第73話 武道館の後で
文字数 1,982文字
「女の人はあれだよね顔が良い人がとにかくモテるよね」
「あー確かに、性格とか気遣いとか言うけれど、モテるのは結局そう言う人ですよね」
そう相槌をうつと「亜紀ちゃんも相当モテてきたんじゃない?」と彼が探りを入れるように言った。
彼はどうやら、私の昔のことを知りたいらしい。でも絶対教えないから。というか何もないから。
「いやいや、私なんか全然ですよ」
ありきたりな言葉で誤魔化す。
「本当に?」とまた探りを入れられたので、使い慣れたこの言い回しで誤魔化した。
「いや、だから人から綺麗だねって言われることたまにありますけど、それで得したこと一回もないですから!」
彼は一切乗っては来ずに「嘘だな」と一言だけ言った。
「じゃあ今まで何人に好きだって言われたことある?俺抜きで答えて」
そんな事数えたことない。
若い頃はたいして仲良くないのに、年にニ、三人変な人が「好きです」と言ってきたことはあったけれど、あれは何だったんだろう。
好きだって言ってきた人って、さーっと逃げてった男たちの5人と斉藤君の記憶しかないんだよね。でもそんな事いちいち丸山さんに言いたくない。
なので私はギャグで誤魔化すことにした。
車が信号の赤で止まったので、「ねぇ、丸山さん」と彼の肩を叩いた。
彼が振り向くと、顔をじっと見つめ、上目遣いで「丸山さんが初めて好きだって言われた人」と甘えた調子で言った。絶対ウケると思ったのに、丸山さんは一つも笑わなかった。
彼は表情一つ変えずにまた前を見た。信号が青になって車はまた走り出した。
「…この間、本気で付き合う事を考えたけれど、さーっと逃げてった男五人いたって言ってただろ?それに村役場の男は?」
「覚えてましたその話?何で言っちゃったんだろ」笑って誤魔化そうと思った。
「というかそれ俺笑うと思ってやったの?」「そうです、健も智も気持ち悪いってバカ受けするのに、やっぱりプロには通じませんでした」
そう言って自虐的に笑うと、彼は大きなため息をひとつつきこう言った。
「恋人とと家族は違うでしょ?俺にそれやっても可愛いな、俺のこと誘ってんのかなってドキドキするだけだから、あー車さえ運転しなかったら押し倒してたのに、部屋の中でもう一回それやって」
「そんなこと聞かされて、もう一回やる馬鹿な人いないでしょ?」
押し倒すって何?と私も激しく動揺した。
「じゃあ車の中でいいから俺の手握ってもう一回やって」
彼はそう言って左手を差し出した。
「ちゃんと両手で運転して下さい!」
そう叱ると彼は渋々左手を所定の位置に戻した。
「あーもう仕方ないな、じゃあ車から降りたら俺の手握って」
普段だったら動揺して余計なことをまた言い出しすけれども、今回に限って何も言えなかった。私の口どうしたの?
「手握るのも駄目なの?あの男はよかったのに?」
彼は私が嫌がってると勘違いしている。別に嫌なわけではないんだけど。
「あの男?」そう聞き返すと「村役場の男」と機嫌悪そうにつぶやいた。
思わず笑ってしまった。
「あの話まだ覚えてたんですか?だって手を繋がれるのと、手握るの違うでしょ?」
「どういう風に?」
「手を繋がれるのは、不可抗力で自らの意思ではないですよね、手を握るのは自らの意思で行うでしょ?私の意思が介在してる分手を握る方が何倍もハードルが高いじゃないですか?」
「哲学者みたいな理屈を捏ね回すな」と彼は笑った。
「じゃあ、車から降りたら自らの意思を持って俺の手を繋いで」
「だからハードル高いですって」
「何がそんなにハードル高いの?」
「……いや、だって」
「手繋ぐだけでしょ?」彼がしつこく絡んできた。わざと絡んで私の内面を吐露させようとしている気がする。応戦するなと脳が叫んでるのに、彼の誘いに乗って私の口がまた暴走してしまった。
「だから手繋げって言われると緊張して変な汗掻きそうで嫌なんですよ!」そう吐き捨てると
「中学生か」と彼は勝ち誇ったように笑った。私の負けだ。
車は地下駐車場に入った。急に薄暗くなり何故か身体が緊張した。「いつの間に着いたんだろ」と小さな声で呟く私に丸山さんがまた「もう変な汗掻いてんの?」とからかって来た。「掻いてませんから」と答えると彼はまた笑った。
車を止めて丸山さんが車から出たので私も外に出た。彼が「じゃあ仕方ないから、今回は俺が手繋いでやるよ」と言って私の左手を繋いだ。
思わず「良かった」と呟くと安心してふと我に返った。
「何でこんな恩着せられなきゃいけないの?結局全ては丸山さんが繋ぎたかっただけでしょ?」
「バレた?」と彼は子供のように無邪気に笑った。東京といえども夜は少し冷える。そんな時に繋いだ彼の手は温かかった。
