第241話 深夜の訪問者

文字数 1,254文字

「重明と別れて貰えませんか?ちょっと家柄が釣り合わなくて」

お母さんとまだ見ぬお兄さんから言われる場面が頭を通り過ぎた。いや、本当にこのままいくと言われかねない。

そんな私の思いとは正反対にお母さんがあっけらかんとこう言った。

「私が重明の恋人に会いに行くってメールしたら、重明の兄が何か嫌なこと言うんじゃないかって心配してるみたい。本当に失礼しちゃうわ」

何だか拍子抜けした。「ほらあの子末っ子で溺愛して育てちゃったから、私が若い子いじめでもすると思ってるのかしらね、本当失礼しちゃう」

そう朗らかにお母さんは笑った。急に肩の力が抜けてその場に座り込みそうになった。

人のことを噂で判断してはいけない。なんでいつも子供に偉そうに言っている癖に自分ができていないんだろう。

とにかく何と答えていいのかわからなくて、愛想笑いをした。

本当にお母さんごめんなさい。

その時ふとお母さんの座っている床にスーパーの袋が置かれているのに気がついた。

普段不摂生な生活を送る自分の子供に栄養のあるものを食べさせようと買って来たのに違いない。

「何か作られるんだったらお手伝いします」そう言うと「あら、ありがとう」とお母さんは言った。

スーパーの袋を両手に抱えてキッチンへと持っていくと「今日はね、オムライスとサラダを作ろうと思って、重明はね小さい頃からオムライスが好きでね、お子様ランチの旗立ててあげるともう喜んでね」と懐かしそうにお母さんは微笑んだ。

料理はお手伝いさんがやっていて母親はいつもマウント合戦、母親は俺から全ての感情を奪ったと言っているけれど、彼の思い込みではないのかとさえ思えてきた。凄くいいお母さんだよね。

「そうなんですか、可愛いですね」と言うと、「あの子ったらあの五年前の事件以来、すっかり女の人と付き合うのやめちゃって、水商売の人達とは派手に遊んでたみたいなんだけど」

お母さんからあの話を振られて、何と言っていいのかわからずとにかく相槌を打つ。


「だから私今日亜紀さんに会いたくて来たの」「私にですか?」
「この間お姉ちゃんに真剣に付き合ってる恋人がいるって言ってたみたいで」

そう言えば先週伊豆から帰る電車の中でお姉さんから電話がかかってきていた。どんな人か確かめたくなったのだろう、私も健には半年付き合ったら紹介してと言ってあるし。

「お姉ちゃんが今度会わせてって言ったら、重明がすぐに「いいよ、本当にまともな子だからびっくりするな」って言ったらしいの」
「そんなことまで言ってたなんて、なんか恥ずかしいです」

少し照れた、お姉さんにちゃんと紹介すると言ってくれていた事が嬉しかったからだ。けれども何故だかお母さんが私を見る目が鋭い。

「仲良さそうで羨ましいわね」
お母さんが一見朗らかにそう言ったのだが、違和感を感じた。顔が笑っているようで目の奥が笑っていないのだ。


その違和感を消化することなく、お母さんが袋から物を並べ始め「もう一つのも出して頂戴」と言われたので、慌ててもう一つの袋から物を取り出しお母さんと同じように並べ始めた。



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