第292話 バレンタインデー

文字数 1,514文字


「午前六時半の襲撃は何とか教頭先生とか学校にいた先生達で、似ていない、他人の空似と言い張って納得してもらったんですけど、

午前中に丸山さん達が来る前に、あの人達また来たんですよ。ほら今休耕期でみんなやる事ないから」

丸山さんは心配そうに尋ねた。

「それでその大騒ぎしてた人達はどうなりました?」

「あのですね、大騒ぎしていた最中に向井さんが来てくれて一喝してくれたんです。だからその後丸山さん達来たけれど誰も何も言わなかったでしょ?

村ではもう騒ぐというか口にする人もいなくなると思いますよ」

何が何だかわかっていない彼に説明した。

「向井さんっていうのはダムで助けた女の子のおじいちゃんで、前村長。何だかんだいっても村の権力者だから。ほらJAの帽子被ってた人」

「あの爺ちゃんそうだったの?何かありがとう、ありがとうって言ってきたから何かと思った」

校長先生が穏やかに喋り出した。

「向井さんが黒と言えば白も黒になるから、村人でこのことを口にする人はもういないでしょう。だから村のことはご心配しないで下さい」

「……は、はぁ」
彼は事態を自分の中で消化できていないようだ。校長先生は少し苦い顔で話を続ける。

「後は県教育委員会から問い合わせが来ました。苦情が5件入ったようで、該当の教諭はいるか?と言われたのでうちの学校には該当者はいないと返答しました」

「県に村と同じような苦情入れてきた奴が5人いるってこと?」

校長先生が小さなため息をついた。

「そうです、教員はプライベートも何もかも犠牲にして教育に身を捧げるべきだと考える人が世の中にいるんですよ。

担任が産休入ったら文句言う人は必ずいるし、だからその人達にとったら、教師のプライベートな付き合いは全て余分で不純な付き合いなんです」

「……そうなんだ」
彼がようやく事態を飲み込んできたようだ。

「保護者や地域の方との関係が悪くなると自然と子供との関係も悪くなる。我々は子供が健やかに成長する妨げにはあってはならないんです。

だから付き合ってるのは全然構わないんだけど、路上で色々するのはちょっとやめて下さい」

校長先生はそう言いながら雑誌を開いた。

職場で見るその記事は「ヒィー」と叫びたくなる代物だった。

彼は急に立ち上がった。

「校長先生、俺が間違ってました。本当に色んなことに対する配慮が足りなかったし、軽率な行動でした。申し訳ないです」

深々と頭を下げたので私も一緒に頭を下げた。



二人で校長室を出た。暖房が効いていない廊下は息が白くなる。

「玄関こっちだよ」
「ごめん、アキがどんな仕事してるとか、どこに住んでるとかそういうこと全く考えてなくて」

「ううん大丈夫、私こそ何でそこまで隠そうとしてたんだろうって、自慢の彼氏なのに」

二人で見つめあったけど、彼はすぐに視線をそらした。

「皆さんもの凄く俺らのこと見てるけどいいの?」

職員室をみると窓からみんなこちらを見ている。この人達もまた娯楽に飢えている。

「いいの、大丈夫」
「今日一回東京帰って人気がない夜にまた来るよ」

「降ろしてもらえるようなら、うちで待ってて、朝早かったでしょ?寝てて」「いいの?」

「うん、大丈夫。言いづらいんだけど、鍵かけるの忘れてたからそのまま入って」

「はっ?いつも鍵かけないとダメだって言ってるでしょ?危ないじゃん!」

「ここら辺は大丈夫だって、ほら早く皆さん待ってるよ」

そう言って丸山さんに靴を履かせた。

玄関の外ではスタッフの人達から彼が声をかけられていた。

「校長先生に週刊誌のことで怒られた?」「二十何年前に放送室ジャックして以来、校長室で怒られたよ、あの時は反省文十枚書かされたからな」

そう言ってスタッフの人達を笑わせていたのが聞こえてきた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み