる。その子を助けてほしい。名は王思玲」

「私はその娘を知っている。だからお前と会えたのだな」
 折坂は悔恨が染みついた霊に背を向ける。
「助けたければ自分でしろ。私は宮司に従える身。因果は背負わない」

「私を食えば力が戻り傷に耐えられる。守りたいものの力になれる。代わりに王思玲も守ってくれ」
「お前を喰わずとも、助けは必ず来る。無音様のために私は消滅しない」

「強いお前がすがる者は?」
「ドロシーと呼ばれる娘。それと、その従者だ」

 白虎と女の子の姿をした魄に、体をむさぼりかけられた折坂が告げる。……戻ったなら、満月に照らされよう。狂気と殺意ともに体はあらたに育まれる。

 そして今夜だけは影添大社のためでなく戦う。あの麗しき方の敵を残らず八つ裂きにしてやろう。なのに叶わない。満月のもとの私は、無音様さえも忘れてしまうのだから。
 強いあの人こそを殺したい欲望にとらわれてしまう。

 それでも私は龍を殺すべきか。あの方の悲しみを終わらせられる。惑わす男こそ殺すべきだ。あの方の純潔のために。
 なにもなき闇に潜めば確信できた。あの方は照らす鳳凰だ。善悪わからぬままの雛だ。死ぬことが赦されぬ悲しき聖鳥だとしても、誰も冒してはいけない存在だ。

「私はここで玲玲を待つ。永遠に」

 この男は強者だ。見習おう。

「時間はかからないかもな。お互いに」
 私も冥界に飲みこまれない。ここから立ち去ろう。

 折坂は思いなおす。化せば(おおとり)といえども所詮は人だ。何度よみがえろうと、やがては老いて死ぬさだめ。ならば影添大社だけを思え。それを害するものを成敗しろ。そのためには月を浴びようが正気を保て。
 至難ならば頼れ。鳳凰の化身に。その眷属となり得た男に。




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