第264話 深夜の訪問者

文字数 994文字

マンションの前の大通りの車通りが少なくなってきていた。都会の人達も眠りにつく時間になったようだ。

冷たいビル風が吹き終わった後に彼が口を開いた。
「あのさ、さっきの話の続きしてもいい?」「話がとっ散らかり過ぎて何の続きかわかんないけど、どうぞ」

「大事な話だよ、言っておかないと亜紀が勘違いして俺から離れて行きそうだから。俺は何度もやられて学習したからな。わかってるようでわかってない人には、はっきり言っておかなきゃ伝わらないから」

何を話すのだろうと彼の優しい眼差しを見た

「海外に行ってた美咲がいきなり帰ってきたら、俺は即答で亜紀を選ぶとは言えないと思う」
どうせエロいことを言うのだろうと高をくくっていたら一番大切な話だった。
「大切な話ってその話?」
思わず残っていたビールを飲み干した。そんな私を見て彼は優しく笑った。

「そうだよ、大切だろ?十何年引きずってたことだから気持ちの整理が必要だ、だからその時は時間をくれ、そしたらきっと亜紀を選ぶ、と思う」

そう言って彼はまた東京タワーを見た。私も「と思うって何だよ」と思いながらも少し安堵しながら同じ東京タワーを見た。

塚田君と東京タワーを見た日は、本当に将来塚田君とどこかで出会えて付き合えると信じていた。

まさかマンションの二十階から東京タワーを見る事があるなんて思いもしなかった。

将来のことなんて誰にもわからないのだ。

「……凄く正直に答えてくれてありがとう。何だかすっきりした」
「あー風が冷たいからそろそろ中へ入ろう。だいぶ慣れてきたから今日は違う体勢でやろうか」
彼は晩御飯はカレーにしようかと同じノリでそう言うのでいつも以上に慌てふためいた。

「ちょっと待って、普通の話してるときにいきなりそういうのぶち込んでくるのやめて」

彼は余裕たっぷりに私を見て「至って普通の話だろ?」と笑った。


二人で部屋の中に入ると泳ぐときに使う足ヒレが置いてあって笑った。クイズ番組の商品で貰ったらしい。この前の収録の時には指輪がサイズ違いでいっぱいついているやつを貰っていた。

「こういうのって本当にくれるんだ」
「あの番組、こんなしょうもない奴はしっかりくれるけれど、優勝賞金二十万円はくれないんだよ!貰ったふりだぞ」

テレビの裏側を知ってまた笑ってしまった。

人の心は完全には自分のものにはできないし、将来のことは全くわからない。

けれど何でもない今この瞬間が何より幸せだ。
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