第224話 伊豆の踊子

文字数 1,408文字

「どうせ私ズレてるから!」

そう言って彼から目を逸らした。さっき言われたセリフに対して今になって腹が立ってきた。

彼とは正反対の壁にある振り子時計を見ていると背後から抱きしめられた。

「ごめん。あんな事言って本当に悪かった」
私は振り向かずに彼を責めた。

「でもズレてるって思って、腹立つんでしょ?」
そう言うと彼は髪を撫でた。「思ってるし、瞬間的にムカつくけどよくよく考えたら面白いから無罪」

「そのゼロキロカロリー理論みたいな奴何?」「そっちの理論の方が何だよ」そう言うと彼は私を離し今度は正面から抱きしめた。

抱きしめられた時の彼の体温が暖かくて急に我に返った。
「また私考えすぎて馬鹿なことした?」そう聞くと「そうだな」と言われた。

「最初からしげちゃんにちゃんと不安な気持ち伝えてればよかった。そしたらあんなこともしなくて良かったのに」

私の口は達者だと思うけど、その分ついつい言わなくてもいいことまで言ってしまう。

「ヤバイヤバイ、これ、かなりヤバイ」と思ったけれど、勘が鋭い彼は気がついたようだ。

急に彼の声のトーンが変わった。
「あんなことって何したの?」
ヤバいヤバい、これ、かなりまずい。

数秒の間の後に何とか答えた
「えっ…だからちゃんと流れをみとこうと思って、智がうちに預けてあるDVDみようとしたの、変態幼稚園ってやつ。そしたらおじさんがでっかいおむつ付けて横になってて、教室に先生がオムツかえますよってきて」

そしたらおじさんがバブーって。今思い出しても吐きそう。私が先生してるせいもあると思うんだけど、もうトラウマで」

「あいつそんな性癖してるんだ、シスコンだもんな」そう言って笑ってくれた。

ズルイと思うけど、笑える話をしてこの場を誤魔化すしかない。

智ごめん。

私も愛想笑いしているとすかさず「で、もっとあるでしょ、そういう顔してる」と言われた。

「……えっと、職場の詳しそうな人に相談しようと思って」
「それは男?女?」
「同い年の女の人」「じゃあいいや、それで?」

「そしたらブラジリアンワックスした方がいいって言われて」「ブラジリアンワックス?何それ」「いや、何て説明したらいいかわかんないから検索して。こんな意味不明な事したくないって緊張の糸が切れて」

彼がスマホを見ながらひゃっひゃっと笑い出した。「ブラジリアンワックス、語呂もいい」と言ってまた笑っている。「その人がぶっ飛びすぎだろ。ブラジリアンワックス」と言いまた笑った。

私は作り笑いで一緒に笑った。彼は三分ほど笑った後に急に笑うのをやめた。
「で、まだあるんだろ?もっとヤバいやつ」

部屋を静寂が覆う。もう観念して話すしかない。

「ブラジリアンワックスの人が経験がないんだったら経験すればいいって、アプリを勧めてくれて」

「何それ」

声のトーンが今まで聞いたことないくらい鋭くて怖い。怖くて彼の顔が見られない。

彼が「出会い系アプリ見たいな奴?」と言うので無言で頷いた。

「それで誰かいないかなって検索した」
「それで?」
「家に帰って、この人運動得意そうとか、この人痩せたらイケメンとか今の時代に合わせて悪口を言わないように批評した」
「それで?」
「一人で笑った」

「それだけ?会ってないの?」
「うん、ほら私神経質だから無理だった。会いたいとも思えなかったし、そこで会いに行けるんだったら、もっと人生エンジョイできてる」

そう言い終わってしばらく無言の時間が過ぎた。怖くて彼の顔が見られない。
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