第240話 深夜の訪問者

文字数 1,255文字

とにかくお母さんにはソファに座って貰い彼に「お母さんがお越しです」とメールを入れたけど、もちろん返信はない。

「すいません本当はお茶でもお出ししたいんですけど、自分の家じゃないのでどうしていいかわからなくて」

彼はお母さんのことをよく思っていない、お母さんに言われていたことや、子供の頃の勉強漬け生活のことをよく嘆いているけれど、第一印象ではそんなに悪そうな人に見えない、ニコニコとした優しそうなお母さんだ。

お母さんは私に笑いかけた。
「いいんですよ、あきさんは重明とお付き合いなされてるんですよね?」

「あっ、はいそうです。お付き合いさせて頂いています。重明さんは今日は九時半頃には帰ってくると言っていたんですが、まだ帰ってこないかな」

突然のお母さんとの遭遇に激しく動揺していた。現在午後八時半、帰宅予定時間まで一時間もある。何とか会話を繋がなくてはならない。

お母さんは上品に微笑むと「亜紀さんはおいくつになられるの?」と尋ねた。「あっ、35で5月で36になります」と余計なことまで伝えたら何だか複雑そうな顔をされた。

そりゃそうだ、自慢の息子には20代の恋人がいて欲しいだろう。
「ご職業は何をされてるのかしら?」
「仕事は小学校の教員をしています」

幾分か顔が緩んだのがわかった。

年配の方には受けはいい、けれど私にあるのはこれだけしかない。後は家柄も年齢もダメダメだ。

お母さんは矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。
「お近くにお住まいなの?」「今は長野に住んでいます、といっても勤務先は群馬県なんですけど」
「長野?!それはご家族でお住まいなの?」「いや一人暮らしです」
「じゃあお父様は今何をされてるのる?」

一番聞かれたくなかったことだ。
「この間亡くなりまして」「あらそうなの、じゃあお母様は?」「母は私が二十歳の時に亡くなってるんです。もう家族は弟ぐらいしかいなくて」

そう言い終わるか否やお母さんの顔が歪んだ気がした。そりゃあそう思うよな、ドラマではこういう上級国民の人達は血筋を何よりも大切にしている。

ご先祖様に自慢できる人がいなかったか思い出そうとしたが、江戸時代からの生粋の農民だとじいちゃんが自慢気に語っていたことを思い出した。お母さんの家系も生粋の農民だ。

お手伝いさんが二人もいるようなご家庭の奥さんからしたら、両親が亡くなっている35歳の女なんか願い下げた。
妙に冷静に納得する自分がいる。


お母さんの携帯が鳴った。「ちょっと失礼するわね」お母さんがそう言うとリビングから出て行った。

彼はいいお家のお坊ちゃんで、お兄さんは大学教授、お姉さんは都議会議員で結構大きな上場企業の社長夫人だと聞いたことがある。

あの表情からして気に入られてないんだろうな。大きな溜息がでた。電話が終わったようでお母さんが部屋に戻ってきた。「ごめんなさいね、重明の兄から電話だったの」

「お兄さんですか…」

大切な弟の恋人はどんな人間だったのか探りの電話だろう、どこからどう考えても私はこの一族に気に入られないんだろうな。

心の中で大きな溜息をついた。
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