第276話 追撃される

文字数 1,981文字

「ワイドショー見てそのストーリー思いついたんですか?今話題ですもんね、もし本当に私の大学に行くお金を出して貰ったんだったらそれは返しますけれど、私は誰からも支援を受けていません」

「嘘はつかないでくれ、借用書もあるし、実際問題彼女は自分の貯金全部はたいてあなた達に仕送りして、今凄く金銭的に困窮してるんだよ」

この男もまた騙されて女の全てを信じている、滑稽だ。このたいして綺麗でも無い太った女にどうしてそこまでの魅力があるのだろうか。

小さく息を吐いた。段々とヒートアップしていくのが自分でわかる。こうなったら止められない。

「今年再会した父が最後にこの女性に私達家族への仕送りお願いしていたと言ってましたが、それはどうなったんですか?振り込まれた形跡ありませんが」

「あなたのお父さんが嘘ついてるのよ」
女はまた泣き出し、男性が慌てて体を支えた。
「そうだ、君のお父さんはろくでもない奴らしいからな」

この時点で私に送金しているという論理が破綻しているのがわからないのだろうか。

女の醜い泣き顔を見たこの瞬間、村人や校長先生がいることは頭からスッポ抜けた。

この女、絶対に許せない。

「私はあなたが父と逃げたお陰で合格してた東京の私立大に行けずに地元の国立に行きました。国立っていいですよね、授業料減免してくれるんですよ、四年間ずっとバイト漬けでそのお金で弟二人育てました」

「いや実際問題、彼女は困ってるんだよ」
この男は返答が滅茶苦茶だ、父と同じく感情で物事を考えるタイプ、あまり頭が回らないのだろう。

「弁護士さんに父の通帳の明細取り寄せて貰ったんですが、計五千万円この女性名義の通帳に五年かけて振り込んでるんですが、そのお金どうされたんですか?父の通帳の残高が53円で涙出そうでした」

男は流石に少し変だと思い始めたようだ。
「その証拠はあるんですか?」
私はスマホを取り出し男の人に写真を見せた。女は取り乱し始める。
「嘘よ、嘘。こんなの偽造したの」
自己紹介というのはこのことだ。

机の上の借用書を手に取ると「預からせて貰います。日付が12年前と書いてありますけど、私大学卒業してますよ。それにやけに新しい紙ですね。印鑑も昨日今日押したみたいに鮮やか、言っておきますけれど借用書偽造は犯罪ですから」

男の人はようやくこの女がおかしいと気がついたようだ、この場から逃げ出そうと鞄を手に取ったが、こいつも絶対許さない。

「人の職場に勝手に乗り込んでこられるということはそれなりに覚悟がおありなんですよね?名刺出して下さい」

男の人は急にソファから降りると「本当に申し訳ありませんでした!」と土下座すると「私はこれで」と走って部屋を出て行き、女も私を睨みつけると舌打ちして逃げるように校長室を出て行った。


二人が出て行ってから、この場にようやく校長先生と村人がいることを思い出した。みんなの視線が痛い。

お父さんはいつまで私に迷惑をかけるのだろう。

村長がほっとしたようにこう呟いた。
「だから家柄がこうも悪い山浦先生とうちの倅と一緒にはさせられんかったんや」

場が一瞬静まり返った後、斉藤君が静かに口を開いた。
「俺は家柄とかそんなことどうでもいいよ。亜紀ちゃんと一緒になりたかった。自分の為に人生歩みたかった」

斉藤君は静かに立ち上がると校長室を出て行ってしまった。

もう昔のこととはいえ流石に胸が痛む、斉藤君は自分の為に人生を歩んでないのだろうか。あんなに可愛いお子さんも産まれてるのに。

村長が息子の後を追うように出て行く。

残った観光協会の会長と婦人会会長が斉藤くんの発言に触れてはいけないとばかりに「亜紀先生、そんなに苦労して」と大袈裟に涙を流していた。

村の人にまで事情を知られ同情されつらい。しばらく哀れみの言葉をかけると満足したように二人は校長室を出て行った。

部屋に私と校長先生だけになった。弁護士さんからの助言通り万一のことを考えて校長先生に家の事情を話しておいて本当によかった。

「山浦先生、ここだけの話だけど今年でこの学校から出られるようにするから」

校長先生の優しさが身に染みる。

「本当にありがとうございます、ご迷惑おかけしました。あの女の人達どうして私の職場わかったんですかね」

「どうやら登山のテレビで見かけたみたいだね。いきなり校長室に怒鳴り込んできて騒ぎ始めたから、村の人達退室させられなくて申し訳ない」
「いやいや、校長先生、本当に迷惑かけて申し訳ありませんでした」

校長先生に深々と頭を下げて校長室を出た。

間違いなく数日以内に村中にこの話が広まって、私の境遇がバレて同情されて、おまけに斉藤君とまた不倫がとか噂されて奥さんから嫌がらせされる。

でも校長先生があそこまで言うということは異動が決まってはいるのだろう。それだけが一筋の光だ。

三月までの辛抱だ。

校長室を出ると大きく吐いた息か白く凍った。


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