「あー確かに、性格とか気遣いとか言うけれど、モテるのは結局そう言う人ですよね」
そう相槌をうつと「亜紀ちゃんも相当モテてきたんじゃない?」と彼が探りを入れるように言った。
彼はどうやら、私の昔のことを知りたいらしい。でも絶対教えないから。というか何もないから。
「いやいや、私なんか全然ですよ」
ありきたりな言葉で誤魔化す。
「本当に?」とまた探りを入れられたので、使い慣れたこの言い回しで誤魔化した。
「いや、だから人から綺麗だねって言われることたまにありますけど、それで得したこと一回もないですから!」
彼は一切乗っては来ずに「嘘だな」と一言だけ言った。
「じゃあ今まで何人に好きだって言われたことある?俺抜きで答えて」
そんな事数えたことない。
若い頃はたいして仲良くないのに、年にニ、三人変な人が「好きです」と言ってきたことはあったけれど、あれは何だったんだろう。
好きだって言ってきた人って、さーっと逃げてった男たちの5人と斉藤君の記憶しかないんだよね。でもそんな事いちいち丸山さんに言いたくない。
なので私はギャグで誤魔化すことにした。
車が信号の赤で止まったので、「ねぇ、丸山さん」と彼の肩を叩いた。
彼が振り向くと、顔をじっと見つめ、上目遣いで「丸山さんが初めて好きだって言われた人」と甘えた調子で言った。絶対ウケると思ったのに、丸山さんは一つも笑わなかった。
彼は表情一つ変えずにまた前を見た。信号が青になって車はまた走り出した。
「…この間、本気で付き合う事を考えたけれど、さーっと逃げてった男五人いたって言ってただろ?それに村役場の男は?」
「覚えてましたその話?何で言っちゃったんだろ」笑って誤魔化そうと思った。
「というかそれ俺笑うと思ってやったの?」「そうです、健も智も気持ち悪いってバカ受けするのに、やっぱりプロには通じませんでした」
そう言って自虐的に笑うと、彼は大きなため息をひとつつきこう言った。
「恋人とと家族は違うでしょ?俺にそれやっても可愛いな、俺のこと誘ってんのかなってドキドキするだけだから、あー車さえ運転しなかったら押し倒してたのに、部屋の中でもう一回それやって」
「そんなこと聞かされて、もう一回やる馬鹿な人いないでしょ?」
押し倒すって何?と私も激しく動揺した。
「じゃあ車の中でいいから俺の手握ってもう一回やって」
彼はそう言って左手を差し出した。
「ちゃんと両手で運転して下さい!」
そう叱ると彼は渋々左手を所定の位置に戻した。
「あーもう仕方ないな、じゃあ車から降りたら俺の手握って」
普段だったら動揺して余計なことをまた言い出しすけれども、今回に限って何も言えなかった。私の口どうしたの?
「手握るのも駄目なの?あの男はよかったのに?」
彼は私が嫌がってると勘違いしている。別に嫌なわけではないんだけど。
「あの男?」そう聞き返すと「村役場の男」と機嫌悪そうにつぶやいた。
思わず笑ってしまった。
「あの話まだ覚えてたんですか?だって手を繋がれるのと、手握るの違うでしょ?」
「どういう風に?」
「手を繋がれるのは、不可抗力で自らの意思ではないですよね、手を握るのは自らの意思で行うでしょ?私の意思が介在してる分手を握る方が何倍もハードルが高いじゃないですか?」
「哲学者みたいな理屈を捏ね回すな」と彼は笑った。
「じゃあ、車から降りたら自らの意思を持って俺の手を繋いで」
「だからハードル高いですって」
「何がそんなにハードル高いの?」
「……いや、だって」
「手繋ぐだけでしょ?」彼がしつこく絡んできた。わざと絡んで私の内面を吐露させようとしている気がする。応戦するなと脳が叫んでるのに、彼の誘いに乗って私の口がまた暴走してしまった。
「だから手繋げって言われると緊張して変な汗掻きそうで嫌なんですよ!」そう吐き捨てると
「中学生か」と彼は勝ち誇ったように笑った。私の負けだ。
車は地下駐車場に入った。急に薄暗くなり何故か身体が緊張した。「いつの間に着いたんだろ」と小さな声で呟く私に丸山さんがまた「もう変な汗掻いてんの?」とからかって来た。「掻いてませんから」と答えると彼はまた笑った。
車を止めて丸山さんが車から出たので私も外に出た。彼が「じゃあ仕方ないから、今回は俺が手繋いでやるよ」と言って私の左手を繋いだ。
思わず「良かった」と呟くと安心してふと我に返った。
「何でこんな恩着せられなきゃいけないの?結局全ては丸山さんが繋ぎたかっただけでしょ?」
「バレた?」と彼は子供のように無邪気に笑った。東京といえども夜は少し冷える。そんな時に繋いだ彼の手は温かかった。