第289話 バレンタインデー

文字数 1,462文字

大人も子供もみんなが奥さんに注目している。奥さんは丸山さんにグイグイと近寄った。

「丸山さん、聞いて下さい!」「……はい」

そして彼女は急に私を指差した。「あの女の本性教えてあげます!あの女!うちの主人と何回か二人で会ってたんですよ!」

その場が鎮まり返った、子供達でさえ空気を読んで誰も口を開かない。

それ、斉藤君が奥さんと出会う前の話だし、村の誰にも知られたくなかったことなのに。

丸山さんが困った顔で言った。

「でもそれ、ご主人とあなたが出会う前のことですよね?」
「そうです、でも二人で夜コソコソと会ってたんですよ!」

彼女の絶叫は廊下にまで響いた。

「そんなの誰も悪くないですよね。こんな場所でそんな事話したらご主人困るんじゃないですか?なぁレタスん?」

彼がそう言ってレタスんの肩を叩いたけれど、レタスんは硬直したまま立ち尽くしていた。

ヒロ君が突然喋り出した。
「それ知ってる!先生が村の為に斎藤さんを諦めたんだよね!」

目眩がして椅子に座り込み机に肘をついた。

知ってたんかい!

子供達が口々に「有名な話だよ!」と言い出した。

……有名な話なんだ

斎藤君の奥さんと私はまさかの展開に唖然と立ち尽くしている。どうやら誰にも知られていないと思っていたのは私と奥さんだけだったらしい。

ヒロくんがとどめを刺してきた。

「姉ちゃんが許されない恋っていう題名で先生と斉藤さんの漫画描いてた」

おませな女の子達が叫んだ。
「それ見たことある、面白かったよ」「泣けるよ」

私はあの頃、ヒロくんのお姉ちゃんである紗理奈ちゃんを担任していた、紗里奈ちゃんはそういえば漫画を描くのが得意だった。

ヒロ君の次に調子乗りの翔君が意気揚々と話し始めた。

「だからお母さんとお父さんが先生が可哀想すぎるから誰かと結婚させようって結婚相談所のチラシくれるんだよね」

大量の結婚相談所のちらしは、どうやらお家の方が主導していたらしい。

でも最近ちらし持ってきてないな、
なんでだろうな、ははは。


すると廊下からいつもの馬鹿笑いが聞こえた、
真美先生だ。

「あはははっ!あはははっ!亜紀先生可哀想!絶対他の人にバレてないと思ってた事、村人みんなにバレてることようやく気がついたんですか?」

真美先生も知っていて敢えて言わなかったらしい。

「しかも今の彼氏も巻き添えくってるし!あはははっ!亜紀先生可哀想あはははっ!」

真美先生はそう言って丸山さんを指さした。

そして皆が今度は丸山さんを見た。

すると何故か彼も私を指差して真美先生の笑い方を真似し出した。

「あはははっ、こんな事になって亜紀先生可哀想。そっとしておいて貰いたかった事全部言われてる。可哀想、あはははっ」

真美先生と彼の笑い声が教室に響く。

奥さんが泣き叫んだ。
「でもこの女が今でも主人を好きで、たぶらかし続けるから」

彼は急に笑うのを止めると私に話を振った。
「亜紀先生は未練があるの?」
「ない、一切ない」

そう答えると奥さんは「何でないのよ!」と泣き崩れてしまった。

思わず「私を巻き込むのは止めて下さい、迷惑です」と叫ぶと奥さんは余計に泣き叫んだ。

「怖い、このおばさん怖い!丸山さんはこの女の何が良くて付き合ってるの!」

それ今ここで聞く?

彼は「亜紀のどこがいいかって言われたら、俺は全部って答えるよ」と平然と答えた。

子供達が「キャー」「亜紀だって、先生のこと呼び捨てにしてる」と騒ぎ出した、

真美先生がまた笑い出した。
「あはははっ、亜紀先生、普段こんなキャラじゃないのにこんなに目立って可哀想」

周りの大人は憐れみの視線を私に向けていた。

これ、もう立ち直れない
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