第279話 追撃される

文字数 1,654文字

「亜紀、大丈夫?」

彼がうんともすんとも言わない私の様子を伺ってきた。

私の右腕は怒りで震えている。

「……何なのあの記事、事務所ってタレントさん守るためにあるんだよね?」
「一般的にはそうだな」

「じゃあどうしてマネージャーさんがこんなに私の素性をペラペラ喋ってんの?後ろから撃ってくるスタイルの事務所なの」

そう叫ぶと団蔵さんとポテトサラダさんは身に覚えがあるようで爆笑した。彼は私の機嫌を伺うように優しい口調になる。

「うん、まぁよく撃ってくる事務所だ。実弾じゃなくてエアガンで撃ってくんだよ。いてて、痛いっててのはよくある」
「エアガンでも撃っちゃいけないでしょ!」

「でも五年前の例の件の時は本当に守ってくれたんだぞ。社長が直々に色んな方面に謝罪とまた使ってくれるようにお願いしにいってくれてさ」

何故だか私もウルっと来てしまった。
「社長さんいい人だね」
「だろ?だから多少エアガンで撃たれてもいいんだ。それに社長は週刊誌は芸の肥やしって常々言ってるからな」

団蔵さんもポテトサラダさんもいる、だからできるだけ冷静に彼に伝えた。

「ちょっと待って。今回は私が撃たれてるっていうか、あれだけ詳細に、佐久平駅とか、群馬か長野かわかんない小学校とか、秋にロケで登山とか書いてあれば目線隠してあっても見る人が見れば私だってすぐわかるでしょ?」

「本当悪い、じゃあ思い切って目線も外すか」そう言って彼は何かを誤魔化すように高らかに笑った。

「全国紙の記事変えられるぐらいの力持ってるなら、セクシー女優のデビューの踏み台にされないでしょうが!」

また団蔵さんとポテトサラダさんは「そうですよね」と爆笑した。
「お前ら笑い過ぎだぞ!雪乃さんは同じ系列の事務所からAVデビューするから、踏み台にされてる訳ではなくて、プロレスやってるだけ」
「プロレス?!」

「……よしわかった!何か買ってやる」
「いくら課金しても誤魔化されないから!」「ほら……あっ自転車新しくしようかなって言ってなかった?」

「この間もうオゾンで買いました。」
「じゃあ…バターサンド食べたいって」
「この間オゾンで北海道市やってたからもう食べた!」
「わかった、あれだあれ美味しい寿司食べたいって」
「だからオゾンで以下略」

「……犬飼いたいって」
「どうやってあのアパートで飼うの?オゾンで見るだけで十分!シゲちゃんが何か買ってくれなくても、オゾンに行けば全ての田舎民の欲求を満たしてくれるから」

「……都会にはオゾンに売ってないものも沢山あるよ」
「何か穴埋めに買おうとするなら針と糸買ってまず自分のマネージャーさんの口縫い付けといてよ!」

「なぁ、亜紀いいか?あんなん出た所で殆どの人は「ふーん」ですぐにページ閉じるだけだ」

団蔵さんとポテトサラダさんも彼を擁護し始めた。
「亜紀さん、丸山さんのプライベートなんか誰もそこまで興味ありませんよ」
「そうですよ、若い頃のイケメンってキャーキャー騒がれてた時ならいざ知らず、今来るファンレターの七割小学生で残りの三割は二丁目界隈の人らしいですよ」

「お前らここぞとばかりに俺の悪口言うな!」

思わず笑ってしまった。お笑い芸人さんってプロなだけあってこういう会話一つ一つでもテンポ良くて息が合っている。

「だから、亜紀が思ってるよりもずっと騒がれずにひっそり終わるよ。第一本屋にふらっと寄った時に写真週刊誌立ち読みする?」

「確かに読まないよね。不倫とかスクープの時はテレビも一緒に大騒ぎしてるけど、後の記事は滅多に見ないもん。心配して損したっていう未来が見えるかも」

「だろ?まぁ安心しろ」

けれど私は今特殊な環境に身を置いていることに気がつく。

「あーでも村人に騒がれたら嫌だな、この記事いつ出るの?来月ぐらい?それだったら」
来月になると春休みになり引っ越しだ。例え騒がれてもすぐに逃げ切れる。

「……来週の水曜日だ」
「えっ?金曜日にロケで学校来るんでしょ?」
「そうだな、偶然だな」
彼はそう言うと気まずさを打ち消すようにわざとらしく笑い、団蔵さん達も一緒になって笑った。
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