第185話 クリスマスイブ

文字数 1,282文字

怖かった。

思わず椅子に座り込むと木村さんが私の隣の席に座った。
「亜紀ちゃんだよね、もっと早く助けなくてごめんな」

「木村さん!初めまして、いつもテレビで拝見させていただいています。」
再び立って頭を下げると木村さんは派手な外見とは正反対に爽やかに笑った。

「そんな堅苦しい挨拶いいよ、ごめんな、林田が自分の女と揉めてるのかと思っちゃって、ほっといたら団蔵が来て林田が丸ちゃんの彼女に絡んでるから助けてくれって言うからもっと早く気づけばよかった」

「団蔵さんも木村さんも助けてくれて本当に有難うございます」

頭を再び下げた。
「何か変なことされなかった?」
「変なことだらけで、私のこと騙してどこかに連れて行こうとしたり、彼の昔の彼女との関係におわせたり、はめどりの写真持ってるとか言ったりあの人何がしたいの?」

「あいつ何やってんだよ……林田は随分前に芸人引退して奥さんの両親の事業引き継いでやってるらしいけど、ずっと丸ちゃんに執着してくるんだよ」
「引退?さっきピンでやってるって」
「お笑いやりたいんだろうな、でも家族がいたら夢追うの難しいし」
木村さんはステージを見つめた。

林田さんがあそこまで私に執着してきた理由をようやく理解できた気がした。家族がいたら今更仕事を捨てるわけにはいかない、けれどどうしてももう一度やりたい、キラキラしているあの舞台でお客さんを笑わせたい。それを叶えている彼を羨望している。

彼のいる世界は一見華やかな世界だ、けれどもその反面人間の欲望が複雑に絡み合っていて露骨に良くない感情が表出されいる、一般人の私からした怖い。

複雑な顔をする私の緊張を解こうと木村さんが社交辞令を使った。

「亜紀ちゃん写真より凄く美人だね」
「うえっ、写真って撮った覚えないんですけど、何の写真見たんですか?」
「子供いっぱいうつってるやつかな」

急に頭痛がしてきた。
「うわっ、登山の写真だ、あんな写り悪いやつ勝手に人に見せ歩いて!酷い写真見せとけば本物見たときによく思える効果使おうと思ったの?」
私がそう叫ぶと木村さんも笑った。

「もっとまともな写真ないの?って聞いたら、写真撮ろうって言えない空気を醸し出してるって言ってたよ」
「あーもう好き勝手な事言って、でも確かに私「何の為に?」とか「テレビとかで使うんじゃないでしょうね?」とか問い詰めそう」
そう笑うと木村さんも笑った。

「何か他にも私の事ネタにして言ってませんでした?」
「あーこの間会った時は彼女は北澤臭が凄いって言ってたよ」
「北澤臭……北澤さんいい人そうだし褒め言葉として受け取っておきます」

「本当に北澤くんっぽいよ。昔林田があの写真見せ歩いてる時に北澤くんさっきの亜紀ちゃんと同じように誰よりも怒ってた」

林田さんの拡大解釈された妄想であってくれと思ったけれど、どうやら本当のことらしい。

彼はどんな気持ちでその場にいたのだろう。
自分の大切な恋人のそんな写真が見せ歩かれたら耐えられないよ。十何年前の彼の悔しさを感じて切なくなった。
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