第188話 クリスマスイブ

文字数 1,302文字

智がまた馬鹿でかい声で「姉ちゃん気にすることないよ、兄ちゃんは」と言いかけた段階で美子ちゃんが慌てて口を塞いだ。

木村さんにお礼を言うと「あの子まだ高校出たてで若いんだよ申し訳ない。子供の戯事だと思って気にしないで。打ち上げはここの近所の庶民的な居酒屋借り切ってあるんだけどな」と首を傾げた。

高校出たてって私の年齢の半分ぐらいじゃん。あの子きっとしげちゃんのこと好きなんだろうな。女としてあの子に勝ってる所は一つもない、でも一つだけあった年齢と体重だ。

いつもの持ちギャグを心の中で呟き乾いた笑いを発した。

三人で外に出ると渋谷の街はクリスマス仕様だった、ネオンが赤と緑のクリスマスカラーに街を染めている。

渋谷駅目指して歩く、気のせいか街行く人が皆少し浮き足立っているように見えた。

横断歩道で信号待ちをしていると、赤から青に変わった。人並みが一斉に歩き出すので遅れないように歩く。もうすぐ渋谷駅に着くかという時に電話が鳴った。

「あっ重ちゃんだ」そう呟くと美子ちゃんは「お姉さん、私達これで」と言い「よいクリスマスを」と満面の笑みで叫ぶ智を引っ張って渋谷駅の構内へ歩いて行った。

人波の邪魔にならないように歩道の端に寄ると通話ボタンを押した。

「もしもし」「今どこにいるの?」「今は渋谷駅近くにいる」「渋谷駅のどこ?」「渋谷駅のどこかって田舎民には難しい問題、えっと近くには109が横にあって、居酒屋があって」

「わかった、そこから真っ直ぐ歩くと渋谷駅にハチ公って有名な犬の銅像がいるからそこの前で待ってて」
「待っててってどういうこと?打ち上げは?」
私の返事を聞く前に電話が切れてしまった。
今から来るつもりなのか、本当に?

というかいくら私でもハチ公前は知っている。人混みをかき分けハチ公前に着くとたまたま後ろのベンチが空いていたので座った。

ハチ公前は沢山の人でごった返している。愛を語り合う恋人達やグループで大騒ぎしている大学生の集団、仕事帰りのOLやサラリーマン、渋谷駅前を行き交う人をただ眺めていた。

彼が昔好きだった人の事を考えた。破天荒で元相方さんとも平気でそういう関係になる人。それでも彼はその人のこと愛してたんだ。

私がもし同じことしたらすぐ嫌われそう。
大きなため息をつくと息が少しだけ白くなった。


ふとさっきのとうもろこしの髭女の言葉が蘇って来た。
「あなた丸山さんと釣り合ってないんですよ」「身の程を弁えて下さい」
今までそんな事考えた事もなかった。けれど今日の大歓声を聞く分に本当にそうなのかもしれない。

クリスマソングを歌う大学生達の騒ぎ声がハチ公前を通り抜けて違う場所に移動したのと同時に彼が息を切らしながら私の前に走って来た。

「本当に来たの?」
息も絶え絶えに彼は答えた。
「劇場から出待ちのファンぶっちぎって全力で走って来た、途中少し歩いたけれど」


「打ち上げは?片付けは?忙しいんじゃないの?何で来たの?」
「変な男と女に絡まれてるって聞いたから俺の姫を守りにきた」
彼はとても軽い調子でそう言って得意気に笑った。
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