第161話 師走の夜

文字数 1,414文字

「もう嫌だ恥ずかし過ぎる、人生で1番恥ずかしい」
顔を伏せたまま嘆いていると彼がいつものように髪を撫でてきた。

「わかったから元気出せ。ほら新潟の道の駅の人からお土産貰った。笹団子葉寿司だって」

「何それ」
ネーミングに惹かれ顔を少し上げると、机の上に緑の笹の葉に包まれたおにぎりみたいなお寿司があった。

「そう言えばお腹空いてたんだ、一個下さい。その前にちょっと手を洗ってくる」

お寿司を食べている間もバラエティ番組は進行が進む。番組を見て彼が笑っているのでホッとした。さっきのことどうか忘れてくれますように、ちょうどCMになったので彼に話しかけてみた。

「遠く離れて住んでるはずなのに、何だか隣町に遊びに来るみたいに気軽に来るからびっくりする」 

「今日は新潟で明日の朝金沢で仕事なんだよ、新潟の仕事がちょっと早く終わってギリギリ最終に乗れた。二週間近く顔見てなかったし来れてよかった」
彼は優しい眼差しで見つめてきたので私も見つめ返した。
「うん、私も会いたかった」

彼はいつものように頬を触ってキスをしようとしたので「今笹団子葉寿司食べたばっかりだから歯磨きさせて」と言った。

彼は不敵な笑みを浮かべ「駄目」と言うと少し強引にキスしてきた。

何かいつもと違う異変を感じていた。うまく言葉で言えないけれど、何かが違う。
いつもはキスしてる時にこんなに体ベトベト触ってきたかな。

キスをさり気なく止めて「歯磨きさせてよ」ともう一度言うと「わかった、わかった。歯磨きも風呂も入る時間あげるから」と彼は余裕たっぷりに笑った。
「何でお風呂まで?」
「亜紀の風呂上がりの匂いが好きなんだよ。ギュって抱きしめさせて」
彼の目を見て頷くと彼に抱き寄せられ、耳元でこう囁かれた。
「お風呂上がったらもう一回さっきのエロいキスしてよ」

彼はまた私の気持ちをぶっ壊しにかかってきた、忘れてなかったんだ。思わず机にふした。

「人生一番恥ずかしい、この間のノーブラ事件が二番目、これもそれも連絡もなしに急に来るから」
彼は呆れたような顔で呟いた。
「今日なんか連絡しても寝てただろ?じゃあ三番目は?」

「三番目は…あれ。五年前に婚活してた時に紹介された人がカッコよくて一緒にいて楽しいし気が楽で婚約寸前まで行ったのに、その人ゲイでおまけに偽装結婚持ちかけられた時」

彼が何とも言えない顔でこちらを見ている。
「きっと全てが上手く行くと思ってたのに、智や友達にこの人っていう人が現れたって得意気に話しちゃって、みんなから祝福されてたのにあの時は本当にどうしようかと思った」

彼は一言呆れ顔で言った。
「何でその相手と未だに仲良くしてるの?」

「それがたかちゃんだって気づいた?」
「当たり前だろ、どこで知り合ったんだとずっと思ってたから。今週の火曜も来てたんだろ?」
「火曜日はたかちゃんの車屋さん休みだし」
「たかちゃんって本当にゲイなの?女に一切興味ないの?ちょっと心配なんだよ」

「会ってみる?たかちゃんも会いたいって言ってる。しげちゃんの顔が凄くタイプなんだって、したいことがあるから二時間だけ貸してって言われた」
「……疑ってすみませんでした」

彼はそう言ってテレビを見ると暫く黙った。

そして三分後にこう言った。
「そういえば風呂溢れてたから、さっき止めたけど冷めないうちに入ってくれば?」


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