第331話 別れの季節

文字数 1,524文字

金曜日、校長室に呼ばれた。ソファに座るように促されると校長先生は例の宗教団体の話を始めた。

「いたずら電話まだかかってくる?」
「はい、2日に一回は来るんですよ。非通知拒否したら公衆電話からかかってくるし、だから三月の終わりに思い切って変えます」

「女性だからそれがいいよ、俺は一応残して相手するからさ」
「校長先生、本当にありがとうございます」

深々と頭を下げた。

「それで、来年度の勤務先なんだけど」

こっちの話の方が本丸なのだろう。

「高崎市立米崎小学校に決まりました」

一瞬驚いて声が出なかった。
「……米崎小ってあの米崎小ですか?」

「そう、あの米崎小だよ。校長先生が山浦さんのこと気に入ってたから呼んでくれたんじゃないかな?俺も山浦先生のことベタ褒めしといたから、でも彼も三月で定年だけど」

校長先生はそう言って笑った。私は結婚相手となりそうな年齢の男性からはあんまりモテないけれど、それより上の年齢の男性にはこうやって気に入られることが多い。

「あぁ有難いですね」

取り敢えずそう言うしか無い。

「まぁここで色々あったけど、心機一転頑張って」と校長先生にまで慰められた。

どんな噂が流れてるんだろう、恥ずかしい、恥ずかしすぎる。

米崎小は宗教団体の前の拠点があり、塚田君もいる。

校長室を出てふと考える、塚田君、去年米崎小に来たって言ってたから絶対来年度もいるじゃん。

大昔に「同じ学校になったらその時は付き合ってて」と酔っ払って口を滑らした若い塚田君を思い出した。

今まで異動の度に次の学校に塚田君が居ますようにと密かに期待していた。

けれど本当に同じ学校になったら気まずいだけじゃん!


でも塚田君なら大人の対応してくれるだろう。優しいし、かっこいいし、学生時代のようにまた毎日塚田君見られるならラッキーだと思おう。

職員室の自分の席に座りそう自分を納得させた。年度末は忙しい、とにかく忙しいのだ。土曜日も学校で成績処理や物の片付けに追われている。

夜、家に帰るとやっぱり一人は辛かった。


たかちゃんに電話するとすぐに駆けつけてくれた。

たかちゃんにだけは直前に結婚する話をしていたことを言うと自分のことのように憤慨した。

「許せない、結婚するって言ってたんでしょ?」

「うん、でも今思うと結婚しなきゃ別れるって言ってたから、私が無理やり言わせた感満載だな」

大きなため息をついた。

たかちゃんが私を慰めるように卵焼きを差し出しこう言った。

「どちみちこうなってたんだからさ、結婚して子供生まれた時じゃ無くて良かったじゃん」

「確かに今で良かったよ、子供産まれてたらもっと悲惨た」

そう言うとあの件以来初めて笑えた。

私はお母さんのような人生を歩みたくない、誰かに愛されて日々ささやかに暮らしていきたい。

だから一緒にいきていくのは彼ではないのだ。

そう思うと少し重い気持ちが楽になった。



日曜日は家で荷物の整理を始めた。たかちゃんが連絡したらしく智とやっさんがやってきた。

「俺納得できない、兄ちゃんに電話して聞く」と言ったのでやっさんと二人で止めた。

やっさんが「亜紀さん、いい夢みたと思って忘れましょうや」と言うので「いい夢か悪夢かわかんないわ」とまた笑った。

こうやって少しずつだけれど笑顔が戻ってきている。

智とやっさんは夜まで荷物の整理を手伝ってくれた、10分の1も終わらなかったけれど。

相変わらず部屋に一人でいると涙が出るけど。

こればっかりは仕方がない。


後少しで離任式と卒業式だ、


幸いなことにやる事が沢山ありすぎて嫌な事を忘れられた。

どれだけ待ち望んでも彼から何の連絡もないまま時間が慌ただしく過ぎ去っていく、外は段々と春の陽気になっていくのに私の心はぽっかりと穴が空いたままだ。

全てが仕方ないのだ。



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