第234話 伊豆の踊子

文字数 1,707文字

五分ぐらい抱きしめてると元気を取り戻した彼が言った。

「沖縄行こうとしてたのって男?女?」
彼を抱きしめるのをやめて笑った。きっともう木村さんの話をしたくなかったのだろう。

「何言ってんの?女だって」
「水着とか買ったの?」「あーそういえば買った、あれどこいったんだろ?」「どんな水着?」「何でどんな水着か教えなきゃいけないの?」

「ビキニだったら、もう二度と着られないように捨てる。あんなん下着と同じじゃねぇかよ、男がイヤらしい目で見るから!」

「その狂気に満ちた愛情、怖っ!ビキニは保守的に暮らしてる私にはきついから、洋服みたいな水着だったと思うんだけど思い出せない。家にあるのかな」

「じゃあ許してやる」「何で昔買った水着でいちいち許してもらわなくちゃいけないの」とまた笑った。

電車は段々と市街地に入ってきた。雲の隙間の太陽に照らされ海がキラキラと光っている。東京に近づくにつれて天気が良くなってきた。
彼によりかかりながらペットボトルのお茶を飲んだ。

「ところでその逮捕された先生、何やったの?」
「あー話すのも嫌なんだけど、出会い系で出会った12歳に2万円を渡すって言って性行為して渡さず逃げて、女の子に訴えられて捕まったの」

「うっわ。流石の俺もドン引きだ、教師だろ?捕まるにしてもちゃんと約束の2万払え」
「でしょ?しかもその人、六年の担任だったんだよ。六年生を持つのが趣味のタイプの人、しかも結構女子から人気の先生でお子さんも生まれたばっかりだったっていう」
「それ最悪だな」
「お陰で先生なんか信用できないって、学校全部が荒れちゃって大変だった。私もその人の顔も見たくない嫌い、沖縄の恨みもまだ残ってるからね」

しばらくすると彼はこう言った、
「じゃあ春休み沖縄行くか」
思わず笑ってしまった。私を喜ばすためかなんなのかわからないけど調子乗りすぎでしょ。

「春休みは忙しいんだよ、学校異動になって引っ越す可能性も高いし」「どこに異動になるの?」「三月までわからないけれど、毎年高崎に戻してほしいと要望は出してる」
「そうか、じゃあ夏休みに沖縄行こうか」
「そうだね、シークワーサージュース飲みたいかな」
夏休みまで付き合っているのだろうかと疑問に思ったことは心の奥底に追いやり、二人で暫く沖縄の話をしていた。少しでも彼の顔が明るくなればいいなと美味しい食べ物や楽しい場所の話をして過ごす。

ふと会話が止まった瞬間に彼の腕を組んだ。

「ねぇ、さっきの話だけど今度こういうことがあったら、絶対帰って。私怒らないから」

「昨日はいいだろ?だって俺帰って社長の自己満に付き合って何かいいことある?」
「いや、そうだけどさ、社長さんから呼び出されてるんだから」

「だって昨日の夜を逃したらいつできるの?亜紀ちゃん家行ったら、どうせあいつまた現れるだろ?俺の家連れてきたら誰か断れない人から誘いくるだろ?」

「まぁそうだけどさ」
「逆に聞くけど亜紀はその時沖縄諦めて学校行って何してたの?」
「あの伝説の一日の話聞きたいの?」
「聞きたい」

「しょうがないな、ちょうどお盆に入った日で学校に五時ぐらいに着いて、他の先生は全員暗い顔してる中、三人で泣きながらお揃いのアロハシャツで職員室入ってったら、同情された。呼び出されたのに朝の七時まで放置されて、校長先生がパジャマのまま校長室から憔悴しきって、教頭先生と県教委と市教委の人達と出てきて、そこで平の職員に初めて事情説明されたんだよね。

またすぐに校長先生と教頭先生はどこかに行ってお昼の十二時まで放置されて、そうこうしているうちに学校の電話がひっきりなしになって交代で苦情対応して、マスコミも玄関に集合し出してその整理とかして、で帰っていいのかもわかんなくてとにかく全員夕方まで学校にいたんだけど、教頭先生が暗い顔でいきなり現れて「今夜校長先生が謝罪会見して、明日夕方保護者説明会するから明日の夕方まで解散って言われて、マスコミかき分けながら帰った」

「それ、沖縄行き中止にしてまで行く意味あった?」「ないね、でも公務員だから仕方ない」

二人で目を合わせて笑った。電車はビルの中を走っている、もうすぐ東京に到着するようだ。
 




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