第80話 武道館の後で
文字数 960文字
東京駅まで送ってくれるという言葉に甘えて、彼の車の助手席に乗っていた。さっきはあれ程しゃべっていたのに、何故だか丸山さんと喋る言葉が思い浮かばない。彼もそんな私に気を遣って何にも言わなかった。
まだ電気が煌々と窓から漏れ出しているオフィス街の大きな交差点を曲がり、赤信号で止まった。
「病院行くの?」
「行きません、ちょっと父とは色々あって、どうしても許せないんです」
「そう、わかった」
丸山さんはそう言ったきり何も言わなかった。
普通なら「たった一人のお父さんじゃん」と言われそうなのだが、善意の押し付けをしない丸山さんが随分と大人に思えた。
遠くの信号が青から黄色、黄色から赤になり車は減速して止まった。
丸山さんが重い口を開いた。
「俺は亜紀ちゃんが思ってる通り、いいとこのお坊ちゃんで厳しい家庭に育ったんだ。でも俺は期待に添えなくて、父親とぶつかってばかりで、高校卒業した日の夜に家を出てきた。
それっきり父親とは一度も会ってない。次に会ったのは父親の葬式、あんなに恨んでた筈だったのに、今は一度でいいから会って文句ぶつけたかったって思う。
俺がこんなふうに恨んでるなんて知らなかっただろうし、ずっと自分が正しいって思ったままだったんだろうな。
一度でも会って喧嘩でもしとけば、こんな風に時々思い出さずに済んだだろうな。もしかしたら俺のこと認めてくれたのかなって最近思い出すんだよ」
丸山さんはそう言ってコーラを一口飲んだ。
父親のことは絶対に許せない、なのに素直に丸山さんの話を聞こうとしている自分がいる。
恋して相当頭がおかしくなってるのだ。
「丸山さんはお父さんのこと許したんですか?」
そう聞くと首を振った。
「許してないよ、許す筈がない、でも許した。人の心って全部白、全部黒みたいにそんな単純じゃないだろ」
彼はそう言ってまた黙った。
丸山さんの言う通り人の心はそんなに単純じゃない、もしかしたら会うことでその中の1%ぐらいは許す気持ちがでてくるかもしれない。
赤信号が青に変わり車がゆっくり発進した。「もうすぐ東京駅だよ」と丸山さんが言った。
「丸山さん。本当に申し訳ないんですが、私と弟病院まで送って貰ってもいいですか?」
丸山さんは「いいよ」と頷いた。
まだ電気が煌々と窓から漏れ出しているオフィス街の大きな交差点を曲がり、赤信号で止まった。
「病院行くの?」
「行きません、ちょっと父とは色々あって、どうしても許せないんです」
「そう、わかった」
丸山さんはそう言ったきり何も言わなかった。
普通なら「たった一人のお父さんじゃん」と言われそうなのだが、善意の押し付けをしない丸山さんが随分と大人に思えた。
遠くの信号が青から黄色、黄色から赤になり車は減速して止まった。
丸山さんが重い口を開いた。
「俺は亜紀ちゃんが思ってる通り、いいとこのお坊ちゃんで厳しい家庭に育ったんだ。でも俺は期待に添えなくて、父親とぶつかってばかりで、高校卒業した日の夜に家を出てきた。
それっきり父親とは一度も会ってない。次に会ったのは父親の葬式、あんなに恨んでた筈だったのに、今は一度でいいから会って文句ぶつけたかったって思う。
俺がこんなふうに恨んでるなんて知らなかっただろうし、ずっと自分が正しいって思ったままだったんだろうな。
一度でも会って喧嘩でもしとけば、こんな風に時々思い出さずに済んだだろうな。もしかしたら俺のこと認めてくれたのかなって最近思い出すんだよ」
丸山さんはそう言ってコーラを一口飲んだ。
父親のことは絶対に許せない、なのに素直に丸山さんの話を聞こうとしている自分がいる。
恋して相当頭がおかしくなってるのだ。
「丸山さんはお父さんのこと許したんですか?」
そう聞くと首を振った。
「許してないよ、許す筈がない、でも許した。人の心って全部白、全部黒みたいにそんな単純じゃないだろ」
彼はそう言ってまた黙った。
丸山さんの言う通り人の心はそんなに単純じゃない、もしかしたら会うことでその中の1%ぐらいは許す気持ちがでてくるかもしれない。
赤信号が青に変わり車がゆっくり発進した。「もうすぐ東京駅だよ」と丸山さんが言った。
「丸山さん。本当に申し訳ないんですが、私と弟病院まで送って貰ってもいいですか?」
丸山さんは「いいよ」と頷いた。