第339話 四月の風

文字数 2,057文字

四月の第三週に入り、半袖じゃないと日中暑くて過ごせない日が多くなってきている。

校庭の桜はいつの間にか葉桜となった。


美子ちゃんが里帰り出産から帰ってきたので、今日は智の家で赤ちゃんのお披露目会が開催されている。

名前は勇と書いてイサムと名付けたそうだ。

やっさんが「この字なら智にも書けるな」と呟いた。

久しぶりに会う自称恋愛マスターのさっすんが「自分の子って数段可愛いだろ?美子ちゃんに似て良かったな」と智の背中を叩いた。

健はもう少しで放送が始まる深夜ドラマの撮影が忙しくて来られなかった。

その代わりではないけれど、毎日私の部屋に入り浸っていたやっさんと智の涙ぐましい努力により、さくらちゃんがこの場にいた。

確かに仲良くなったかもしれないけれど、さくらちゃんはやっさんのことをこれっぽっちも意識していない。

でもやっさんは楽しそうにしているからそれでいいのだろう。


智は一ヶ月半前の父親になりたくなくて逃げ出したあの騒動をすっかり忘れて自慢気に勇を抱っこしている。

美子ちゃんが台所からお茶とお菓子を持ってきてくれたので「何でもやるから言って」と声をかけると「お姉さん大丈夫」と明るく返された。

私もそうだけど台所に勝手に入られるのが嫌な人もいるから、親切の押し売りはしないようにしている。

「一ヶ月半ぶりに会ったけど凄く大きくなったね」

「お姉さんその節は色々ありがとう」

美子ちゃんはそう言って頭を下げた。

一ヶ月半前は私の隣にあの人がいた。

けれども今はいないし、みんな気を遣ってあの人の話は一切出さない。

それでいいのだ。

少しずつだけどあの人を思い出す時間が減ってきている。

いつかこのやり場のない、どうしようもない気持ちも消えるだろう。



「美子ちゃん、もっとご実家でゆっくりしてくれれば良かったのに、赤ちゃんの世話って大変でしょ?」

「そうなんだけど、ねぇ」
美子ちゃんはそう言って智を見た、あいつは相変わらずヘラヘラしている。

「お姉さん正直に答えて、私が里帰りしている間に智に何万円貸した?」

おそらく十万円ぐらい貸しているが、これを言うと智のビックハート通いがバレて、産後まもない美子ちゃんに多大なストレスを与えてしまう。

「ううん、貸してないよ」

そう嘘をついた。

ところが智の馬鹿がこう言った。

「姉ちゃん頼むよ、絶対に言わないでくれよ」

「お前どこまで馬鹿なんだよ!」

やっさんとさっすんがそう言って怒り、さくらちゃんが無邪気に笑った。

美子ちゃんは全てを悟ったようで「小遣いから全額返済させるから」と智を睨んだ。

本当にこんな弟でごめんなさい。



長居しても悪いので、早々に引き上げマンションに戻ってくると、さくらちゃんとお互いの部屋の冷蔵庫にある残り物を持ち寄り鍋をした。

春の鍋もまた風流だ。

気づけば弟達よりも若いさくらちゃんが遊び相手になっているこの恐怖。

早く結婚しなければならない。

けれど、なかなか次の人を探そうと思えない。思ったよりも傷は深い。



その翌日の月曜日、この小学校に来て最初の事件が起こった。

職員室の電話が鳴り教頭先生が出た。またどこかの親からクレームかと思っていたら、教頭先生が血相を変えて校長室に飛び込んでいった。

何事かと思うとその十分後「塚田先生、山浦先生、内田先生ちょっと」と校長室に呼ばれ
校長先生から衝撃の内容を告げられた。

「塚田先生のクラスの川西誠子さんが援助交際をして今警察署で事情を聞かれているみたいなんだけれど」

家にはどれだけ連絡しても誰もいないので、お巡りさんと一緒に今から取り敢えず学校に来るらしい。

学校から何とかご両親に連絡を取ってね、後はよろしくパターンだ。

塚田君が去年の担任から聞いた分には、父親と母親と三人で暮らしているが、両親は好き勝手やってお金だけを家に置いていくようだ。

人恋しくなってスマホで色んな大人と出逢っちゃったパターンなのだろう。


校長先生に頭を下げられた。

「男性が関わるにはデリケートな問題だし、山浦先生、誠子さんと話ししてもらってもいい?」

十年くらい前にも一度クラスの子が援助交際で警察のお世話になり話したことがある。

早い話が「セックスは好きな人と以外するな」という話をするのだ。

「勿論です、塚田先生にはお世話になりっぱなしだし、それぐらい私がやります」

教頭先生が少し余計な事を言った。
「内田先生も勉強の為に後ろの方にいてもらおうか」

確かにそうだ、少し恥ずかしいけれど若い人にこう言う時にどうするか伝えておかなければならない。

「わかりました」と快諾した。

校長先生がさらに余計なことを言い出した。

「後、一応担任だから塚田先生も形だけ入って何か言うとセクハラって言われかねないし。何にも喋らなくていいから」

塚田君も戸惑いながらも「はい」と返事をした。

正直「ちょっと!」と思った。

塚田君の前でこういう性に関するデリケートな話をしないといけないなんて……どんな拷問だよ。

私この人のこと大学四年間好きだったんだけどな……


でもそうは言ってられない、もうすぐ警察の方と一緒に誠子さんが学校に来るのだ。








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