第265話 追撃される

文字数 1,288文字

一月最後の金曜日の夜、佐久平は雪がチラチラと舞っていたけれど東京はビルの隙間に雲一つない夜空が見渡せた。

私は懲りずに東京まで出てきて彼の部屋でサラダを作っている。

実は一緒に伊豆に行って以来、毎週末東京に居る、彼は夜遅くにクタクタになって帰って来ることもあるし、早くに仕事が終わって二人で東京の街に繰り出す時もある。

先週、二人で寝ようとしている時にお世話になっているプロデューサーさんから電話がかかってきて飲みに誘われた。

このプロデューサーさんは、五年前に美人局に遭った時にも世間の批判にも負けずに使ってくれていた人で相当な恩義がある。なので彼はこの人の番組の為だったらどんな危険で汚いロケでも行くらしい。

彼の仕事は人付き合いが大切なのだろう、だから私も快く彼を送り出した。

彼が仕事や飲みに行っている時には手持ち無沙汰なので掃除して洗濯してご飯を作っている。

これは善意でやってることで無料の家政婦だと思われたら嫌だなと思っていた。

すると先週とうとう「家に帰って掃除も洗濯もしなくていいって最高だな」と彼は嬉しそうに呟いた。

「家事してるのは暇を持て余してるし、新幹線の切符くれたりとかご飯食べに行った時に全額出してくれてるから。いっとくけれど私は無償の労働はしないからね」と釘を刺す。

「俺が休みの時は亜紀の部屋の掃除やって洗濯物干してやる」と調子良く返してくるので「それはいいです、間に合ってます」と笑う。

何でもないこの瞬間が幸せなのだろう。

週末限定だけれども彼と生活を共にして芽生えた感情がある。

「この人と結婚して一緒に暮らしたい」

しかし、彼は相変わらずテレビ番組で「俺は一生結婚しない」「誰かあの頭のおかしい彼女と結婚するか」と言いまくっている。

彼は嘘はつかないと常々言っているので本心なのだろう。

一体この先どうするんだ私。

牛肉を焼きながらもの思いにふけっていると「ただいま」と彼が帰ってきたので現実世界へと戻った。


二人で食卓を囲み夕飯を食べていると私の携帯が鳴った、登録していない番号からだ。

廊下は寒いので面倒がって部屋の隅で電話をとった。

「もしもし、山浦さんのお電話でよろしかったでしょうか?私、安らぎの木の代表の橋本と申します」

父さんが生前お世話になっていたNPO法人の代表の方だった。橋本さんには入院中の世話から葬儀まで何から何までお世話になっている。

「先日は多大な寄付を頂き有難うございました」
「あぁいえ、橋本さん達には父が生前大変お世話になっていたので、私にできる恩返しはそう言う形しかなかったので」

実は智というか美子ちゃんと安らぎの木に年末に寄付をした。せめてもの感謝の気持ちだ。

そしてこのことを年末で忙しそうな彼には伝えていなかったので、電話を廊下で取れば良かったと後悔している。ふと彼を見るとやっぱり訝しげに私を見ている。

家に届いたお礼の手紙だけでよかったのになと思いながらも橋本さんと形式的な言葉のやりとりをした。

その義務的な会話が終わると橋本さんが急に声のトーンを落とした。
「山浦さん、実はちょっと困った事になりまして、今お時間ちょっといいでしょうか?」









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