第361話 36歳の誕生日
文字数 2,113文字
美子ちゃんのご実家に行くと遅めのお昼をご馳走になり、勇を預けて家をでた。
「健に何か差し入れ買ってく?」と聞いてみると智と美子ちゃんが顔を見合わせた。
「最近ファンが沢山増えてプレゼントいっぱい貰うみたいだし気にしなくていいんじゃない?」「そう、イケメンっていいよな」
健のあのニッチなドラマが女子高生の間でバズり、健も人気が出てファンが増えたらしい。
健の活躍に嬉しくなった。
この先はどうなるかわからないけれど、少しは前進した。
途中、東京駅に再び寄ってデパートで勇の洋服とおもちゃを買った。
そして会場があるお台場を目指した。
「ゆりかもめっていつ乗っても都会って感じでテンション上がるな」
智は大声でそう叫ぶものだから、居合わせた女子高生にクスクス笑われた。美子ちゃんに「大声で言わないで」と怒られている。
なので私は小声で話した。
「確かに都会に来たって感じになるよね、高校生の頃は東京で夜のゆりかもめに乗るのが最高にお洒落なデートって雑誌に書かれてて、そんなデートしてみたかったな」
「姉ちゃん、古いな何だよそれ」と智は腹を抱えて笑い出した。
ゆりかもめの駅を降りると青空の下、
ほのかに潮の匂いがする。ふと塚田君と十何年前に二人でここに来たことを思い出した。
あの時はまた出会えたら今度こそ付き合えると信じていた。
当時を思い出し、切なくなった。
人生はなかなか思い通りにいかない。
もう少しで会場に着くらしいが周辺には看板らしい看板がない。普段は健の舞台を見に行くと付近はその公演のポスターだらけなのに。
数分後、美子ちゃんが「着いたよ、ここ」と言った。
そこはzipo東京だった。
ライブハウスとばかり思っていたから劇もやるんだと正直驚いた。
何か不思議な感じがする。
実は不思議なことはこれだけではない。今日の公演をどれだけネットで見ても見つからないのだ。
シークレット公演みたいなものなのだろうか。
開演三十分前だけど付近にはもう既にお客さんがたくさん集まっている。
小学生とそのご両親が沢山いるので驚いた。いつも健の舞台を見に行くとニ、三十代の女性が多いのに。
子供に人気の劇団なのだろうか。
敷地の端の方の白いテントでグッズを売っていたので、「グッズ売ってる、何か買ってこうかな」と言うと智と美子ちゃんに止められた。
「お姉さん凄く混んでるから帰りにしよう」
「俺、列に並びたくない」
「そう?」
「お姉さん早く入ろう!こっち」
美子ちゃんは慌てて会場に入って行ったのでついていく。美子ちゃんって結構せっかちな面もあるんだな。
周りの人達はスマホの画面みたいなものを見せていたけれど、美子ちゃんは健から送って貰ったという立派なチケットを持っていた。
やっぱり招待してくれたからちゃんとしたチケットなのだろう。
みこちゃんの持ってる劇団からし座記念公演というチケットを係の若い男の人に見せると何故だか慌てられた。
「少々お待ち下さい」と言われ、数分後奥から五十代ぐらいの男性が出てきた。この人はロン毛で高そうなオシャレスーツを着ていて、いかにも敏腕業界人という雰囲気がぷんぷんする。
「山浦亜紀さんですか?」
「はい」
「お誕生日おめでとうございます」
「あっ、ありがとうございます」
このロン毛のオシャレおじさんは偉い人なのに弱小俳優の姉である私なんかの誕生日も覚えて丁寧にもてなしてくれている。
どんな世界でも上の立場に行くためにはこれぐらいできないといけないのだろう。
健に後で言い聞かせてやろう。
そのオシャレロン毛おじさんは世間話をしながら関係者通路を通り席まで案内してくれた。
その道すがら行き交うスタッフの人達は皆立ち止まってオシャレロン毛おじさんに挨拶している。相当偉い人らしい。
「あのっ、健はちゃんとやってますか?」
「……あぁ、やってますよ」
何故だかそのおじさんは挙動不審になった。
「健のことよろしくお願いします」
そう深々と頭を下げるとロン毛オシャレおじさんは何とも言えない表情をして「わかりました」と言った。
会場の中に入ると座席は一階席の十列目のど真ん中という素晴らしくよい席だった。
オシャレロン毛おじさんは「ごゆっくり、最後まで見ていって下さい」と言いどこかに行ってしまった。
「健、こんな席とれるくらい力あるの?凄くない?」
「流石健だな」と智がわざとらしく大声で叫んだ。
何だかここに来てから変な感じがする。うまく言えないけれど何かが変だ。
でもせっかくの健の晴れ舞台だから、こんなこと考えないでおこう。
「いいねーこんないい席でライブ見てみたいよ」と言うと「お姉さんこっち」と呼ばれ、何故だか奥にみこちゃんが座り真ん中に私、その隣の通路に面した席に智という順で私を挟むように座った。
ちょっとの間に喧嘩でもしたのだろうか。そんな気配全く無かったのに。
智は唐突に大声でホワイトアンドブラックのことを褒め出した。
「ホワイトアンドブラックはおじさんになってもかっこいいよな」
「当たり前でしょ?ビジュアルは若いイケメン俳優には負けるけれど、渋さが違うから。おじさんにはおじさんのかっこよさがある!」
