第6話 帽子岳の山頂で

文字数 2,138文字

小帽子岳の山頂まであと少し、目指すゴールは大帽子岳の山頂でここからあと一時間かかる。

丸山さんに「もうすぐ着くのが小帽子岳の山頂で、まだ頂上じゃありませんから」と言うと「わかりました」と言った。

そして、ようやく小帽子岳の山頂に着くと、

丸山さんは私に目配せをして急に大声を出した。

「やった!着いたぞ!頂上だ!意外と早かったな」

どうやら私にコントに参加してほしいらしい

「丸山さん違います。まだここ、小帽子岳です」
「えっ」
「目指すのは帽子岳の山頂です」

とはるか先にみえている帽子岳の頂を指した。

「そんな〜嘘でしょ」と言いながら丸山さんは大袈裟にへたり込んだ。

「あと一時間ですよ、頑張りましょう」

そう言うと「そんな〜もう歩けない」と騒ぎ始めた。

すると子供達から「頑張れ!頑張れ!」と頑張れコールが起こった。

「よし、頑張るぞ!丸山重明42歳、頂上までひとっ飛びだ」

と訳の分からないキャラクターになったので、私はそこですかさず笛を吹いた。

「はい休憩にします。食事係さん飴取りにきて下さい。今回はイチゴキャンディにしました」と言った。

「そんな、最後までやらせて、先生ひどい」と言い暫くして丸山さんは再び起き上がった。

子供達はそんな様子を飴を食べながら笑って見ている。

「丸山さん、スーツすごく汚れてますよ」

そう言うと「いや、大丈夫、この汚れまで計算でしてるから」と腑に落ちない答えが返ってきた。

「いつも服汚れたって怒ってるイメージあるんですけど」

「あれは自前の服だから、これは登山用に用意された奴だから」

「登山用にスーツ用意されるんですか?」

「頭おかしいだろ?めちゃくちゃ暑くて動きづらいからな、それにこの謎のリュックサック、誰だよわざとマジックででかでかと俺の名前書いたやつ」

そう文句を言う彼を見て、この人も自分の仕事で大変なんだ。自分も毎日色々あるけれどがんばらなくてはいけない、そう思った。

スポーツドリンクを一口飲み終わると、丸山さんにイチゴキャンディを一つ手渡した。「イチゴキャンディです。これは下界で食べても味変わらなくて美味しいですよ」

「俺甘いもの嫌いだけど、何か今凄くこれ食べたい」
「きっと体が欲してるんですよ」
「そうだね」と丸山さんは頷いた。

「丸山さんもスーツ着て登山しなくちゃいけなかったり色々大変なんですね…でもフィールトオンヒューみたいでカッコいいじゃないですか」と言うと彼が怪訝な顔で聞き返した。

「フィールトオンヒュー?」
「龍の玉ってアニメありましたよね?その主題歌歌ってた人達です」
丸山さんは想像がついたみたいで吹き出した。
「中学の時に見た、スーツ着てたバンドの人達、何となく覚えてるよ」と叫び歌い出したけれど「疲れた、この歌やめよう」とまた石だらけの地面に寝転がってしまった。

暫くすると「アキ先生、やっぱ俺と同世代でしょ?」と大声で叫んだので「一世代違いますから!」と叫び返した。

その数秒後、丸山さんは飛び起きた。スーツが案の定滅茶苦茶汚れている。わざと汚してるんだろうか。

「その汚れも必要なんですか?」
「必要、スーツで登らされて、泥だらけになりながら登ったっていう」

「大変ですね、じゃあせめてタオルで汗ぐらいふいて下さい。予備のタオルあるので」

「先生、いいです。大丈夫、大丈夫」そう断る丸山さんの元に私のリュックサックを持って行った。

「丸山さん、ちょっと見て下さい」彼に自分の登山用リュックの中身を見せた。

「自慢じゃないけど、私こんなに予備持ってるんです、受け取ってくれた方が助かります」そう言うと新品のタオルの袋を開けて、タオルを丸山さんの首にかけた。

丸山さんはかけられたタオルをじっと見て「山の上建設」と呟いた。

「正月明けに毎年職員室の机の上に置いてってくれるんです。有難いでしょ?」と笑うと

彼が「亜紀先生、普通は花柄とかキャラ物のタオルでしょ?女性だから」と言うので、「そんなタオルよりも新品だってわかるこっちのタオルの方がいいですよね?」

そういうと丸山さんは「俺神経質だけど亜紀先生のだったら私物のタオルの方が嬉しいな、それと交換しない?」と私の首にかかったタオルを指差した。

「するわけないでしょ!」と叫んだ。

すると丸山さんは急に真面目な顔付きになった。どうしたんだろうと、私も丸山さんを見つめた。丸山さんは重い口を開いた。

「じゃあちょっとだけ匂いかがせて」
「かがせるわけないでしょ!」

「俺好きな女の人の私物の匂いかぐの興奮するんだよね」と自信満々に言った。

彼はバラエティ番組での仕事を果たそうしているんだろう。

「本当に何言ってんですか、山の上建設のタオル最高でしょ?」

すると丸山さんは「これ全国放送だから、山の上建設のコマーシャルなの?」と大袈裟に言った。

するとヒロくんが「それじいちゃんの会社」と得意気に会話に参加してきた。

「御曹司がいらっしゃるのでステマに決まってるでしょ」と笑うと

「スポンサー様だな」と丸山さんは私と目を合わせて笑った。
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