第178話 クリスマスイブ

文字数 2,546文字

23日の午後三時、高校の時の友達四人で久しぶりに待ち合わせをしていた。仲の良かった五人のうちの一人が東京から里帰り出産で帰ってきているので赤ちゃんを見に行くのだ。

私以外の三人は既婚で子供もいる。車内での会話は専ら子育てが中心だ。

「やっぱり習い事やらせた方がいいかな?」
「あのね、スイミングは小さい頃からがいいよ」
三人の子育てトークを聞きながら私は運転手に専念している。友達の話題に入れないのは結構辛い。

段々と話は子育てから旦那さんの愚痴に変わっていく。

「ちょっと子供のオムツ変えたぐらいでイクメンで子育てしてます感だすのやめて欲しいよね」
「変えてくれるだけいいじゃん!うちなんか妊娠したから仕事辞めて私専業主婦だからさ、一つも子供のことやんないんだよ、喧嘩すると誰が食わしてやってると思うんだよ!って」
「えーっ、あの旦那さん優しそうなのにそんなこと言うの!」
「最低!」


実はこの「誰が食わしてやってんだよ」発言の旦那さんはさーっと逃げていった男ナンバー5のホワイトアンドブラックのライブで知り合った中山さんなのだ。

結婚式に出て初めて中山さんが新郎だと気づいた。立食パーティー式で招待客が二百人くらいいたので中山さんも気付いてないだろう。この子は年賀状が嫌いでやり取りしてないし。

友達には本当に申し訳ない、けれどその愚痴を聞いて本当に付き合わなくて良かったと思う。自分が病気で働けなくなった時にそんなこと言う男は絶対に嫌だ。

「いつもホワイトアンドブラックがどうたらこうたらって煩いしさ、勝手に東京に遠征にも行っちゃうし、この間なんか武道館に行って落ち込んで帰ってきてどうしたんだろって思って私にバレてないと思ってるTwitterの裏垢見たの、そしたらライブ終わりに昔好きだった子を見かけて、その子が品川ナンバーの高そうな車乗ってどこかに行ったの見たって悲劇のポエム書いてて、腹抱えて笑った」

世の中は広そうで狭い、背中に変な汗を大量に掻いた。それはもしかして……。

「何それ、見たい!」

他の二人のリクエストにより中山さんの裏垢は開示され、車内は爆笑の渦に飲み込まれた。男の人には悪いけれど、私も普段なら一緒に爆笑している。

「亜紀にも赤信号の時に見せてあげる」
「いいよ、いいよ。全部聞こえてきたし」

友達の気遣いをさり気なく交わす。車内では相変わらず中山さんの悪口が続く。

「もう本当に嫌だ、あーあの時仕事辞めなきゃ良かった。もっと言うなら違う人にすれば良かった」

そう言って車内ではまた笑いが起こった。別にこの子も本気で言ってない、なんだかんだ言って旦那さんのこと愛してるのだろう。女子会ではこういう旦那さんの悪口が鉄板ネタなのだ。


「ここにもホワイトアンドブラック好きな人いるけど」
友達が気配を消していた私に気がついた。

「私はね、ホワイトアンドブラックの誰かじゃないと結婚しないから」
「それは無理でしょ」
みんながまた笑った。ちょっとアレなファンのふりをしてその場をやり過ごした。


目指す友達の実家が見えてきた、昔ながらの名家で実家がとにかく広い。高校の時に離れでクリスマスパーティーもやらせてもらったことがある。

お母さんに「よく来てくれたね」と大歓迎され、居間に通されると友達が出迎えてくれた。そしてベビーベッドに小さい赤ちゃんがいた。

赤ちゃん好きの私の興奮はマックスになった。
「可愛い!!」なるべく小さな声で言うと「ありがとう」と嬉しそうに言われた。

「そんなに赤ちゃん好きなら結婚しなよ」と友達に言われ「相手がいないの!」と言うとみんなが声を抑えて笑った。

赤ちゃんが寝ているのでなるべく小さな声で談笑する。

後二週間すると赤ちゃんと東京に戻るらしい、旦那さんも帰りが遅くワンオペ育児が不安だと言っていたので経験者達が励ましていた。

こんな場だから子育ての話で盛り上がってくれたらいいのに何故だか話は私へと向かった。

「亜紀は結婚しないの?」
「したいんだけど、誰かいい人いたら紹介して」そう自虐的に笑った。

「彼氏は?」と聞かれたけれど「いないよ」と嘘をついた。ここで言うと追及が始まるのはわかっていたからだ、無責任に友達全員に言ってと言っていたけれど、万が一言ったとして別れた時どうすんの?自分に及ぶ被害が甚大過ぎる。

今日の主役の友達が秘密を打ち明けるように更に小さな声で話し始めた。
「実はここだけの話なんだけど、私不妊治療したんだ」
「えっ、そうなの?」
みんな驚きの余り無言になった。不妊治療とかは口に出して言えない雰囲気があるような気がしていたからだ。

「33歳で結婚して、何をどうしても子供欲しかったから、すぐ病院行ったんだ。調べたら不妊治療って若い方が成功率高いんだよ!」
「やっぱりそうなんだ」

自然とそう呟くと違う友達が喋り始めた。

「実は私も二人目不妊で悩んでたんだけど、病院ちょっと通った。今妊娠三ヶ月なんだ」
「えーっ、そうなの!おめでとう!」

元々明るかった日当たりの良い部屋が更に明るくなった。

みんな自分の人生でやりたいことを叶えるべく一生懸命努力している。私みたいに流れに流されたままでは願いは叶わないのだ。

「亜紀もそうでしょ?どうしても子供欲しいんでしょ?」
そう聞かれても彼の顔がチラついて頷くしかできなかった。

「じゃあ絶対に早く結婚して病院行ったほうがいいよ。病院の先生から言われたのは35歳すぎから妊娠率が落ちてくるから、子供欲しいなら少しでも早く病院来てだって」

「本当に有難い言葉貰った。自分の人生考え直す」

そう言ってひれ伏すと友人たちからも励まされた。
「だから婚活しなよ!まだ間に合うって」

「婚活か……考えておく」
「何でこの後に及んで考えおくなのよ」

そう言ってまたみんなが笑った。
私達の笑い声に合わせて赤ちゃんが泣き出した。新米のお母さんは「どうしたの?」とおむつをチェックしたり抱っこしたりしている。

赤ちゃんのミルクの甘い匂いが漂うこの部屋で一人だけ置いてけぼりに遭っていた。






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