第103話 初めて過ごした朝

文字数 1,685文字

「あーもう、じゃあさーっと逃げてった五人の男の話して俺の気を紛らわせてよ、どうせ面白くまとまってるんだろ?」
「まとまってないから!」
「はい、じゃあ一人目は何歳の時に?どんなヤツだった?」

彼は末っ子らしく強引に自分のしたい話を進めてくる。そして長子の私はそんな末っ子のわがままを聞いてしまう。

「いや、だから……26歳の時に」
「健と智は高校生か、そいつは何してたの?」
「……国会議員の公設第一秘書」
「何でそんな特殊な職業の奴なの」
彼は爆笑した。こうなったら笑いを取りに行くしかない。
「しかもただの秘書じゃないから、国会議員の跡継ぎ長男だから」

私の思いとは正反対に彼の顔は引きつってしまった。

「そんな奴とどうやったら出会うんだよ」
「行きつけの本屋で「僕もその本好きなんです」って話しかけられて」「まさかのナンパ」
「いやナンパじゃなくて、その後も偶然に何回か本屋で会ったんだよね」

「そいつ暇があれば本屋に居て待ち伏せしてたぞ、怖い男だな」
「そうだったのかな?一緒にご飯食べに行った時に「結婚を前提に付き合ってくれ」って言われて、それから毎日家にバラの花とかお菓子が届くようになったんだよ」

「そういうの嬉しいの?」「ううん、ごんぎつねみたいだなって思ってた」

「酷いこと言うな」と彼は苦笑した。

「人からプレゼントされたら同じぐらいの物返さなくちゃいけないでしょ?次会った時にネクタイあげるとかしてて、高校生二人ってお金かかるし給料も少なかったしちょっと負担だったんだよね」

「何で正直に負担だって言わなかったの?」
「若かったから好意でしてくれることに対して言っていいかわかんなかったんだよ」

彼が面白くなさそうな顔でこう呟いた。
「ふーん……そいつとキスした?」
「するわけないでしょ?付き合ってないんだから」
「何で付き合わなかったの?」

「誠実で日本のこと真剣に考えててそこが好きだったんだけど、向こうは十歳上だったんだよね、すぐ結婚みたいな勢いだったし、健も智も専門学校行かせたかったから後四年は結婚できないし。それに国会議員の妻になる覚悟がどうしてもできなかったんだ」

昔を思い出し懐かしくなった。プレゼントはちょっとあれだったけれど誠実でいい人だった。

「議員の妻って大変だもんな選挙の時なんて地獄だぞ。ましてや国会議員だからな」
彼が天井を見上げた。

彼の父親は都議会議員をやっていて、後援会やら同じ党内での付き合いやらでお母さんが大変だったと聞いたことがある。

「一ヶ月経った頃に急に電話がかかってきて「僕には君を守ることは出来なかった、ごめん」って言われて、それ以来音信不通なんだよね。多分親御さんが興信所入れて反対したんだろうな、こればっかりは仕方ないよね」

「そいつは今国会議員なの?」
「うん、去年の総選挙で比例区で立候補して当選してたの健が見つけて「ごんぎつねさん当選したらしい」って教えてくれた」

「じゃあごんぎつねさんの本名教えて、検索するから」
「何でそんな野次馬根性丸出しなの」
「いいから、名前教えて」

渋々「田中誠一」と教えると彼がスマホを取り出して何やら検索している。そして爆笑した。

「亜紀ちゃんってこんなオヤジ好きだったの?」
「えっ、そんな笑うような人だった?カッコ良くはないけれど清潔感あって爽やかな人だったけれど」

彼に見せられた画像は確かにあの人だったけれど、あの頃の面影は一つも無かった。

「……何か体重がかなり増えて、顔と髪が脂ぎってる、きっと奥さんの手料理が美味しいんだろうな」

謎のフォローをして、昔の思い出が壊れたことにショックを受けていると彼がそんな私を見て腹を抱えて笑った。

「俺の方が百倍かっこいいぞ」
「そりゃあそうだけどさ、でも酷いよ、しげちゃんが検索しなかったらいい思い出が残ってたのに」
そう抗議すると彼はまた私を見て笑った。


気がつくと深夜二時を回っていていつの間にか寝ていた。彼も私の布団が敷いてある隣で寝ていた。
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