第145話 夜の街で

文字数 1,369文字

二人の会話が止まった。窓の外で雪が積もっている気配がする。暗闇の中で流石にもう寝るだろうと思い目を閉じた。

「なぁ亜紀ちゃん、何かもっと話そうよ」
「寝ないの?」
「まだ寝ない、毎日会える訳じゃないから限界まで喋るからな」

私も明日仕事がある事を気にしない彼の身勝手な言い分を何故だか愛しく聞いていた。今日風俗店に出入りしてることがバレて揉めたこともすっかり忘れ、恋という麻薬で頭がおかしくなってしまっている。

「安定した普通の会社員になりたいって思うことあるの?」
「それはないな、今の仕事好きだから。毎朝同じ時間に起きて同じ場所に行くなんて耐えられない、よく飽きないよな」
「私の事煽ってんの?」
「煽りました、さーせん。俺凄く心配性で不安定な事は嫌いなんだけど、この世界飛び込んで頑張ってるから俺にもっと優しくしてくれ」

「優しくしてるでしょ?でもしげちゃんは他の人に比べたら恵まれてるよ、だって家お金持ちだから。何かあったらお姉さんの旦那さんの会社に就職すればいいってお姉さん言ってたんでしょ?」

「姉ちゃんと旦那さんは五年前にさも当然かのように言ってたな」

「ほら、私だってそういうツテがあったら健のこと気の済むまで夢追ってればいいって思うけど、何のツテもないから、何歳までやらすかなってふとした時に考えてるから」

「アイツにわざわざ専門学校行かせて色々資格取らせたんだろ?あいつの気の済むまでやらせてやれよ」

「……まぁ、そうだよね。わかってはいるんだけど色々怖い世界だから心配なんだよね、健と同じ研修生で薬物で捕まった人もいるしさ」

「この業界は色んな種類のストレスが押し寄せてくるからな、そういう薬に逃げる人も一定数いる。俺はそういう奴には関わらないよにしてるけど」
そう言って彼が小さなため息をついた。誰か知っている人がそうなっているのだろうか。

「売れなくなったらどうしようの他にどんなストレスあるの?」

「後は……あれだよ、事故にあったり病気になって働けなくなったらどうしようとか思うんだよ。サラリーマンじゃないから、働けないってことは収入がゼロになるってことだから」

「もしもの世界考えすぎだよ」
「俺神経質で心配性なんだよ」

暗闇の中でお互いの顔が見えないと普段言えないことも言えてしまう、修学旅行の夜に好きな人を何故だか言いたくなるのと同じ現象。人間って不思議だ。

彼の心配性が作り出した、もしもの世界に私も参加しよう。パラレルワールドだから素直に自分の希望が口から出てくる。

「じゃあその時は婚姻届書いてくれるなら私が養ってあげる」
「何言ってんの?俺病気で働けない設定なんだけど」
「だって好きで付き合ってるんだから、だからその時はちゃんと婚姻届書いて」
「……そんなもん何枚でも書いてやるよ」
「じゃあ子供も欲しいかな」
「何人でも作ってやるよ、でも今俺病気設定だぞ」

「そっか、じゃあ子供はいいや」
パラレルワールドなので素直に子供も諦めた。
「そんな簡単に子供諦めていいの?絶対欲しいんだろ?」
「うん、まぁ病気だったら仕方ないかな」

パラレルワールドだからと言いながらも、実際にこの状況になったら本当に子供産むことを簡単に諦めそうな情深い自分が怖い。






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