第348話 四月の風

文字数 1,423文字

何故だかこの字を見ているだけで涙が溢れた。

智の携帯はあの人の番号とアドレスを着信拒否にしただけだから、違う番号からかければすぐに繋がる。

あの人は頭が回るし、私に連絡を取りたいと思ったらこの方法はすぐに思いつくだろう。


別れてから二ヶ月が経っている。

美咲さんと上手くいかなくなったのだろうか。それとも美咲さんに捨てられたのだろうか、

どちらかはわからないけれど、だから私とよりを戻したいのだろう。

私の胸はかなり傷んでいる、鋭いナイフで切り刻まれたように痛い。

彼のことがまだ好きなのだ。

普通の人だったら会って謝ってもらってすっきりしてよりを戻すのかもしれない。

でも私は完璧主義の潔癖症だ。

たった一回の裏切りかもしれないけれど、どうしても許せないのだ。

どれだけ考えても許せない。
あの人を愛していた、心の底から愛していた。だからこそ許せないのだ。

あの人が不思議と父さんと重なった。



暗い裏道を月明かりを頼りに歩いて家に帰ると封筒と便箋を出して、彼に手紙を書いた。

不思議と迷う事なくペンが進む、彼に言いたいことはこの2ヶ月でまとまっていたから。

「丸山重明さんへ
お元気にしていますか?私は今高崎市内の小学校に勤務しています。今の学校では六月に運動会があるので、もうその練習が始まり毎日忙しくしています。

早速本題に入りますが、私はあなたのことが大好きでした。世界中の誰よりも大好きでした。

一番好きだから、一番に好きになって欲しかった。あの時美咲さんよりも私を追いかけてきて欲しかった。

いつか美咲さんが現れたら、私を選んでくれると約束しましたよね?

美咲さんと上手くいかなかったのかわからないけど、だからと言って今更私ともう一度会いたいなんてあんまりだと思いませんか?

私は何があってもあなたを好きで居続けるあなたのお姉さんやお母さんではありません。

裏切られた事は何度謝られてもどうしても許せません。

私は潔癖症の完璧主義です。あの時、あなたが私を選ばなかった時点でもう私達の関係は終わったんです。


大昔に義政先生があなたと美咲さんの間に結婚する話があると言っていたことがあります。

今思うと私は無理矢理あなたに結婚すると言わせてしまいましたね。

私はそうなれなかったけれど、心から結婚したいと思える人に出会ってください。

美咲さんがいつ来ても絶対に裏切らない人にきっと出会えると思います。

私もこれから何があっても絶対に私のことを裏切らない人と出逢おうと思います。

あなたはよく「俺達は運命の赤い糸で繋がれている」と冗談を言っていましたが、繋がれていなかったのです。

私の最後のわがままです。このまま会うのはやめましょう。

何回言われても会いません。

あなたの部屋にある私の物は全て捨てて貰って構いません

丸山さんのご活躍を心から祈っています。


山浦亜紀」


翌朝、この手紙を智に渡した。ついでに押し入れに未練と一緒にしまってあったもう使うことのない彼の着替え一式も渡した。

智はブツブツ何か言っていたけれど、私はその場から逃げてきた。

これでよかったのだ。
不思議と心は落ち着いている。

いつまでも悲しんでばかりはいられない、私には自分の子供が欲しいと言う夢があるからそれに向けて頑張らなくちゃいけないのだ。

その日は遠足だった。リュックサックを背負い高崎城を歩いていると、見上げた空があの日の帽子岳の青空と重なった。

これでいいのだ、これで全てが終わったのだ。

その晩、久しぶりにすっきりと眠ることができた。
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