第39話 習字が得意な人

文字数 1,072文字

そう言うと智は慌てて口を押さえた。

丸山さんの顔を見て喋りたかったが、反応が怖くてやっぱり見られなかった。

窓の外の青空を見て息を大きくすった。

「丸山さん、さっき話してなかったことがあります。この子は健って言って、今は東京に住んでいます。

血の繋がりはないんだけど、この子が小さい頃から家にいるので家族です。母が亡くなってからは十年位、健と智の三人で暮らしてたんです」

丸山さんは戸惑っているように見えた。そりゃそうだろう。

「えーっと、聞いていいことかわかんないんだけど、どうして健君とも暮らしてたの?」

「あーっと、それはですね」
なんて答えようか困った。

健が慣れない敬語で辿々しく話し始めた。

「いや、よく聞かれるから大丈夫っす。俺も詳しい事はわかんないんだけど、俺の本当の親が滅茶苦茶で、ちょっと虐待紛いのこともされるようになって来ちゃって、亜紀も亜紀のお母さんも困ってる人ほっとけないから、家おいでよって言ってくれたみたいで、そこからみたいッス」

「他の人にこの話すると、みんなドン引きするんです。だから丸山さんにドン引きされたくないって思って、話しちゃいけないなって思って、智の話しかしてませんでした。丸山さん、ごめんなさい」

けれども丸山さんの顔はやっぱり見ることができなかった。

「健もごめんね、大切な家族なのに」

健はいつもの飄々とした顔で言った。

「別に大丈夫、亜紀にそれで苦労させちゃったから」

「本当に何で世の中って血の繋がりに拘わるんでしょうね。健の高校時代の彼女のお母さんとかに「ふしだらな!」ってどなり込まれたこともあったし、ご近所の人もヒソヒソするし」

智が嬉しそうに言った。

「あーそれ健が高校の時に俺は亜紀と夜な夜なって、みんなにホラ吹いてたから」

「はぁ?!」

健が慌てて智の口を塞いだ。

「馬鹿!今まで黙ってたこと何でいきなり喋り出すんだよ!」

「健一体どういうことなの?!」

たまたま隣にあった習字で使った新聞紙を丸めて健を叩こうとすると、丸山さんに
「まぁまぁまぁ落ち着いて」と止められた。


「うわっ、もう最悪、そりゃあご近所の人あんな目で私のこと見るって。あーもう最悪、最悪、最悪。弟に手を出すとんでもない女だと思われてた、最悪」

そう言って机に顔を伏せる私に、丸山さんが「まぁ、もう済んだことだから」と声をかけた。

丸山さんは大人の対応でこの場をなんとか収めようとしている。

「健君は今東京にいるって言ってたけれど、今は何をしているの?」
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