第214話 伊豆の踊子

文字数 1,615文字

ラーメン屋さんに着くとカウンターでラーメンを食べた。特に美味しくもない普通のラーメンだったけれど、彼がブツブツとラーメンのウンチクを語っていて楽しかった。

食べ終わると「いいって」という私を押し除け「こういうのは男に払わせろ」と全部払ってくれた。

店を出て「自分の分くらい払わせて」と言うと怪訝な顔をされた。
「あのさ、俺は今まで亜紀ちゃんに何か買ってやりたいなって思っても、亜紀ちゃんは嫌がるだろうなって思って買ってあげてない。亜紀ちゃんの考えを尊重して」

私は彼の顔をじっと見ていた。

「でも本当は俺は女の人に払わすのはマナー違反だと思ってるし、好きな女には色々買ってあげたい。今日東京に来る新幹線代も払いたいけど、嫌がるだろうなと思って我慢してる。だから、今日はこれ以降払うって言わないで、俺を尊重して」

彼の説明はわかりやすくて納得のいくものだった。人と人の付き合いだから私だって彼を尊重しなければいけない。

「わかった、重ちゃんありがとう」
そう言って財布をしまうと彼は私の髪を撫でた。

「でもどうして、そんなに女の人に払いたいの?」
すると彼は笑いながらこう言った。
「払わせたら悪いでしょ?どうして亜紀はそんなに自分で払いたいの?」
「いやだって払わせたら悪いでしょ」

そう言って二人で笑った。


彼が人混みの中どこかに向かって歩き始めたので彼についていく。二、三歩歩いて気づいたように私の手を繋いでまた歩く。

「私が思うにこんなに価値観が違うのはきっと、この七歳差っていう年齢のせいだと思うんだよね」

「またバブル説唱えるのか、面白い仮説だけど、二十代でも三十代でも男に奢られて当然って女沢山いるからな」

「でも私の周りは割り勘する人達が多いっていうか、職場の飲み会もきっちり割り勘だし、もう死語かもしれないけれど若い時合コンとか呼ばれることあるでしょ?その時もきっちり割り勘だったし」

彼の顔色が変わったのが横顔からもわかった。
「何で合コンなんか行ってんだよ、智と健の世話してろ」
「あの人達高校生になったら私いない方が嬉しいんだって。別にいいじゃん合コンぐらい」

「合コンで王様ゲームとかするの?」
「したことない、そういうことしてたの?」
「じゃあ何するんだよ?」
「もうドン引き、テレビで見たけど一番と二番がキスとかやるんでしょ?うわっ。無理、無理」
「じゃあ何するんだよ?」
「普通にお酒飲んで相手の男の人の仕事の話とか聞いたりする。向こうもこっちの仕事とか、聞いてくるから話したり」
「何そのつまんない合コン、その場で気に入った男女が消えたりしないの?」

「するわけないじゃん、本当に怖っ。ねぇ消えたことあるの?」
「あるよ、俺を誰だと思ってんだよ。俺の好きなタイプは頭が悪くて露出が激しい奔放な女だし、周りに群がってくる女もそんな感じだった。でも複数プレイは無理だから、そうなりそうだったらそっと消える」

頭痛がして思わず彼の手を離した。東京駅の曇った空調が息苦しい。

「一体何言ってんの?もう何か色々信じられない世界」
「だから、俺の仮説を言うと自分の周りっていうのはその時々の自分に似た人が集まってくるんだよ、当時はそんなんだったからそんな人が集まってきてた。今はコンプライアンスが厳しいし、歳とって遊びたい意欲も無くなって真面目に生きてるから、亜紀だけが隣にいる」

彼の顔をじっと見た、綺麗に整った顔をしている、職業を考えると若い頃ほどじゃないにせろ今でも相当モテるだろうな。

「こんなに刺激のない私でいいの?」
「何言ってんだよ、上手に蝋燭とムチと飴を使って俺に心地よい刺激をくれるだろ?」
「……このど変態が!」

彼は何故だか罵倒されて「すみませんでした」と心無しか嬉しそうにしていた。そういえばこの人こういう性癖だった。

周りから「あれ丸ちゃんじゃない?」とヒソヒソされ始めた。

「よしライトなファンの人に囲まれそうだから改札まで走るぞ」

彼は私の手を繋ぎ走り出した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み