そう調子よく答えたものの何だか腑に落ちない、何だか落ち着かない。
いや、何かががおかしい。
「健に何か差し入れ買ってく?」と聞いてみると智と美子ちゃんが顔を見合わせた。
「最近ファンが沢山増えてプレゼントいっぱい貰うみたいだし気にしなくていいんじゃない?」「そう、イケメンっていいよな」
健のあのニッチなドラマが女子高生の間でバズり、健も人気が出てファンが増えたらしい。
健の活躍に嬉しくなった。
この先はどうなるかわからないけれど、少しは前進した。
途中、東京駅に再び寄ってデパートで勇の洋服とおもちゃを買った。
そして会場があるお台場を目指した。
「ゆりかもめっていつ乗っても都会って感じでテンション上がるな」
智は大声でそう叫ぶものだから、居合わせた女子高生にクスクス笑われた。美子ちゃんに「大声で言わないで」と怒られている。
なので私は小声で話した。
「確かに都会に来たって感じになるよね、高校生の頃は東京で夜のゆりかもめに乗るのが最高にお洒落なデートって雑誌に書かれてて、そんなデートしてみたかったな」
「姉ちゃん、古いな何だよそれ」と智は腹を抱えて笑い出した。
ゆりかもめの駅を降りると青空の下、
ほのかに潮の匂いがする。ふと塚田君と十何年前に二人でここに来たことを思い出した。
あの時はまた出会えたら今度こそ付き合えると信じていた。
当時を思い出し、切なくなった。
人生はなかなか思い通りにいかない。
もう少しで会場に着くらしいが周辺には看板らしい看板がない。普段は健の舞台を見に行くと付近はその公演のポスターだらけなのに。
数分後、美子ちゃんが「着いたよ、ここ」と言った。
そこはzipo東京だった。
ライブハウスとばかり思っていたから劇もやるんだと正直驚いた。
何か不思議な感じがする。
実は不思議なことはこれだけではない。今日の公演をどれだけネットで見ても見つからないのだ。
シークレット公演みたいなものなのだろうか。
開演三十分前だけど付近にはもう既にお客さんがたくさん集まっている。
小学生とそのご両親が沢山いるので驚いた。いつも健の舞台を見に行くとニ、三十代の女性が多いのに。
子供に人気の劇団なのだろうか。
敷地の端の方の白いテントでグッズを売っていたので、「グッズ売ってる、何か買ってこうかな」と言うと智と美子ちゃんに止められた。
「お姉さん凄く混んでるから帰りにしよう」
「俺、列に並びたくない」
「そう?」
「お姉さん早く入ろう!こっち」
美子ちゃんは慌てて会場に入って行ったのでついていく。美子ちゃんって結構せっかちな面もあるんだな。
周りの人達はスマホの画面みたいなものを見せていたけれど、美子ちゃんは健から送って貰ったという立派なチケットを持っていた。
やっぱり招待してくれたからちゃんとしたチケットなのだろう。
みこちゃんの持ってる劇団からし座記念公演というチケットを係の若い男の人に見せると何故だか慌てられた。
「少々お待ち下さい」と言われ、数分後奥から五十代ぐらいの男性が出てきた。この人はロン毛で高そうなオシャレスーツを着ていて、いかにも敏腕業界人という雰囲気がぷんぷんする。
「山浦亜紀さんですか?」
「はい」
「お誕生日おめでとうございます」
「あっ、ありがとうございます」
このロン毛のオシャレおじさんは偉い人なのに弱小俳優の姉である私なんかの誕生日も覚えて丁寧にもてなしてくれている。
どんな世界でも上の立場に行くためにはこれぐらいできないといけないのだろう。
健に後で言い聞かせてやろう。
そのオシャレロン毛おじさんは世間話をしながら関係者通路を通り席まで案内してくれた。
その道すがら行き交うスタッフの人達は皆立ち止まってオシャレロン毛おじさんに挨拶している。相当偉い人らしい。
「あのっ、健はちゃんとやってますか?」
「……あぁ、やってますよ」
何故だかそのおじさんは挙動不審になった。
「健のことよろしくお願いします」
そう深々と頭を下げるとロン毛オシャレおじさんは何とも言えない表情をして「わかりました」と言った。
会場の中に入ると座席は一階席の十列目のど真ん中という素晴らしくよい席だった。
オシャレロン毛おじさんは「ごゆっくり、最後まで見ていって下さい」と言いどこかに行ってしまった。
「健、こんな席とれるくらい力あるの?凄くない?」
「流石健だな」と智がわざとらしく大声で叫んだ。
何だかここに来てから変な感じがする。うまく言えないけれど何かが変だ。
でもせっかくの健の晴れ舞台だから、こんなこと考えないでおこう。
「いいねーこんないい席でライブ見てみたいよ」と言うと「お姉さんこっち」と呼ばれ、何故だか奥にみこちゃんが座り真ん中に私、その隣の通路に面した席に智という順で私を挟むように座った。
ちょっとの間に喧嘩でもしたのだろうか。そんな気配全く無かったのに。
智は唐突に大声でホワイトアンドブラックのことを褒め出した。
「ホワイトアンドブラックはおじさんになってもかっこいいよな」
「当たり前でしょ?ビジュアルは若いイケメン俳優には負けるけれど、渋さが違うから。おじさんにはおじさんのかっこよさがある!」
そう調子よく答えたものの何だか腑に落ちない、何だか落ち着かない。
いや、何かががおかしい。