第332話 別れの季節

文字数 1,700文字

私は体育館のステージ上にいた。

「それでは離任される先生たちから皆さんへのお別れの言葉を貰いましょう」

司会進行をしている教頭先生の言葉に絶対泣くまい、泣くまいと堪えているうちに私の番が回ってきた

「先生はこの学校に来て今年で5年目です。この五年間色々なことがありました。嬉しいこと、悲しいこと、でも皆さんが沢山の笑顔をくれたおかげで、ここまで何とかやってくれました。みんなの笑顔は私の宝物です。またどこかで会いましょう」


沢山の拍手に見送られながら、私は結局泣いていた。

離任式の翌日午後五時、職員室で後片付けをしていると校長室に呼ばれた。

「失礼します」
部屋に入ると校長先生が気まずそうな顔で電話を指さした。

「山浦先生、斎藤さんから電話が入ってるんだけど」

慌てて校長室の受話器をとった。

「もしもし山浦です」

「斉藤です、今出張先の隣町の駐車場からかけてます」

「ご用件は?」
これでもかっていうくらいの塩対応をした。

「亜紀ちゃん、高崎に行くんだって。見送りにも行けないから電話しました」

「見送りに絶対来なくていいですから」

「付き合ってた人と別れたって聞いて、本当だったら一緒に高崎に行きたかったよ」

斉藤君の自分勝手な言動が別れたばっかりの彼と被った。

相手に口を挟ませずに一気に捲し立てた。

「斎藤さん、いいですか?人間って無いものが欲しくなるんです!昔の好きな人とか昔の恋人とか。

私はこの村にも住みたく無いし、あなたの強烈なご両親と同居なんてまっぴらごめんです。それをしてくれてる奥さんに感謝の気持ち持ってないんですか?

こんなことして、自分の子供を産んでくれた奥さんに申し訳ないと思わないんですか?

それに私凄く潔癖症なんです、あなた大雑把だから一緒に暮らしていくの無理です。
何があっても斎藤さんのことをまた好きになることはありませんから!切りますよ」

そう言って一方的に電話を切った。

校長先生は「そこまで言われた方が男は未練なくなっていいよ」と笑っていた。


引っ越しの前日、職員室の荷物も綺麗に片付いた。

その日の夜、たかちゃんがアパートに来ていた。

「引っ越す前に電話してちゃんと話して別れた方が、綺麗さっぱり忘れられるんじゃない?」と恋愛マスターのたかちゃんは言う。

お互いの部屋にあった荷物も送り合わないといけないし、思い切って彼に連絡した。

夕方は割と手が空いていて連絡が取れる事が多い。

午後七時、彼の携帯にかけると数回かかった後直ぐに向こうから切られてしまった。

女を切りたくなった時に面倒だから連絡を取れなくすると言っていた彼を思い出す。

最後の話も面倒だから逃げるんだ。


最低だよ本当に。

真剣に付き合っててくれたと思ってたのは私だけだったのかもしれない。

「出会わなきゃ良かったかな」

そう呟くとたかちゃんは「そういう人だったんだよ、結婚しなくて良かったじゃん」と慰めてくれた。

ふと次の瞬間着信音が流れて、彼かと期待して携帯を見ると塚田君からだった。

「四月からうちの学校来るんだね、よろしく」とメッセージが来ていた。

たかちゃんは「初恋の人と再会して職場も同じになるなんてこっちが運命の恋よ」と盛り上がっていたけれど、そんな気分にはまだなれない。

当分恋なんてしたくない。

おまけに春子情報によると塚田君は今坂本君と同じ学校の若い体育の先生に一目惚れされ、坂本君の仲介で付き合っているらしい。

「塚田君は付き合えそうでいつもタイミングがずれて付き合えないんだよ」

たかちゃんは「今度こそタイミング合ったじゃん」と一人で盛り上がっているので笑った。

「うん、塚田君はおいといても高崎で誰かいい人探すよ、今度は安定した仕事の真面目な人がいいな」
「そうしなよ」

「できればホワイトアンドブラックの誰かに似てて、真面目で、収入はどんなんでもいいからちゃんと正社員の仕事してて、共働きに理解があって、タバコ吸わない、付き合い以外お酒飲まない、如何わしい店に出入りしない、借金癖のない、家事が上手な人希望」

と勝手な希望をつらつら並べ「好き勝手なこと言ってると思いきや、ホワイトアンドブラック似以外はいそうな条件」とたかちゃんが言い、また二人で笑った。


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