第346話 四月の風

文字数 1,994文字

翌朝、酷い二日酔いと共に目が覚めた。激しい頭痛と胃もたれがする。私の最悪な体調と反比例してベランダから鳥の囀りが聞こえ、カーテンを開けるとどこまでも澄み切った五月の青空が見えた。

今日がゴールデンウィークで良かった。午前中いっぱい家でゴロゴロしていると、仕事を思い出し午後から学校に休日出勤した。

珍しく誰もいない職員室で仕事をしていると塚田君が来た。

草野球の帰りらしく野球のユニフォームを着ている。

「塚田君、昨日はありがとう。酔いすぎて記憶がないんだけどさ、変なこと言ったりしてなかった?」

塚田君は何とも言えない困惑した表情をした。

やばい、酔いにかまけて何かしてしまったらしい。

「酔って塚田君かっこいいとかウザ絡みした?」

「……いや、そういう事じゃ無くてさ」

「本当にごめんなさい、絶対何がうざいことしたんだ……もしかして抱きついたりとかセクハラ系した?本当にごめん」

塚田君は「そういうことはない、大丈夫だよ」と苦笑いすると、違う先生が入って来て会話が終わってしまった。

ヤバい、一体塚田君に何したんだろう。

誰も来ない理科室で智に電話をかけた。

「もしもし、今学校にいたら塚田君が来てすっごい微妙な反応されたんだけど、昨日私なんかしたでしょ?」

「……してないよ」

電話口の智の声が慌てているような気がする。自分は一体何をしてしまったんだろう。

「もしかして大学の頃と比べて少しおでこ広くなったねって言ったんでしょ?」

「……言ってないよ」

「じゃああれだ、塚田君と付き合いたかったよとか言ったんでしょ?」

「……言ってないよ」

「嘘、絶対それじゃん。あーもう最悪、最悪だ!せっかく今普通にしてくれてるのに。謝った方がいいかな?」

「謝られたら逆に気まずいから、何もなかったように普通にしてた方がいいと思うよ。二度と口にしない方がいい。仕事の同僚なんだから」

「やっぱそうだよね、って何で棒読みでまともなこと言ってんの?誰かに言わされてるんでしょ!」

「うぇっ、い、言わされてないよ」
「誰?ってどうせ、さっすんでしょ」

さっすんとは智達の友人で一番に結婚した人物でもある、そのため勝手に恋愛マイスターと謎の称号を名乗り、こういう風に勝手にアドバイスをしてくる。

「姉ちゃんところで、昨日兄ちゃんと結婚する約束してたって言ってたけど本当?」

酔っ払ってそんな事も言っていたようだ。
「……する訳ないでしょ。その名前二度と口に出すなって、もう切るわ」

乱暴に電話を切った、昨夜自分は大暴れしたらしい。二度とお酒を飲むのは止めよう。



夕方仕事から帰ってくると自分の部屋でダラダラと過ごしていた。すると部屋のチャイムが鳴った。

インターホンにはさくらちゃんが映っている。彼女は彼氏と別れて予定もないのでゴールデンウィークは地元の友達のいる実家に帰ると言っていたけれど、そろそろ帰ってきたのだろう。

部屋に招き入れるとさくらちゃんはやけにニコニコしている。
開口一番こう言った。

「亜紀先生は塚田先生のことどう思ってるんですか?」
「どうも何も、大学生の時に好きだったんだけど」

「今は?どうですか?正直に答えて下さい」
「今?まだ誰も好きになる元気がわかないよ」

何か嫌な予感がする。

「大学生の時に何があったんですか?昔塚田先生も付き合おうとしてたけれど、色々あって諦めたって島田先生が言ってたんですけど」

島田先生は本当に余計なことしか言わない。塚田君と同じサークルだったからあの騒動を知っているのだろう。

「だから、一言で言うと火中の栗を拾いにいく羽目になって大火傷した。塚田君の彼女とか周りの人とかと揉めて酷い目にあった」

「今は拾いに行かないんですか?」
「だから、時々フラッとなることは確かにあるけれど、あの大火傷のこと思い出したら拾いにいけないよ、私この学校でみんなと仲良くしたいし」

「良かった、亜紀先生、実は好きな人ができたんです」

突然の告白に肩の力が抜けた。嫌な予感がするけれど一応聞いておこう。

「早っ!どんな人?」
「年は大分上なんだけど、背が高くて優しくてかっこよくて、運動神経もいいし、頼れるし」

嫌な予感がする。
「それってもしかして塚田先生?」

彼女は頬を赤らめた。
「そうなんです、職場の先輩だから駄目だってわかってはいたんですけど、やっぱり好きだったんです。

今日も仕事の相談メールしたら、長文で返してくれてどれも的確だし、本当に素敵ですよね」

適当な相槌を打つと「私が失恋した時も優しい言葉で慰めてくれて」とさくらちゃんは言いだした。

あの時は私とたかちゃんで慰めて塚田君はほとんど相槌を打っていた。けれど恋する乙女にとっちゃ、全てが塚田君に変換されるのだ。

さくらちゃんの話を聞きながら、これで塚田君と付き合うことは絶対にできないとショックを受けている自分がいた。


彼女が帰った後、しばらくの間一人でベランダに出て大通りを行き交う車を眺めていた。





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