第61話 ちゃんとした場所

文字数 2,038文字

「そうやって夜二人でどこか遠くに出かけるのを何回か繰り返してたんですけど、ある日校長室に呼ばれたんです。

行ったら斎藤くんのお父さんである村長さんが来て、校長先生立ち会いの元、もう二人で会うのやめてくれって言われました。

私の家族関係も興信所か何か使って調べたみたいで、時期村長の息子の嫁は無理だ、村混乱させるだけだってはっきり言われました。

校長先生は村に来て一年目だったから、村長の言い分聞いて唖然としてましたけどね。

その日の夜に斉藤君に上田城にドライブに行こうって誘われて、歩いてたら手を繋がれて、振り解かなきゃいけなかったのに、振り解けなかったんです」

車に静寂に包まれた。
彼がポツリと話した。
「まさかの上田城がここで繋がるとは思わなかったよ。何で俺あの時、最後にデートした場所どこなんて聞いたんだろ。あーもうとにかく最後まで話して」

「だからこれ以上は絶対駄目だって思って、彼を部屋に連れてきました。私好きになった人に甘いんです、だから何かあったら絶対ダメだって思って村に関係のないゲイの友達、たかちゃんっていうんですけど、たかちゃんも部屋にいてもらって話し合いました。

彼は「村も心配だけど、私と一緒にいたい。だから何のしがらみのない東京に一緒に行こう」って言ってくれました。

私も別に今の仕事東京でもできるから、彼と一緒に東京に行こうって頭の中の9割で考えてました。たかちゃんも二人で駆け落ち!って大袈裟な事言って騒いでましたけど。

でもギリギリ残ってた1割の理性で彼を説得しました。来週その政略結婚の相手と顔合わせする予定だって言ってたので、それにちゃんと行くように言いました。

隣町の人だから噂が伝わって来てて、23歳で凄く美人で性格もいい人らしいって。だから絶対その子の事好きになるからって。

でも彼が行かないって言うんです。だから村の現状について話し合いました。ダムがこれで廃止になったら、村の人達の仕事が立ち行かなくなるって。

彼が不思議そうに呟いた。

「あのさ、そんな他人のことなんか気にしなきゃ良かったんじゃないの?何でそこまで気にするの?」

「私健と智育てて来て身に染みてわかってるんですけど、お金って子育てで大切なんですよ。

今の学校だって教室に備え付けのパソコンあるし、今度一人一台タブレット貰えるらしいですよ。子育て家庭への手厚い支援でお家の人も困ってる家庭ないんです。

だからみんな明るくのびのびしてます。

でもこれでもしダムが無くなったら、お家の人が経済的に困ったら、しわ寄せが来るの子供じゃないですか?

私は元々母性本能凄く強いんです。でも自分の子供いないから、溢れ出る母性本能、全部学校の子供達に向けてます。だからお金がないことで大学行けなかったり専門学校行けなかったりであの子達の将来狭めたくないんです」

丸山さんは何も言わなかった。私はそれでも話を続けた。

彼も村の人達の生活や子供達のこと凄く心配してて「じゃあ村に残って私とも結婚するし、ダムの事もなんとかする」って言ってたんですけど、

「どうしてそうしなかったの?」

「現村長の言う通り私の家庭環境が悪すぎて、とてもじゃないけど彼の奥さんにはなれないんですよね。村長の息子さんってことは次期村長なんですよ。奥さんは家柄とか学歴とか親戚筋とか色々紙面になって公表されるんです。

今は村人は私の家庭環境なんて何も知らなくて学校の先生だから友好的に付き合ってくれてるけど、自分達の代表の奥さんってなったら、家庭環境を理由に攻撃して来るだろうし、村を余計混乱させるだけなんですよ。それこそ火に油です」

「これ聞いちゃいけない事かもしれないけれど、家庭環境って智と健以外にもあるの?」

「あります、別に犯罪がらみとかじゃないし、そこまでたいしたことじゃないかもしれないですけど。今までずっと周りの人に可哀想って言われたり、意味もなく陰口たたかれたり頑張ってねとか無駄に励まされたりしてトラウマになり過ぎててあんまり話したくないんです。

斉藤君のことで一つ後悔があるとすれば、自分の家庭環境を全部話さなくちゃいけなくなったことです。あんな家の恥、好きになった人に話したくなかった」

そう言って黙ると、彼は優しい口調でこう言った。

「わかった、俺は亜紀ちゃんが話してくれるまでは聞かないよ」



「丸山さんってやっぱり優しいですね」

「だろ?」と彼は一言だけ言った。

「……それで彼は納得してくれました。顔合わせにも行くって。私達はもう二度と二人で会わないって決めました。これだけです。もうこれでいいですか?」

テレビでは夕方のバラエティ番組が始まったようで、急に明るい男性の声が響き渡った。

外は完全に日が落ちて当たりは街灯の光以外何にも見えない。

「いいよ、元カレよりたちが悪い話だな。聞かなきゃ良かったよ」
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